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第8話 父さん、娘をたしなめる

 魔王――


 人類が「魔界」と呼ぶ、ゼルディア大陸北部を支配する魔族たちの長。

 初代魔王ベルガグラムに始まり、おおよそ千年に一度の周期で代替わりを果たすとされる、人智を超えた絶大な力を有する地上の厄災である。


 人類史において、その存在が深く認知されるようになったのは、第4代魔王ハーディンの治世下で始まった人間界への侵略が契機とされる。

 当時、長きにわたり繁栄を誇った人間界の古代文明は、魔王軍の苛烈な攻撃を受け、ついに滅亡したと伝えられている。今日、その残滓は大陸各地にわずかに残された遺跡から発掘される古代魔法具アーティファクトに見ることができるのみである。

 古代文明崩壊後も人類は散発的な抵抗を試みたが、魔王軍との戦力差は圧倒的であり、自ら望んで奴隷となる者も現れるほどの絶望的な状況だった。

 この時代は歴史学者によって「暗黒時代」と呼ばれ、先進的な文明を失った人類は、種としての滅亡の淵に立たされていたとされる。


 しかし、第5代魔王エンデの治世下に入ると、圧倒的に優勢であったはずの魔王軍が突如として人間界から撤退する。その後、千年にわたり魔王軍が組織的な侵略行為を行うことはなかった。

 後世において「夜明けの時代」または「千年の奇跡」と称されるこの期間に、人類は大きな復興を遂げることとなる。


 続く第6代魔王ドラウゼルの治世下でも、境界線上での小競り合いこそあったものの、人類と魔族の間に大きな争いは生じなかった。この時期に、現在の人間界における国家間の境界線が確定したとされる。


 潮目が変わったのは、ちょうど魔王が代替わりした今から百年ほど前のこと。

 突如、第7代魔王ゾナムの率いる魔王軍が、全人類国家を標的とした大規模な軍事作戦を開始。

 後に「大侵略」と呼ばれる侵略戦争が勃発した。

 魔王軍の猛攻の前に、人類は連戦連敗を喫した。最も酷い時期には、支配領域の三分の二を喪失するまでに追い込まれてしまう。

 しかしながら、国家間の垣根を超えた連合軍が組織的な抵抗を続ける中、各ギルドの中から選び抜かれた精鋭部隊「魔王討伐隊」が結成される。

 彼らは魔王城への決死の突入作戦を敢行し、死闘の末、「天剣」の異名を持つ剣士ルディと魔王ゾナムが相打ちとなる形で、ついに魔王の討伐に成功した。これは人類史上初の快挙とされている。

 その後、主を失った魔王軍は本拠地である大陸北部へと撤退を開始。

 多大な犠牲を払いながらも、こうして「大侵略」は30年前に終結を迎えた。


 なお、魔王を失った魔界では、次代の魔王位を巡る勢力争いが激化し、群雄割拠の戦国時代に突入としたという。以降、現在に至るまで新たな魔王が即位したという報せは、人間界に届いていない。


 ◇


「――君が、魔王だって?」

「いかにも」


 手元のカップをそっと口元へ運び、優雅に傾けたその瞬間、少女――自称魔王であるソフィアの表情が歪んだ。

 どうやら、味がお気に召さなかったようだ。


「……酸味が強すぎんか? 淹れ直せ」

「は、はいぃっ! かしこまりましたぁ!」


 ベルさんは言われるがままにカウンターの奥へすっ飛び、慌ててコーヒーを作り直し始める。

 どうやら、ソフィアの「魔王」発言をすっかり信じてしまったようだ。妙なところで素直な人だな……。


「魔王ねぇ…」

「はいはーい、しつも~ん!」


 ツッコむべきか思案していると、我先にとステラが元気よく挙手した。


「なんじゃ小娘、申してみよ」

「魔王って、ルディにやられた7代目で終わりじゃないの? 新しい魔王が決まりました~なんて話、少なくともあたし聞いたことないよ」


 そうなのだ。魔王ゾナムの死後、魔界は群雄割拠の戦国時代に突入したと聞く。新たな魔王が就任したとなれば、それこそ世界中に響き渡るビッグニュースだ。

 なりたての俺はまだしも、様々な情報に触れる機会が多い冒険者のベルさんやステラが知らないとは考えにくい。

 

