第10話 父さん、再鑑定を受ける
大陸統一技能鑑定協会――通称・鑑定協。
全人類が各々の能力や適性を正しく見極め、最適な未来を自ら選び取るための支援を通し、大陸全土に繁栄をもたらすことを目的とした組織である。
町の中央通りにそびえる中世風の石造りの建物。
頑丈な灰色の石壁に、高い天井を支える柱が並び、その荘厳な佇まいは歴史の重みを感じさせる。
大きな木製の扉の前では、15歳を迎えたであろう少年少女たちが、期待に胸を膨らませながら今日も出入りしていた。
「…………」
ここまで勢いで来たものの、足がすくむ。
過去のトラウマが脳裏に蘇り、どうしても中に入ることをためらってしまう。
「何をぐずぐずしておる。さっさと行くぞ」
「あ、おい!」
そんな葛藤とは無縁のソフィアは、何の迷いもなく建物へ入っていく。
俺は冷や汗を拭う間もなく、意を決して彼女の後に続いた。
中へ足を踏み入れると、磨き上げられた床が柔らかく光を反射し、壁には高価そうな絵画が整然と並んでいる。
洗練された雰囲気の中、受付の女性が穏やかな笑みを浮かべ、口を開いた。
「大陸統一技能鑑定協会・第11支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、あの、技能鑑定をお願いしたいんですが」
「技能鑑定ですね。失礼ですが、年齢をお伺いしても?」
「その、30歳です」
「えっ……?」
受付の女性が目を丸くする。
「その年齢まで技能鑑定を受けたことがないのは珍しいですね。何か事情がおありだったのですか?」
「あ、いえ。再鑑定をお願いしたくて……」
「再鑑定!?」
女性の驚いた声が響くと、周囲がざわめいた。
何とも言えない視線が次々と俺に向けられ、居心地の悪さが一層募っていく。
「ラインさん。覚悟を決めて!」
「だいじょーぶだって。父さん、ファイト!」
そんな俺を見かねたのか、ベルさんとステラが励ましてくれる。
――そうだ、もう一度技能なしの判定を受けるために来たんだ。今さら気後れする必要もない。
「――はい、再鑑定をお願いします」
「は、はあ。有料になりますが、よろしいですか?」
「大丈夫です」
「かしこまりました。では、こちらにお名前をお書きになって、あちらの待機所内でお待ちください」
ソフィアの受付はベルさんに任せ、記帳台に自分の名前を書き込むと、待機所に置かれた長椅子に腰掛ける。
周囲は少年少女ばかり。その中で、明らかに浮いている三十路の俺は、否応なく注目を集めていた。
「あのおじさん、なんでここにいるのかな?」
「まだ鑑定受けてなかったんじゃない?」
「もしかして再鑑定とか…?」
「まっさか~。あんなお金の無駄になることしないって」
「だよね~!」
(その再鑑定を受けに来たんです……)
居心地の悪さに身を縮めていると、受付を終えたソフィアたちがやってきた。
「結構な人数じゃな。こやつらは全員、今日が誕生日なのか?」
「いや、そうじゃないよ。15歳になればいつでも技能鑑定を受けられるってだけで、実際に来るタイミングは人それぞれだからな」
「ふぅむ、そうか。まあ当然といえば当然じゃな」
俺の説明に納得したように頷き、ソフィアは隣に座る。
「ねえ父さん、あそこの大きな石みたいなやつって何?」
ステラが興味津々に待機所の中央を指差した。
そこには板状の巨大な水晶が鎮座しており、周囲の床には何やら複雑そうな文様が刻まれている。おそらく魔法陣の一種だろう。
「あれは『鑑定水晶板』っていうんだよ。鑑定結果が浮かび上がる仕組みになってるんだ。見てごらん」
水晶は淡く光り、そこからは絶え間なく文字が浮かび上がっていく。
◆
―― 第05支部 15歳・女性 【技能なし】
―― 第23支部 16歳・男性 【剣術(細剣):E】
―― 第87支部 15歳・男性 【技能なし】
◆
「ほう、何やらいろいろと書かれておるな」
「あそこに検査を受けた鑑定協の支部番号、対象の年齢と性別、保有技能がランダムに表示される仕組みらしい」
「へぇ~。名前は出ないの?」
「ええ。なんでも鑑定を受けた人のプライバシーに配慮しているそうよ。昔、B級の技能保有者をめぐってトラブルが起きたのがきっかけで……」
ベルさんが話していたその時、待機所内がざわめいた。
◆
―― 第12支部 18歳・女性 【調理:C】
◆
「ねえ見て、C級だって!」
「第12支部って隣町だよな? いいなぁ…」
周囲の子たちから感嘆の声があがる。みんな羨ましそうだ。
「ずいぶんと騒がしくなったが、そんなに珍しいのか?」
「ああ、C以上が出るのは相当レアだよ」
C級にもなれば、その数は限られる。
ちなみに、鑑定協が公表している技能の等級はざっくりこんな感じだ。
◆
【技能なし】向いていない。努力次第で人並みにはなれる。
【E】技能の使い手。その分野で活躍できる。
【D】秀才。村なら一番、町でも上位層の才能。
【C】プロ級。大都市でも希少な存在。
【B】天才。大国でも有数。その分野を極められる才能。
【A】伝説級。歴史に名を残す存在。
◆
「なるほど。余のほど才覚であれば、複数のA級技能を保有しているということか」
「だといいな」
「おいこらっ! 余は本気じゃぞ!」
空返事が気に食わなかったのか、ソフィアはプンプンと怒る。
