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第9話 父さん、トラウマを刺激される

 その後、ソフィアが長々と(とんでもなく長かった)語った内容をかいつまんでまとめると――


 ◆


(1)魔界の現状について

 現在、魔界は三つの勢力に分かれ、争いを繰り広げている。

 群雄割拠の戦国時代と聞いていたが、実態は魔王位を巡る三勢力の抗争――魔界では『継承戦争』と呼ばれている――が続いている状況らしい。


 ソフィアが所属…というより統括しているのは、魔界最大の勢力である『魔王派』だ。

 彼らは、故・魔王ゾナムの力を継承したソフィアを第8代魔王として擁立し、魔界の統一を目指している。


 対するのが、『反魔王派』と呼ばれる勢力。

 彼らは現在の魔王の座は空位であり、初代魔王ベルガグラムの時代と同様に「最も力を持つ者が魔王位を継承すべきだ」と主張しており、ソフィアの即位を認めていない。


 そして最後に、『中立派』と呼ばれる独立勢力群が存在する。

 彼らは魔王派にも反魔王派にも属さず、事態の成り行きを静観している有力な魔族たちの総称だ。


 以上をまとめると、勢力図は次のようになる。


『魔王派』

 ソフィアを第8代魔王とする最大勢力。

『反魔王派』

 ソフィアの即位を認めず、武力での決着を求める反乱軍。

『中立派』

 どちらの陣営にも属さない、有力魔族たちの独立勢力。



(2)昨夜について

 昨夜、ソフィアは魔界で仲間とともに魔王派の一軍を率い、『反魔王派』と戦っていた。

 戦局は有利に進んでいたが、功を焦って突出した友軍を救出しようとした際、何者かの仕掛けた罠(おそらくフェイスのもの)にかかり、魔力を封じられてしまったという。

 その直前、なんとか転移魔法で軍勢ごと魔王城に撤退しようとしたが、座標が狂い、自分だけが異なる場所(郊外の森)へ飛ばされてしまったようだ。

 そこへフェイスが追撃をかけ、ソフィアは窮地に陥る。

 もはやこれまでか――そう思ったところで、俺が見た通りの展開になった、ということらしい。


 ◆


「――こんな感じであってるか?」


 途中から頭の上に「?」を浮かべていたステラのために、急遽、大きめの用紙を用意してもらい、ソフィアの話の要点を抜き出して整理してみた。


「ふむ、おおむね正しい。理解力はあるようじゃの、お主」

「わかりやすぅい…! さっすが父さん!」


 納得のいく内容だったのか、ソフィアは腕を組んだまま満足げに頷く。

 一方のステラは、尊敬の眼差しでこちらを見つめていた。まとめた甲斐があったってもんだな。


「うーん…。ソフィア様、質問してもよろしいでしょうか?」

「ベルとか申したな。構わん、許す」

「ありがとうございます。それで、この勢力についてなのですが…」


 勢力図の『反魔王派』を指差しながら、ベルさんは言葉を続ける。


「彼らは魔王に反旗を翻しているんですよね?」

「そうじゃ。まったく忌々しい連中めが…」

「シンプルな疑問なんですが――魔族って、魔王に逆らえるものなんですか?」

「んう? アンバーさん、それってどういう意味?」


 ステラが不思議そうに首をかしげる。どうやら質問の意図をつかめていないようだ。


「魔族の社会って、超がつくほどの実力主義なんでしょう? 私たちだって、国の王様に逆らうのは簡単じゃない。魔族なら、なおさら難しいんじゃないかと思って」

「なるほど。言われてみれば確かにそうかも?」

「……お主、とぼけた顔をして意外と鋭いな」


 ベルさんの質問を受けたソフィアは感心したように頷き、そのまま話を続けた。


「基本的に、魔族にとって魔王の命令は絶対的じゃ。これは比喩ではなく、魔族という種の本能に起因しておる」

