第11話 父さん、逃亡を図る
「――し、信じられません。鑑定結果が覆るなんて……」
「ねっ? 課長、私が言ってたことウソじゃないでしょ?」
「鑑定水晶の故障って線はないのか?」
「いえ、調べたところ動作に問題はありませんでした」
「AとBの同一保有なんて事例、聞いたことあります?」
「史上初じゃねえかな。しかも二人同時だなんて…」
「おい、支部長はまだ戻らないのか!?」
「それが伯爵様の屋敷に外出中らしくて…」
「バカヤロウ! いいから伝令を飛ばせっ!」
「くぁ――。……のう、この馬鹿騒ぎはいつまで続くんじゃ?」
ソフィアは壁の文様を眺めるのにも飽きたのか、目の前で激論を交わす鑑定協の職員たちを尻目に、退屈そうにあくびをかみ殺した。
「俺に聞かれてもな……」
嘆息しながら肩をすくめる。待たされる側の身にもなってほしいものだ。
◇
現在、俺たちは通算6回目の鑑定を受けている最中だ。
「あ、あれ…? すみません、少しお待ちください」
最初に俺たちを鑑定した鑑定士は、そう言い残して奥の扉へと消えていった。おそらく職員フロアへ通じる扉なのだろう。
ほどなくして、上司らしき職員が現れ、2回目の鑑定が始まったのだが…。
「んっん~……ん!?」
「ねっ、先輩? 言ったとおりでしょ?」
「い、いや……さすがにこれは……。すみません、少々お待ちを」
そして、次の職員、さらに次の職員、そのまた次の職員……。
まるでバトンを繋ぐように代わる代わるやってくる鑑定ラッシュの末、気がつけば6人目。
――にもかかわらず、未だに結果は知らされていない。
◇
「……あの、まだ結果は出ないんでしょうか?」
臀部に軽いしびれを覚え始めたころ、俺は言外に「もう帰りたい」という意思を込めてそう切り出した。
「も、もう少し! もう少しだけお付き合いください!」
「まもなく支部長が戻られます。それまで、どうかお待ちを…!」
「その鑑定で最後ですから! あと1回、1回だけ!」
俺の訴えに、なぜか職員たちは必死になって引き止めを図る。
それくらいなら…と納得しかけた俺とは対照的に、隣のソフィアは『ドン!』と机を叩いて抗議した。
「いつまで待たせるつもりじゃ! つべこべ言わずに結果を教えんか、結果を!」
「で、ですがその……正確性に欠けますので……」
ソフィアの剣幕にたじろぎながらも、おそらくこの場で最も立場が上であろう、6回目の鑑定を行ったメガネの年配女性が、そう告げた。
「そんなにバラバラの鑑定結果が出たんですか?」
「い、いえ、そういうことではなく……少しばかり、信じがたい結果でして……」
しどろもどろになる女性。信じがたい結果って、どういうことだ……?
「信じるも信じんも、結果として出たのであろう? 構わん、さっさと述べよ。でなければ余らは帰る」
ソフィアが冷ややかに言い放つと、女性はついに根負けしたように、肩を落として頷いた。
しかし、なぜかその瞬間、職員たちから小さな非難の声が上がる。
「……わ、わかりました。あくまで暫定的なものとして、お聞きください」
そう前置きした彼女は、ためらいがちに俺たちへ向き直る。
――告げられた技能鑑定の結果は、たしかに信じがたいものだった。
「鑑定不能のA級技能に、剣術B級――!? 何かの間違いでは!?
「ほぉれ見たことか! やはりお主、魔王の力を隠しむぐうっ!?」
とんでもないことを口走りかけたソフィアの口を、慌てて塞ぐ。
頼むから、これ以上事態をややこしくするな……!
「やはり、信じられないご様子ですね。そこで、ご提案なのですが……」
女性は言いながら、手のひらでメガネをくいっと押し上げる。
気のせいか、レンズの奥の瞳が鈍く光ったように見えた。
「本日は、このままお泊まりいただくのはいかがでしょう?」
「は?」
「泊まり込みで鑑定にご協力いただければ、より正確な結果をお伝えできるかと」
あっけにとられ、言葉を失う。
……この人は、何を言っているんだ?