「愚かな。魔王は――魔王の力が滅びることはない。初代様より脈々と受け継がれ、先代から当代へと伝えられるものゆえな」


 ソフィアは腕を組み、どこか誇らしげに語る。

 人類と同じく、魔族の歴史も長い。その中でも、ヒエラルキーの頂点に立つ者たちの系譜を継ぐという自負が、彼女をそうさせるのかもしれない。


 ――ん? 今の言い方だと、魔王は地位だけではなく、その力までも継承されるように聞こえるな。

 もしそうであれば、別の疑問が生じるのだが…。


「ふーん。じゃあその力って、今はソフィアちゃんが持ってるの?」

「……いかにも」


 気のせいだろうか。返答の前に、一瞬の間があったように思える。


「ホント? 神さまに誓って?」

「なんじゃその言い草は。お主、余の言葉を疑うのか?」

「えー、だってさ~」


 一拍の間を置き、ステラは続ける。




「ソフィアちゃん、魔王にしては弱くない?」




「――――――」




 ぴしりと。時が凍ったかのような静寂が訪れる。


「お、おいステラ、言い方ってもんが…」

「だっておかしくない? 魔王ってめちゃくちゃ強いんでしょ? もしソフィアちゃんが魔王なら、あのフェイスって魔族のお姉さんにボコボコにされるわけないもん」

「ボ――」


 俺のフォローも虚しく、ステラは悪気なく情け容赦のない追撃を叩き込む。

 魔王としてのプライドをえぐるような言葉を浴びせられたソフィアは、平静を装っているものの、よく見ると眉間のあたりがわずかに痙攣していた。


「あ、あれだよ。たしか昨日フェイスが『魔力を封じた』とか言ってたよな? それが関係してるんじゃないのか? なあ」

「それは――」

「魔王の力って、そんな簡単に封印できるの? それはそれでしょぼくない?」

「…………」


 ソフィアは何か言おうとしたものの、ステラのツッコミに遮られ、言葉を飲み込んでしまう。その顔からは、次第に生気が失われていくように見えた。

 ステラ、頼むから今だけは静かにしてくれ……!


「な、なあソフィアちゃん。話しづらいかもしれないけど、君の置かれた状況を説明してくれないかな。君が本当に魔王かどうかはさておき、このままじゃ何も解決しないってわかるだろう?」

「…………」

「え~? でも父さん」


 キッと睨みつけると、さすがのステラも察したのか、黙り込んだ。

 ともかく、今は彼女から情報を引き出さなければ話が進まない。これ以上落ち込ませるわけには…。


「あ、あのぉ、コーヒーお待たせしましたぁ…」


 気まずい沈黙が続く中、ベルさんがソフィア用のコーヒーカップを丁寧にお盆に載せ、恭しく差し出した。

 酸味が苦手と言っていたので、おそらく深煎りの豆で淹れ直したのだろう。

 ソフィアはどこか力なくカップを口元へ運び、一口すする。今度は好みに合ったのか、僅かに表情が和らいだように見えた。


「……最初からこれを持ってこんか」

「ひぃい~! す、すみません魔王様! どうか命だけはご勘弁をぉ~!」


 大げさに何度もペコペコと謝罪するベルさん。

 この人にはプライドってものがないだろうか…?

 ふと、頭を下げたベルさんと目が合うと、なぜか軽くウインクを返された。


(――まさかこの人、場の雰囲気を和ませるためにわざと道化役に徹して?)


 もしそうだとしたら恐ろしい人だ。伊達に経営者をやっていないな…。

 実際、魔王を畏れ敬うベルさんの態度を見たソフィアは自尊心をくすぐられたようで、目に見えて元気を取り戻していった。


「……さてと、口も湿って滑りが良くなったしのう。なぜ魔族の長たる余がかような状況に置かれたか、ひとつ話してやろうではないか」

「さすが魔王様! 寛大なお心遣いに感謝いたしますっ!」

「よいよい。下々の願いを汲むのも、王の務めであるがゆえ」

「ははぁーっ!」


(……ここまで来るとコントにしか見えねえな、これ)


 二人のやりとりを横目にそんなことを考えていると、ステラが耳元に顔を近づけ、そっと囁いてきた。


(ねえねえ、父さん。あの子、すっごい上から目線だね~)

(そりゃまあ、魔王だしな)

(え~? まさか父さん、ソフィアちゃんが魔王だって本気で思ってるの?)

(まだ半信半疑ってとこかな。とりあえず話を聞いてから判断しよう。ステラ、良い子だから茶化さずにちゃんと聞くんだぞ)

(わかってるってばぁ。すぐ子ども扱いするんだから、もうっ)


 どうやらステラの機嫌を損ねてしまったらしい。ぷいっと横を向かれてしまう。

 そんな仕草こそ子どもらしいんだが…。まったく、可愛いもんだ。

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