「本能?」

「余も仔細はわからぬが、我ら魔族の間では、初代様が魔力によって構築した支配体系コントロールシステムによるものと考えられておる」

「――ん? それだと、反魔王派の存在自体、今の話と矛盾しないか?」


 ソフィアを魔王だと仮定し、彼女が反魔王派を潰したいとする。

 魔王の命令が魔族にとって絶対ならば、「解散しろ」と命じるだけで済むはずだが……。


 俺の疑問の意図を察したのか、ソフィアは気まずそうに視線をそらした。


「……今の余には、種族全体に対する絶対命令権がない」

「えっ? 魔王って、魔族全員に命令できるんじゃないの?」

「必ずしもそうとは限らん」

「ん? んん~?」

「ちょ、ちょっと待て。話がこんがらがってきた。一度整理しよう」


 再び混乱し始めたステラを見かねて、話をまとめることにした。


「まず、魔王には魔族に命令を下す力、つまり権限があるんだよな?」

「そのとおりじゃ」

「でも、今のソフィアにはその権限がない。ここまでは合ってるか?」

「……うむ」

「だとすれば、何をもってソフィアは魔王を名乗っているんだ?」


 もし魔族への絶対命令権を持つ者が魔王だとするなら、その権限を持たない今のソフィアが魔王を名乗るのは少し無理があるのではないか。


「ソフィアちゃん、やっぱり『自称・魔王』なんじゃ…?」

「たわけっ! 魔王の継承者に与えられる力は、同胞への絶対命令権だけではない!」


 ステラのツッコミがよほど気に障ったらしい。

 ソフィアは眉を吊り上げ、勢いよく立ち上がると、俺たち三人を睨みつけながら続けた。


「魔王を継ぐ者に与えられる恩寵は、余が知る限り五つ存在する。


 一つ、身体能力の大幅な向上。

 二つ、千年にわたる無病と長寿。

 三つ、同胞に対する絶対命令権。

 四つ、魔王が誇る二大絶技の一つ、凶風・禍津風。


 そして最後の五つ目が――」


 言葉を止めたソフィアは、人差し指を額の前に立て、静かに息を吐いた。

 次の瞬間、空間がわずかに揺らぎ、その指先に赤黒い炎が灯る。


「この万物を焼き尽くす劫火――黒炎。余を魔王たらしめる何よりの証よ。どうじゃ、納得したか?」


 軽く指を振り、炎を消し去ると、余裕の笑みを浮かべるソフィア。

 納得できたかと問われると…いや、正直微妙だが、あの誇らしげな顔を見ると言いづらい。

 俺が指摘すべきか悩んでいると、意を決したのかベルさんが口を開いた。


「えーっと……五つのうち、一つしか使えないんですか?」

「は?」

「いや、半分とかならまだしも、五分の一で魔王を名乗るのは…ちょっと無理があるんじゃないかな~って」

「んなっ――!?」


 よりによって、一番自分を畏れ敬っていたベルさんに否定されるとは思わなかったのか、ソフィアは驚愕のあまり口を開けたまま固まってしまう。


「そもそも魔王の力って、そんな中途半端に継承されるものなんですか?」

「う~ん、やっぱりこれは自称・魔王の疑いが濃厚?」

「二人とも、あんまり言ってやるなよ…。たしかにツッコミどころは多いけどさ」


「~~~っ! 重箱の隅をつつくような連中しかおらんのか、ここは!?」


 ドンッと机を叩きつけ、ソフィアは怒りを露わにする。

 ベルさんは「ひぃっ」と身を引くが、ステラは平然とした顔のままだ。


「だってぇ…。フツーに考えたら、さっきソフィアちゃんが言ってた五つの能力を全部持ってて、初めて魔王って名乗れるんじゃないの?」

「そんなことは重々承知しとるっ! これには深い理由があるんじゃ!」

「ん? どんなわけがあるの?」

「それはっ――」


 身を乗り出して反論しようとしていたソフィアだが、そこでピタリと言葉を止める。

 明らかに不自然なタイミングだが…何か話せない事情でもあるんだろうか?



