第3話 父さん、娘に心配される
――ラインが専属冒険者契約を締結した、ほぼ同時刻
――冒険者ギルド『白狼』にて
「父さん無職になったの!? ウッソだぁ!」
「帰ったらラインから話があるだろう。心の準備はしておけよ、ステラ」
「そんなー……」
ショックが大きかったのか、金髪碧眼の少女――ステラ・シュラウスは、テーブルに突っ伏してしまった。
ステラの「うぅ~父さんかわいそ~」といううめき声に連動し、可愛らしいリボンでまとめられたポニーテールが左右に揺れている。
(沁み入る可愛さしやがって…。剣の扱い以外も、どんどんアイツに似てくるな)
アイツ――12年前に亡くなったステラの母親、エマは、『双剣B』の技能を持つ天才剣士だった。
加えて才能に奢ることなく、誰とでも隔てなく接する快活な性格で、同世代の間じゃあ男女問わず人気があってアイドル扱いされていた。
(エマがラインと結婚するって言ったときは、界隈が荒れたもんだ…)
ただでさえ人気者のエマだ。その相手が、よりによって技能なしのライン。
二人が幼馴染ってのを差し引いても、まあ、月とスッポンだったろう。
とはいえ、私は二人とはガキの頃からの付き合いだったんで、「そりゃそうだろ」くらいの感想しか抱かなかった。
エマはエマで抜けたところがあって、昔っからラインはヒーヒー言いながらも上手いことフォローしていた。私から見れば、似合いの二人だ。
(――だからこそ、エマが死んですぐのラインは見ていられなかったな)
「ね~ね~エブリンさん。父さん、大丈夫そうだった…?」
ステラの声で物思いから我に返る。
いかんな、過去を振り返るのは年を食った証拠だ。
「多少は凹んでたが、そこまで落ち込んではなかったぞ」
「ほんとぉ? 父さんって身体ムキムキなのにメンタルよわよわだからな~」
「本人に言ってやるなよ。たぶん泣くから」
「んぅ~……ま、いっか! 良い機会かもしんないよね」
そう言って、さっきまでラインを心配して曇っていたステラの表情が一瞬で笑顔に切り替わる。
何やら本人の中で折り合いがついたようだが…。
「どういう意味だ?」
「あたしがこの仕事を始めるまでの父さんのこと、知ってるでしょ?」
「そりゃまあな」
――ステラを出産後、産後の肥立ちが悪かったエマは、関係者による必死の治療も虚しく18歳でこの世を去った。
それ以来、ラインはステラを育てるために複数の仕事を掛け持ちし、育児と並行しながら休みなく働いていた。
無理がたたって身体を壊すことも多々あったが、私をはじめとする友人・知人の支えもあってか、何とか家計を回していたのが実情だろう。
そんな生活が10年ほど続いたころ、ステラが『白狼』の冒険者になり、才覚に溢れたステラの稼ぎは、あっという間にラインを追い越した。
その後、抵抗するラインを説き伏せた(泣き落としたと聞く)ステラによって、ラインの仕事は鍛冶職人一本に統合された…という経緯がある。
「父さん、あたしを育てるために毎日必死だったじゃん。あたしね、ちっちゃい頃から父さんに休んでほし~って、ずっと思ってたの。だから良い機会かなって」
「…………」
ステラの思いやり溢れる言葉を聞き、そっと目頭を押さえる。
何をどうやったら、こんな天使みたいな精神性のガキが育つんだ?
ラインのやつ、育児本出したらベストセラー狙えるんじゃねえか? 今度会ったとき、それとなく出版業界の知り合いでも紹介してやろう。
「んぁ? あたしの顔に何か付いてる?」
「いや。ステラは良い子だなぁと感心してな」
「そぉ? フツーでしょ?」
本気できょとんとした顔をするステラ。
それが世間一般でいうところの普通だとしたら、世の中から争いなんてもんキレイサッパリなくなるだろう。
「……となると、私がしたのは余計な世話だったかもしれん」
「んん? どういうこと?」
「アンバーが独立して冒険者ギルドを立ち上げたってのは、お前も知ってるよな」
「うん。最後にアンバーさんがあいさつに来たとき、『ステラちゃんならいつでも歓迎よ!』って契約書を渡されたよ」
さらっと衝撃の事実が判明した。
あの馬鹿、立つ鳥跡を濁さずって言葉を知らねえのか?
「……。そのアンバーが、簡単な任務をこなせる雑用係を募集しててな。良かれと思ってラインを紹介したんだ」
「あ~は~、なるほどぉ」
「すまん。まずお前に相談してからにすべきだった」
「そんな! エブリンさんが謝ることないってば。いっつも父さんのフォローしてくれて、ホントにありがとね!」
ニコニコしながら私の手をとって、ブンブンと上下に振りまくる。
愛嬌の塊がよぉ…。思わずほころびそうになる顔を引き締める。
「ちなみに、簡単な任務ってどんなの?」
「聞いた限りじゃ、迷子のペット探しだったり買い物の補助、あとは……野犬退治なんてのもあったっけか」
「野犬かぁ~。それくらいなら父さんでも大丈夫か…?」
むむむと悩み始めるステラ。
気持ちはわからんでもないが、ラインは技能なしとはいえ鍛冶職人だったこともあり、一般人と比べれば武器の扱いにも長けている方だ。さすがに心配しすぎだと思うが…。
「……決めた! あたし行ってくる!」
「は? 行くってどこへ…」
「エブリンさん、今日はあんがと! まったね~!」
それ以上私が言葉を継ぐ間もなく、ステラはそう言い残し、愛剣を引っ掴んで店から飛び出ていってしまう。
話の流れからして、おおよそ行き先の検討はつくが…。
「こりゃあ、保護者が保護される羽目になりそうだな…」
――まあ、あとはなるようになるだろう。
それ以上考えることを止めた私は、ステラの前では控えているタバコを懐から取り出すのだった。