第6話 父さん、謎の力に目覚める
「ステラ!? なんでお前こんなところに!」
「え、えっと、それはね~…」
あわあわと言い淀むステラ。
背中を向けているので表情はわからないが、ステラが言葉に詰まるのは、たいていやましい理由があるときだ。必死に言い訳を探しているのだろう。
「……さてはお前、父さんをつけてたのか? エブリンから事情聞いたんだろ!」
「うっ」
図星らしい。ステラは肩越しに振り返り、可愛らしくパチッとウインクした。
「父さんが心配でさぁ…。ごめんね?」
「この馬鹿、なんでつけてきた!? 何かあったらどうするつもりだったんだ!」
「いやいやいや、何かあったのは父さんの方じゃん! あたしが尾行してなかったら、父さんもそこの子も、あのお姉さんの魔法でやられちゃってたよ? つまりつまり、あたしは父さんの命の恩人…」
「それはそれ、これはこれ! 俺はっ…俺はなぁ! そんな危ない真似するような子に育てた覚えはありませんっ!」
「そ、そんな言わなくてもいいじゃん! 父さんを心配してきたんだよ!?」
「言い訳無用! だいたいステラ、お前はだなぁ――!」
そんな悠長な状況ではないと分かっているが、娘を心配する親心が爆発してしまい、お互い感情に任せてギャーギャーと言い合いを始めてしまう。
いま攻撃されたら死ぬだろうが、父親として娘の無茶な行動はたしなめなければならん…!
「お、おいお主ら…。今はそんなくだらんことで言い合っとる場合では…」
『くだらなくない(もん)!!』
父娘のハモった突っ込みを受け、遠慮がちに口を挟んだ少女が「ひっ」と息を呑んで押し黙る。
申し訳ないが、今は家族の時間なのである。部外者が分け入る隙間はない。
「――キミも、面白いねぇ」
「え?」
フェイスと思わしき声が聞こえた次の瞬間、眼前にいたステラの姿が消失した。
「っ上じゃ!」
少女の声に慌てて顔を上げると、失ったはずの腕を使ってステラの細首を締め上げるフェイスの姿が眼に写った。
「ステラ!? ステラーッ!!」
◆
「うーん、驚いたなぁ。いくら分体とはいえ、キミみたいな女の子に腕をちょん切られちゃうなんてねぇ。ステラ…だっけ? キミ凄いね、才能あるよ」
「うっ……ぐ、ぐる、じ……」
「ああっ、ごめんねぇ。人族って脆いから加減が難しくて。これなら喋れるかな?」
「げほっごほっ…! お、お姉さん、いったい何者なの…? どうして父さんを…」
「父さん? あ、ラインのことか。ステラはラインの子どもなんだねぇ。いわゆる親子愛ってやつなのかな? よくわかんないけど、人族らしい素敵な響き」
「う、ううっ……」
「ねえステラ。ボクと一緒に来ない? 一人が嫌ならラインも一緒にさぁ。みんなで自由気ままに楽しく遊ぼうよ。ね?」
「い、嫌だっ。だってお姉さん、すごく怖いもん…!」
「そうかなぁ? 残念。でも無理強いは良くないし、しょうがないかぁ」
◆
「おいフェイス! ステラから離れろ! これ以上、俺の娘に何かしたらただじゃ済まさんぞっ!!」
フェイスは上空でステラと何か話しているようだが、ここからでは聞こえない。
無力感を覚えながらも、フェイスに向かって必死に言葉を投げかける。
それが通じたのかどうか。フェイスはステラの首から手を離した。
「おい、墜ち…!」
隣で少女が言葉を発するより前に、落下地点を目掛けて駆け出す。
さほど距離がないこともあって、間一髪でステラを受け止めることに成功した。
「っぐぅ……! お、おいステラ、大丈夫か!?」
「っ、と、父さん……お願い、にげ、て……」
苦しげにうめき、気を失うステラ。
その腹部に目を向けると、薄っすらと血が滲んでいる。
「フェイスにやられたのか!? ステラ、おい! しっかりしろっ…!!」
身体を抱き抱えて声を枯らして何度も呼びかけるも、ステラから応答はない。
気のせいか、呼吸もどんどん小さく、浅くなってきている…。
「いやぁ、わざわざ人間界まで足を運んだ甲斐があったよ。標的のソフィアちゃんを始末出来るのに加えて、キミたちみたいに素敵な父娘と出会えた。ボク知ってるよぉ、こういうの一期一会って言うんだよねぇ? 嬉しいよ、貴重な経験だなぁ」
ふざけんな…! ふざけんな、ふざっけんじゃねえ!