「……人間相手に喋りすぎたわ。これ以上、余から話すことはない」

「えぇ~っ? そんなぁ、ソフィアちゃんのけちぃ」

「ふんっ、何とでも呼べ。余が真の魔王であることは同胞たちが一番よく理解しておるわ。お主らに納得してもらう必要などない」

「それを理解していないから、他の勢力の魔族たちは反抗しているのでは…」

「…………」

「ひぃっ!? ご、ごめんなさい何でもないです!」


 ベルさんの的確な指摘に、ソフィアは無言のまま静かに睨みつけた。

 その視線だけで発言の撤回と謝罪を引き出したのはさすがだが、どうやら痛いところを突かれたらしい。


 ソフィアはふんっと鼻を鳴らし、イスの背もたれに寄りかかりながら半眼でこちらを見やると、口を開いた。


「次は余から質問させてもらうぞ」


 真正面から放たれる怒気に、思わず身がすくむ。とても「嫌です」などと言える雰囲気ではない。


「別に構わないけど、何が聞きたいんだ?」

「決まっておろう。昨夜、お主が見せたあの力についてじゃ」


 あの力? ひょっとして――


「赤黒い渦のことなら、俺に心当たりはないぞ」

「とぼけるつもりか?」

「いやいや、本当に知らないんだってば!」


 たしかにあのとき、俺――正確には俺とステラ、ソフィアを中心に、あの渦が発生したように思える。

 だが、俺にそんな魔法のような力はない。どうしてあのような現象が発生したのか、こっちが教えてほしいくらいなのだ。


「まったく。お主、事の重大性がわかっておらんようじゃな…」

「その言い方だと、ソフィア様はその赤黒い渦の正体をご存知なんですか?」

「まあ、おおよその見当はついておるが…」

「そうなのか? だったらもったいぶらずに教えてくれよ。あれは一体何なんだ?」


 しびれを切らして急かす俺を前に、ソフィアは一瞬だけ言葉を選ぶ素振りを見せるが、やがて意を決したように口を開く。


「あの力は、『禍津風』の可能性が極めて高い」


 禍津風? どこかで聞いたような……。


「マガツカゼって、さっきソフィアちゃんが言ってた魔王の力のひとつじゃない?」


 ステラの言葉に、遅まきながら気づく。たしかにソフィアが言っていた。


「魔王の力ということなら、ソフィア様も使えるのでは?」

「余に宿りし魔王の力は『黒炎』のみよ。……腹立たしいが、禍津風は使えん」


 ソフィアは目を伏せながらも、滲む悔しさを隠せないまま、静かに言葉を紡ぐ。


「余の祖父、先代魔王ゾナムが最も得意にしたという、仇なす者にすべからく死を運ぶ凶風――それが禍津風じゃ。直接この眼で見たことはないが、昨夜の赤と黒が混ざりあった暴風、余の部下から伝え聞いた禍津風の特徴と酷似しておる」

「そんなにすごい力なの?」

「当然じゃ。余の補助ありきとはいえ、あの女を撃退できたのは、ひとえに禍津風の力あってのことよ」

「へぇ、すっご~! 父さんやるじゃん!」


 おいおい、なんだか話がおかしな方向に進んでないか…?


「い、いやだから、俺の力って決めつけないでくれよ。そもそも俺は技能なし(スキルレス)だぞ? もしそんな大層な力が宿っていたら、技能鑑定で引っかかるはずだ。…ですよね、ベルさん?」

「うーん、たしかに。誤鑑定でもない限り、そうよねぇ…」


 ソフィアの言う魔王の力が本当に俺に宿っているなら、技能なしと判定されるはずがない。

 もちろん、誤った鑑定が下される可能性はゼロではないが、その確率は限りなく低い。


「ちょっと待て。技能なしに技能鑑定? なんじゃそれは」

「えっ? まさかお前、知らないのか?」


 俺の問いに対し、当然と言わんばかりにソフィアは頷く。

 技能鑑定は常識のはずなのだが…。


「ひょっとして、魔界には技能鑑定みたいな制度がないのかしら?」

「あっ――」


 ベルさんの指摘でようやく合点がいった。

 技能鑑定は人間界の成人儀式の一つであり、魔界には存在しない制度だ。ソフィアが知らないのも無理はない。


「ふむ…。技能鑑定、という言葉から察するに、個人の潜在能力を調査するような仕組みか?」

「あ、ああ、察しがいいな。まあ、そんなところだ。15歳になると、自分が一番得意な技能を鑑定協って団体に無料で調べてもらえるんだよ」

「ほう? なかなか興味深い制度じゃな。して、技能なしとは?」

「その技能鑑定で、『あなたには何の技能もありません』って判定された人のことだ。…俺も、その一人だよ」


 十数年前。俺は意気揚々と鑑定協へ向かった。

 自分には、何かしらの才能があると信じていた。


 ……だが、結果は技能なし。

 周囲の視線が哀れみと同情に変わっていく光景は、今でも忘れられない――。


「はぁ~? 不完全とはいえ禍津風の使い手が、そんな無能の烙印を押されるはずがなかろう。下手な嘘はやめて、力の出所を素直に吐いたらどうじゃ?」


 そんな事情も知らず、ソフィアはずかずかと人のデリケートな部分に土足で踏み込んでくる。

 彼女に悪気がないのはわかっているが…腹が立つ。


「だから知らねえって! だいたい――」


 そんな御大層な力があったら、こんな苦労はしていない――。

 そう言いかけて、思わず口をつぐむ。


(……俺は、なんてことを)