とはいえ、不完全(?)でも魔王だ。Aは言い過ぎでも、高い等級の技能を持っていてもおかしくないとは思う。
「ライン・シュラウス様。お待たせしました、第2鑑定室へどうぞ」
そうこうしているうちに、俺の順番がやってきた。
「よし行くか。ソフィア、準備はいいか?」
「ふん、お主こそな。化けの皮を剥いでやろうぞ」
剥げるほどの技能の皮があればよかったんだけどなぁ…。
「父さん、がんばれー!」
「結果がどうあれ気落ちしないでくださいよ~」
「お気遣いどうも…」
二人の声を背に、俺たちは鑑定室へと向かった。
◇
表札に『第2鑑定室』と書かれた扉を開ける。
部屋の中央には円形の机があり、その上に置かれた小さな水晶球がほのかに光を放っている。
壁には、待機所の水晶の周りと似た形の文様がびっしりと刻まれ、水晶球の光に照らされたそれらは、どこか厳かな雰囲気を漂わせていた。
「ほう……」
興味を惹かれたのか、壁の文様を眺めるソフィア。
机の向こう側の椅子に座る鑑定協の鑑定士が、そんな彼女と俺を順番に見やり、口を開く。
「シュラウスさん、お連れの方も一緒でよろしいのですか?」
「はい。構いません」
今回の目的はソフィアの誤解を解くことだ。
彼女には、俺が『技能なし』と鑑定される瞬間を見せなくては意味がない。
「お連れの方も鑑定希望でしたね? たしかお名前が…」
「ソフィア・ベルじゃ」
鑑定士の言葉を遮るように、ソフィアが名乗る。
どうやらベルさんの親戚という設定らしい。
「では、シュラウスさんの再鑑定が終わり次第、そのままベルさんの鑑定も行いましょう。お二人とも、それでよろしいですか?」
「大丈夫です」
「うむ、問題ない」
「承知しました。ではシュラウスさん、椅子に座って両手を水晶にかざしてください」
鑑定士の指示に従い、着席する。
すぅっと深呼吸し、両手を水晶球へとかざした。
「えーと、前回の鑑定結果は……『技能なし』ですか」
「は、はい」
「ご存知かもしれませんが、前回の鑑定結果が覆る可能性はほぼゼロです。ご期待に添えない結果になると思われますので、心の準備をお願いします」
「……お気遣い、ありがとうございます」
俺が傷つかないようにという善意の言葉なのだろう。
だとしても、それはそれでトラウマという傷口に塩を塗り込まれるようなものなのだが……。
「では、まいります。ふっ――」
大きく息を吐き、気合を入れた鑑定士が、水晶球に手を伸ばした。
◇
「ヒマだ~。あたしも行けばよかったぁ」
椅子の上でぐでっと背を丸め、ステラは退屈そうに呟いた。
隣では、アンバーが静かに微笑んでいる。
「すぐに終わるわよ。もう少し一緒に待ちましょう」
穏やかに言いながら、第2鑑定室の扉を一瞥するアンバー。
その視線を追うように、ステラも扉へと目を向ける。
「アンバーさん、自分の技能鑑定はもう済ませてるんだよね?」
「ええ。十五歳のときにね」
「どんな技能だった? そういえば聞いたことないなーって」
興味深げに身を乗り出すステラ。
アンバーはくすりと笑い、口元に指を当てる。
「ナ・イ・ショ。ひとさまに自慢できるような技能じゃないもの」
「じゃあ当てたげる! たしか短剣で戦ってたし、短剣Dでしょ?」
「うふふ、言いませ~ん。ご想像にお任せしまーす」
「もー! アンバーさんのけちぃ!」
頬を膨らませ、不満げに足をぶらぶらさせるステラ。
そんな彼女を見て、アンバーは楽しそうに肩をすくめた。
「……にしても、ふたりとも遅いなぁ」
ステラがちらりと壁の時計を見やる。
ラインとソフィアが入室してから、それなりの時間が経っていた。
「そろそろ結果が出ると思うんだけど…」
「――お、おいっ! 見ろよ、あれ!」
アンバーの言葉が終わるか終わらないかのうちに、誰かの驚愕の声が待機所に響き渡った。
また高グレードの技能でも出たのだろうかと、アンバーとステラは待機所中央の水晶へと目を向ける。
そこには、2名分の鑑定結果が浮かび上がっていた。
◆
―― 第11支部 30歳・男性 【???:A】【剣術(全):B】
―― 第11支部 30歳・女性 【???:A】【魔法(全):B】
◆
その瞬間、場内は静寂に包まれる。
――一瞬の沈黙ののち、待機所内は怒涛のような喧騒に満ちた。
「えっ? 『???』ってなに? 鑑定不能ってこと?」
「初めて見た…。しかもA級って嘘だろ? それも二人…」
「ってかもう一個の技能もB級じゃん!? ヤバくない?」
「第11支部って、ここで間違いないよな?」
「30歳の男性…? まさかさっきまでそこにいた人のこと?」
「もう一人の30歳の女性って誰のことだろ?」
「いやいやっ! A級がふたりも出るなんて何かの間違いだろ!」
「だ、だよなぁ。あの水晶、壊れてるんじゃないか?」
「でもさっきまで普通に動いてたような…」
誰もが息を呑み、信じられないものを見たような表情を浮かべる。
その中で、ステラとアンバーは顔を見合わせた。
「……もしかして、あれって父さんの鑑定結果?」
「た、多分そう? す、すごいのが出たみたいね、あはは……」
二人は口をぽかんと開けたまま、戸惑いの色を浮かべながら顔を見合わせた。
やがて、ゆっくりと視線を動かし、ラインとソフィアがいるはずの第2鑑定室の扉を見つめる。
信じられないものを見たような表情のまま、ただ、じっと――。