こんな、こんな馬鹿なことあってたまるか!
ステラが何をした? 多少の茶目っ気で、情けない親父の仕事っぷりを見についてきただけじゃねえか。
その程度の悪戯で、こんな目に遭っていいわけねえだろ!!
何やらのたまうフェイスの言葉も耳に入らない。
腹の底でぐつぐつと、抑え難いドス黒い衝動が形成されていくのを自覚する。
「さてと。それじゃ、今度こそさよならだね」
「ぐっ…! おい、死にかけた娘にすがる暇があったら、お主だけでも逃げ――」
「――――フェイスッ!!」
少女が俺の肩に手を触れたのとほぼ同時に、最大級の怒り――殺意を交え、娘を窮地に追いやった魔族の名を叫び、憎悪を込めて睨みつけた。
直後、俺とステラ、少女の周りを、赤と黒の渦が包み込み、周辺の木々や土壌を巻き上げながら天へと昇っていく。
「えっ……?」
「なぁっ――!?」
フェイスと少女、二人から異なる戸惑いの声が漏れる。
「……は?」
状況が理解できず、先ほどの殺意も忘れ、素っ頓狂な声をあげてしまう。
そうこうしている間にも、赤黒い渦は俺たち3人を中心に、森全体を包みこまんとばかりに勢いを増していく。
「おぉい人間! なぜこの力をお主が!?」
轟々と激しく唸り続ける渦の中、先ほどまで今にも倒れそうなほど弱っていたとは思えない力で少女に両肩を掴まれ、がんがん揺さぶられる。
「ち、力? いや知らんけど…!?」
「何じゃとぉ…!? ちっ、もうええわい! 両手を前に出せ!」
「なんで!?」
「ごちゃごちゃ言わず早うせぇ! そこの小娘の仇を取りたいんじゃろっ!」
少女に一喝され、すぐ側で倒れたままのステラに目を向ける。
仇? その言い方じゃ死んでるみたいじゃないか、縁起でもねえ…!
「こうか!?」
「よし。そのまま手のひらの延長線上に、あの女を捉えろ!」
フェイスがいるであろう方向に視線を向けるが、うねりを上げる渦で何も見えない。
「渦が邪魔で見えねえ!」
「邪魔なら退けんかっ! お主が出しとる渦なら制御できるじゃろ!」
簡単に言いやがって、んなもんできるわけ――!
「あっ――」
やけくそで『晴れろ!』と念じると、眼前の渦が左右に別れ、唖然とした表情でこちらを見つめるフェイスと視線がぶつかった。
「漆黒炎ッ!!」
その隙を逃さず、俺の肩越しに少女が叫んだ――。
◇
「――はっ!?」
目を覚ますと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
もともと焦土と化していた森の空間には、さらに巨大なクレーターが形成され、熱に焼かれて大部分の地面が溶けたかのように波打っている。
「い、いったい何が…? いやそれよりステラ! それにあの子は!?」
まさか死んだりしてないよな…!?
痛みを押し殺して立ち上がろうとするが、両膝に重みを感じて動きを止める。
「ぐぅ~……」
「ぅあ~……」
視線を下ろすと、そこには俺の膝を枕に横たわる我が愛娘と、立派な角を生やした謎の少女の姿があった。
「はっ――」
極度の疲労に安堵が重なり、全身の力が抜けていく。
そのまま上半身を背中から倒し、大地に身を委ねた。
剥き出しの地表は最悪の寝心地だが、今は横になれるなら何でもいい。
そのまま目線を二人に向けたとき、ふと、気づきたくもない事実に行き当たる。
「……これ、俺が連れて帰るの?」
当然、反応を返す人はいないが、答えは一つしかないだろう。
「しんどい……」
もう勘弁してくれと悲鳴を上げる身体を尻目に、天を仰いだ俺の呟きは誰に聞かれることもなく、雲一つ見当たらない夜空へと消えていくのだった…。