 技能はなく、妻には先立たれ、大した稼ぎもなく、ただ必死に働く日々。

 たしかに、俺の人生は苦難の連続だったかもしれない。


 だが、それを補って余りある幸福もまた、確かにあったのだ。


 簡単に否定していいような人生では、決してない。


「どうかした、父さん? お腹でも痛いの?」

「いや、なんでもないよ。……ステラは優しいな」

「きゅっ、急に褒めるじゃ~ん。えへへっ」


 ステラは不意を突かれたのか、照れくさそうに笑う。

 そう。この笑顔ひとつで、俺の人生には価値があるのだ。


「……ねえラインさん。この際、再鑑定を受けたらどうかしら?」


 唐突に、ベルさんがそんなことを言い出した。


「再鑑定? ……そんなの、金の無駄ですよ」


 技能鑑定は一度無料で受けられるが、再鑑定は有料だ。

 しかも、誤鑑定の可能性は極めて低い。


 俺の知る限り、再鑑定で結果が覆った例はない。


「はーい! あたしもさんせー!」

「ステラまで何を言い出すんだ。うちにそんな余裕はありません」

「大丈夫! こんなこともあろうかと、こっそりヘソクリ貯めといたから!」

「なおさら受けたくねえよ!」

「ステラちゃん、心配しないで。お金なら私が立て替えておくから」

「ベルさん!? どうして――」


 言葉を続けようとした瞬間、ベルさんにぐいっと引き寄せられ、耳元で囁かれる。


(だってソフィアちゃん、こうでもしなきゃ納得しないでしょ?)

(そりゃあ、そうかもですけど…)


 ちらりとソフィアを見ると、腕を組み、訝しげにこちらを見ていた。

 確かに、俺が再鑑定を受けて技能なしだと証明されない限り、誤解は解けそうにない。


(技能なしって判定されるために行くんですよ? あの瞬間って、ベルさんの想像以上にキツいんですけど)

(そこは申し訳ないと思います。でも万が一、以前の鑑定が間違ってたかもしれないでしょ?)

(……本気でそう思ってます?)


 ベルさんはしばし俺を見つめ、そっと目をそらす。


(ふっ――。奇跡って、簡単に起きないから奇跡って言うんですよねぇ)


「あんた、本当に再鑑定させたいのか!?」


 あんまりな言い草に、大声でツッコんでしまう。人の心がないのか…!?


「……で? 再鑑定とやらを受けるのか?」

「~~~ああもうっ! わかったよ、受けりゃいいんだろ受けりゃあ! 技能なしってお墨付きが出たら、昨日のアレが俺の力じゃないって納得するんだな?」

「まだそんな世迷言を…。よほど隠したい何かがあると見え――」



「納 得 す る ん だ よ な !?」



「うっ……。ま、まあ、検討してやらんこともないが」


俺の迫力に気圧されたのか、ソフィアはしぶしぶ譲歩した。


「そうと決まればさっさと終わらせよう! 行くぞ、鑑定協!」

「おぉ~、父さんが珍しくやる気に満ち溢れてる!」

「やる気というより、ヤケクソにしか見えんが…」

「あ、お金の準備しないと。ちょっと待っててくださいな」


 わいわいと賑やかな外野を引き連れ、そのまま鑑定協へと足を運ぶのだった。




 ◆




 ――出発する少し前


「ああそうそう。面白そうだし、余も鑑定を受けるぞ」


「えっ…? 魔族って受けていいんでしたっけ?」

「さあ。身元保証人がいれば大丈夫って聞いたことはあるけど…」


「要は魔族とバレなければよいのであろう。ほれっ」


「つ、角が消えた!? いったいどうやって……」


「簡単な変装魔法じゃよ。これで問題なかろうて」


「うーん。でもさ、15歳になんないと鑑定受けられないよ?」

「だな。ステラもそうだが、ソフィアも年齢が……」


「問題ない。余はその倍、生きておる」


 ――えっ?

 その瞬間、ソフィアを除く三人の間に、本日最大の衝撃が走った。




 ◆

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