「おおっ、さすが課長! ナイスアイディアです!」
「っしゃあ! 一晩かけてじっくり研究できるぅ~!」
「きっと支部長、帰ってきたらめちゃくちゃ喜びますよ!」
「特別研究室って空いてたよな? おい、今すぐ押さえとけ!」
ドン引きする俺に気づかず(あるいは気にしていないのか)、職員たちは課長と呼ばれた女性の提案に大盛り上がりだ。
……さすがに、これ以上は付き合いきれない。というか、付き合いたくない!
「い、いえ結構です。では失礼します!」
「っぷはぁ! おいこらお主、無礼にもほどがあろう!?」
「あっそんな!? ちょっとお待ちを――!」
追いすがる声を振り切り、ソフィアを肩に担ぎ上げて部屋を飛び出す。
「あっ――」
扉を開けた瞬間、待機所内にいる全員の視線が一斉にこちらへ向けられた。
怪訝に思う間もなく、俺はその中からステラとベルさんを探す。
――いた!
「お待たせしました! さあ、帰りましょう!」
「え? え、えっ?」
「父さん父さん! あの鑑定結果ってホントなの?」
「帰ったら話してやるから! ほら、肩に乗れ!」
「いいの? わ~い!」
「おい、いいかげん下ろせ! おーろーせぇー!!」
両肩にソフィアとステラを担ぎ上げ、困惑するベルさんを促しつつ、俺たちは逃げるように鑑定協を後にした。
◇
『風花の若鷹亭』に戻った俺たちは、一息ついたあと、テーブルを囲んだ。
ベルさんが淹れてくれたコーヒーの香ばしい香りが、張り詰めていた気持ちを和らげる。
多少なりとも落ち着きを取り戻した俺は、改めてステラとベルさんに鑑定結果を伝えた。
「……というわけで、俺には謎のA級と剣術B級、ソフィアには同じく鑑定不能のA級と魔法B級の技能があるらしい」
「すっご~! やったじゃん父さん!」
「あの水晶板に出てた結果、本当だったのね…! 二人とも、おめでとう!」
ステラとベルさんは、きゃっきゃと祝福してくれる。
たしかに、喜ぶべきことなのだろう。
鑑定不能とはいえ、ほぼ存在しないとされるA級技能に加え、汎用性の高い剣術のB級技能がおまけのようについてきたのだ。
そう、文字通り歓喜してもおかしくないはずだった。
しかし――いくつかの理由が重なり、俺は素直に喜ぶことができなかった。
「つまるところ、お主は虚言を弄して、余を騙そうとした。そういうことじゃな?」
その理由のひとつが目の前にいた。
ソフィアはコーヒーを啜りながら、鋭く目を細め、俺を睨みつける。
そもそも今回の再鑑定の目的は、「俺に魔王の力が宿っている」というソフィアの誤解を解くことだった。
しかし――結果はむしろ逆効果。
状況は、悪化していた。
「で、でもほら。具体的に『魔王の力がある』って鑑定結果じゃなかったわけだしね?」
ベルさんも俺の懸念に気づいたのか、慌てた様子で手振りを交えながらフォローに入る。
「鑑定不能のA級技能が魔王のものなら、どうじゃ?」
ソフィアはカップを置き、ゆったりと腕を組んだ。
その動作には、確信めいた余裕が滲んでいる。
「でも、それはあくまでソフィア様の推測ですし……」
「余とそやつ、魔王の力を持つ者同士、同じ鑑定結果であったにもかかわらずか?」
「うっ……」
「推測と言うからには、これを超える主張があるのだろう。余に聞かせてみよ」
彼女の目が鋭く細められる。まるで「これ以上、言い逃れはできまい」と言わんばかりの表情だ。
ベルさんも一瞬口を開きかけたが、反論の言葉が見つからないのか、結局押し黙ってしまった。
「うーん。あたしとしては、別に父さんが魔王でもいいんだけどね?」
「いやよくないだろ!?」
俺の抗議を聞き流し、ステラは平然と続ける。
「仮にA級技能が魔王の力だとしてさ。どうしてその力を父さんが持ってるの?」
……いいぞ。我が娘ながら鋭い。至極真っ当な指摘だ。
「知らん。余が説明してもらいたいくらいじゃ」
「そっか~。じゃあしょうがないね」
言い終えると、ステラは熱々の淹れたてコーヒーをふーふーと冷ましながら啜った。
「あちっ。アンバーさぁん、アイスにできる?」
