第4話 父さん、初仕事に向かう
――日が傾く頃、郊外の森。
「うおりゃあー!」
「ギャィン――!!」
無我夢中で振り回した大剣が、運良く野犬のどてっぱらを直撃する。
勢いよく吹っ飛んだ野犬は倒れたままビクンビクンと痙攣しており、これ以上は動けなさそうだ。
「ぜぇっ、ぜぇ……」
剣を地面に刺して体重を預け、肩で息をしながら周囲を警戒する。
もう無理、体力はともかく精神が持たん。頼むからこれ以上出てこないでくれ…!
「――だ、大丈夫かな?」
必死の祈りが通じたのか、すぐに仲間が来ることはなさそうだ。
安堵のあまり、疲労感もあってその場に座り込んでしまう。
「いっつつ…。野犬なら俺でもいけると思ったけど、甘い考えだったかもな…」
バッグから応急キットを取り出し、あちこちに出来たひっかき傷や噛み跡の手当を手早く済ませる。
こういうとき、治療魔法を使える仲間がいると心強いんだろうな。
「仲間、か…」
依頼を受けるにあたり、出発前にベルさんと交わした会話を思い返す。
◇
『今回の依頼は、親子と思われる3頭の野犬退治。郊外に住む農夫のお爺さんが依頼主です』
『なんか簡単そうですね』
『油断しないでくださいよ~? 野犬とはいえ、レベルが低い人からすれば強敵なんですから。……あ、そういえばラインさんのレベルを聞いてませんでした。おいくつです?』
『Lv6です。半年前に職場の健康診断で計った値ですが…』
『あれ、結構高いな? 戦闘訓練を受けてない人の平均値が3~4くらいなんだけど…』
『仕事柄、商品の武器の使い勝手を確かめたりしていたので、そのせいでしょうか』
『ふーむ、なるほど。納得しました。ちなみに使いやすい武器とかありました?』
『んー、そうですねぇ…。個人的には、両手持ちの剣が馴染みやすかったかな』
『俗に言う大剣ですか。ラインさんってガタイ良いし、お似合いだと思いますよ』
『はは。でも大剣ってデカい分、結構お値段が……』
『そこはご心配なく。ラインさんは今回が初めてのお仕事ですし、武器や防具などの装備類は奥の倉庫から自分に合うものをチョイスしちゃってください』
『いいんですか? ありがとうございます!』
『いえいえ、レンタル代はお給料から天引きしておくのでお気になさらず。あ、相場よりお安くしときますんで』
『あ、支給じゃなくてレンタルなんですか……』
『しょんぼりしな~い! ゆくゆくは自前の装備を整えて、一緒に依頼を受けてくれる仲間を見つけられれば、こんなの一瞬でペイできますって!』
『だといいですね……』
『あ、最後にひとつだけ』
『なんですか? もうお金に余裕は』
『――もし「この依頼無理かも」ってなったら、迷わず撤退してください』
『え?』
『出発して無事に戻ってくるまでがワンセットです。もし失敗しても、命さえあれば次の依頼で挽回できます。自分の限界を越えてまで無理して挑む必要はありません』
『あ、ですが、そうなるとギルドの評判が……』
『そこを考えるのは経営側の役割です。とにかく、ラインさんは無事に帰還することを最優先に考えてください。じゃないと私、ステラちゃんに怒られちゃいます』
『……。ベルさん、ありがとうございます。俺、できる限り頑張ってきます!』
『その意気です! あ、成功するに越したことはないので、どうぞよろしく!』
◇
「正直、上手いこと乗せられた気もするが…」
ベルさんは年下だが、経営者として自分なりの考えをしっかり持っている。
まだ出会ったばかりだけど、少なくとも、一緒に働く仲間を使い潰してやろうといった悪意などは感じられない。
いわゆる『いい人』というやつだ。
そういった人の下で働く機会を得られたのは、僥倖と言えるだろう。
「……よし、こんなもんでいいかな。残りは1頭か」
簡単な手当を終え、討伐の証として先ほど退治した2頭の牙を採取しておく。
依頼書の内容によれば、残りは1頭のはず。
「近くにいるといいんだがな」
――ガサッと、何かが草木と擦れる音が後方から聞こえた。
「……!」
野犬が出たかと振り向いて剣を構える。が、特に何も見当たらない。
「気のせいか……?」
ともあれ、もうじき夕暮れ時だ。さらに警戒する必要がありそうだ。
俺は両手で頬をパンと叩いて気合を入れ直すと、森の奥へと進んでいった。
◆
「あっぶな~。父さんって意外とカン良いのかな…? もうちょい慎重にいかなきゃ」
◆
「いねぇ……」
まもなく日が暮れようとする頃、俺はまだ野犬を求めて森をさまよっていた。
「家族がやられちまったもんだから、別の場所に逃げていったのかなぁ…」
熟練の狩人ならまだしも、俺みたいな素人が夜に森をうろつくのは自殺行為だ。
今日はここまでにして、明日出直した方がいいかもしれない。
何より、ベルさんから受けた『無事に帰還することを最優先に考えて』という忠告もある。
「……うん。撤収しよう」
そうと決まれば長居は不要だ。一度ギルドへ戻り、ベルさんに報告しよう。
俺は踵を返して森の出口へ歩き始めた。
――直後、背後から強烈な閃光とともに、森全体に響き渡るほどの爆音が轟いた。
「っ!?」
咄嗟に近くの木陰に身を潜め、音がした方向を覗き込む。
閃光は一瞬だったのか収まったようだが、先ほどの爆音に関係しているのだろうか、立ち込める土煙が視界の先を塞いでいる。
ならばと耳をすませるが、こちらも爆音のせいでキィイン…と耳鳴りがしており、ろくに聞こえやしない。
「クソッ、なんなんだいったい…!」
どうする。詳細はわからんが、ろくでもない状況なのは間違いなさそうだ。
今とれる選択肢は3つ。留まるか、逃げるか、様子見に向かうか。
正直、どれを選ぶにしてもリスクはあるだろう。だったら…。
「巻き込まれるにしても、何があったかくらい知りたいよな…」
未知の事態に対して、僅かながらも好奇心が働いたのは否定できないだろう。
意を決した俺は、土煙が覆う方向へと走り出した。