「――いや終わりかい!? もっと深堀りしてくれよ!」
「いーじゃん別に。魔王の力があって、父さんが困ることある?」
「あるだろ!? 魔王といえばお前――!」
ちらりと横目でソフィアを見る。
俺の視線を受けた彼女は、気にする様子もなくカップを口元へと運ぶ。
「余に遠慮はいらん。続けてよい」
「……魔王といえば、人類の敵だぞ。そんな技能を持っている奴がいたら、世間から見たら恐ろしくて仕方ないだろ?」
30年前に終結した魔王軍との戦争以降、魔族との間で大規模な争いは起きていない。
だが、魔王軍が残した爪痕は、人間界のあちこちに――物理的にも、精神的にも――深く刻まれたままだ。
この町は当時、大陸南部に位置していたおかげで大きな被害を免れたと聞く。
それでも魔王軍の恐怖は、戦争を経験した当事者たちから語り継がれている。
魔王とは、そうした恐怖の象徴なのだ。
「隠せばよくない? 自分の技能を明かさない人なんて、別に珍しくないじゃん」
「そういう問題じゃないだろ…」
こともなげに言うステラに、俺はがっくりと頭を落とす。
どう説明するのが正解なのか、自分の中でもまとまりきらない。
「……いずれにせよ、お主が技能なしではないことはハッキリした」
カップをテーブルに置いたソフィアが、俺をまっすぐに見据える。
「ならば、あの力――禍津風を、偶然の産物と片付けることはできまい?」
「うっ……」
「そして、お主のような人間が魔王の力を持っているのであれば、それを捨て置くわけにもいかん。それゆえ余は――」
ソフィアは一拍おいて、言葉を続けようとした。
――そのとき。
入口のスイングドアが軋み、揺れ開く音が店内に響いた。
「やれやれ。随分と年季が入った店ですね」
その声に目を向けると、白衣を纏った男が片手で扉を押さえながら、呆れたように呟いていた。
男はゆっくりと店内に足を踏み入れると、右手でモノクルを押さえながら古びた床を見下ろす。そして、白衣の裾をつまみ上げるように軽く摘まむと、
「……ふむ、清掃はされているようですね。結構、結構」
裾に汚れがないことを確認し、満足げに独りごちる。
客……だろうか? 表には『準備中』の札をかけているはずだが……。
「あ、あの……すみません。まだお店は開けていなくて」
ベルさんが遠慮がち声をかける。
「お気になさらず。用が済み次第、すぐに帰らせていただきます」
男は涼しげな顔で言い放つと、そのままこちらへと歩み寄ってきた。
カツ、カツと――乾いた革靴の音が、店内の静寂を切り裂くように響く。
「こちら、座らせていただいても?」
男は俺たちの卓を見渡すと、手のひらを返すように軽く持ち上げ、空いている席を示した。
断るべきかどうか、考える間もなく――
「ど~ぞ~」
ステラがあっさり許可を出した。
……もう少し警戒しろよ。
「では失礼して。ああ、紅茶があればいただけますか?」
「は、はあ……」
男はゆったりと腰を下ろすと、当然のようにベルさんへと視線を向け、しれっとオーダーを入れる。
怪訝に思いながらも、その雰囲気に押されたのか、ベルさんはためらいながらもカウンターへと向かった。
「なかなか横柄な輩じゃのう。お主、礼儀を知らぬのか?」
図々しい態度を見かねたソフィアが、男をじろりと睨む。
「ふむ」
男は彼女をちらりと見やると、そのまま俺へと視線を移した。
「ソフィア・ベル様と、ライン・シュラウス様に相違ありませんか?」
「たしかにそうだが……あなたは?」
「申し遅れました。私、こういう者です」
白衣の前をわずかに押さえ、男は懐から名刺を取り出した。
折り目ひとつないそれを受け取り、目を落とす。そこには――
「セオドア・コートニー?」
「はい。大陸統一技能鑑定協会・第11支部の長を務めております」
男――セオドアは、ゆっくりと片方の手を顔の前に持ち上げる。
細く長い指が、無機質な光を帯びたモノクルをすくい上げるように支えた。
モノクルのレンズが光を反射し、一瞬、冷たい閃光が走った。




