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第1話 父さん、無職になる

「無職になったぁ?」

「恥ずかしながら…」


 昔なじみの友人――エブリンの呆れたような視線を受け、無駄にデカい身体を小さくすくめる。

 穴があったら入りたいとは、こういう場面で使うのだろうか…。

 そんな俺を見たエブリンは、気だるげに咥えたタバコを雑に灰皿に押し付けた。

 フゥーと煙を吐き出しながら、手を首の前でスッと切るような仕草を見せる。


「要するにお前んとこのギルド、これになったのか?」

「いや、クビというか、なんというか…」


 どう説明したものか少し悩んだ末、ありのままを伝えることにする。


 ◇


 ――さかのぼること小一時間ほど前。職場の鍛冶ギルドにて。


『解散!? ウチが!?』

『ああ。俺もついさっき聞いたばっかでよ、寝耳に水なんだが…』


 ガシガシと自分の頭を掻きむしりながら、仲の良い先輩がため息混じりに呟く。


『大手に押されて、にっちもさっちも行かなくなったらしい。ただでさえ、魔王が討伐されて以来、武器や防具の需要は落ち込む一方だしな』

『で、でも…。だから解散だなんて、急すぎませんか?』

『前々から水面下で話は進んでたらしいぞ。一応、退職手当として金一封は出るらしいが、あんま期待しない方がいいだろうな』


 あまりの衝撃にへたり込みそうになってしまう。金一封っていくらなんだ…?


『マジですか…。ちなみに、先輩は次の当てとかあるんですか?』

『あるわけねーだろ。ついさっき「解散しま~す」って聞いたばっかなんだぞ? どうやって再就職先を探すんだよ』

『そ、そうですよね…。すみません。自分、ちょっと混乱してるみたいで…』

『いいよ別に。つーか、俺みたいな独り身はどうとでもならぁ。それよりライン、お前こそどうするんだ? お前より稼いでるとはいえ、ステラちゃんのヒモにでもなんのか?』

『うぐっ……!』


 痛いところを突かれてしまった。

 俺――ライン・シュラウスの娘であるステラは、齢12歳にしていっぱしの冒険者として活動しており、すでに父親である俺の倍近く稼いでいる。


『いくら将来有望な冒険者っつっても、まだ子どもだ。父親のお前が養うどころか、養われる側になるのはさすがにどうかと思うがなぁ』


 先輩が言うように、自分が娘に養われる未来を想像してみる。


 ――父さん、今月の生活費ここに置いとくね。

 ――あとこれ。今月のお小遣い。無駄遣いしちゃダメだよ?

 ――え? もう使い切っちゃったの? じゃあはい、追加であげる!


 ……情けなさで死にたくなった。


『ま、良い機会と思って、今後のことを考えてみりゃあいい。とりあえず俺ぁ帰る。お互い落ち着いたら、また一杯やろうぜ』

『は、はい。先輩もお元気で』

『おう。ステラちゃんによろしくな』


 そう言い残して職場をあとにする先輩。

 心なしか、ハンマーを振るって鍛えられたその背中が、今日は小さく見えた…。


 ◇


「――という具合に、職場そのものがなくなってな」


 先輩とのやりとりを話し終えると、エブリンはかぶりを振って溜め息(それはそれは深いもの)をついた。


「想像より斜め上…いや、これは下と言うべきなのか? とりあえずお前の置かれた状況は理解できた。で、これからどうするつもりなんだ?」

「わからん。俺みたいな技能なしを雇ってくれるところがあればいいんだが…」


 思わずため息とともに弱音が口から出てしまう。技能さえあればなぁ…。


 ◆


 生まれながらに、他者に優越する「何か」を持つ者がいる。

 その「何か」を「技能(スキル)」と言い、セルディア大陸に生まれた者は、原則として15歳の誕生日を迎えると、「大陸統一技能鑑定協会(通称「鑑定協」)」に所属する公認技能鑑定士に、保有する技能のうち、最も優れたものの等級グレードを調べてもらうことができる。

 等級は下から「E・D・C・B・A」の5段階が存在し、最下級のEであっても、その道で生きるのなら、まず食いっぱぐれることはない。Dであれば引く手あまたで、C以上にもなると同業種間で奪い合いになり、過去に死人が出る騒ぎになったこともあるほどだ。

 一方で、技能を持たずに生まれる者も存在する。というより、大多数がそうだ。

 彼ら――俺を含む凡百の人々は「技能なし(スキルレス)」と呼ばれており、各々が自分にできることを模索しながら、日々を生きている。


 ◆


「まあ、お前が技能なしなのは事実だが、自虐はほどほどにしておけ。単純に聞いていて不快だし、自分を下げても誰も幸せにならんぞ」

「お、おおそうだな。気をつけるよ」


 薄茶色の前髪をクルクルと指に巻き付けながら、エブリンは咥えたタバコに火を付け、気だるげに吸い始めた。

 言い方は少しキツいが、仲間内では面倒見が良い女で通っているやつだ。これでも気遣ってくれているのだろう。……たぶん。


「しかしどうするか…。なあエブリン、お前のギルドで皿洗いの募集とか…」

「あるわけねえだろ」

「だよなぁ…」


 にべもなく否定される。今どき皿洗いだけの仕事なんてそうそうないか…。


「そもそも、娘が所属するギルドで働きたいか? バリバリ活躍している娘の横で、ちまちま皿洗いするつもりか? お前もそうだが、ステラの気持ちも考えてやれ」

「ぐっ…! それは、まあそうだな…」


 ステラは、エブリンが所属している冒険者ギルド『白狼』で、専属契約を結ばない形での所属――いわゆるフリー冒険者として活動している。

 まだ技能鑑定を受けられる年齢ではないため保有技能は不明だが、すでに双剣の扱いにおいて並外れた資質を示しており、『白狼』が結成してから初となるC級、あるいはそれ以上とも噂される、将来を嘱望されている冒険者なのだ。

 出来た娘を持つ父親として鼻が高い一方、技能なしの自分との差、さらに無職という現状も重なり、思わずため息をつく。


「はぁ、もう地道に求人票を漁るしかないか。良い仕事があればいいんだが…」

「フゥー…。ったく、しょうがねえな。ちょっと待ってろ」


 エブリンはタバコをもみ消すと、脇にのけていた鞄に手を伸ばして中から手帳を取り出し、サラサラと何か書き始めた。


「おい、何を書いてるんだ?」

「ちょっと黙っとけ。静かにするくらい犬でも出来るだろ」


 ……毎度のことだが、口わりぃなこいつ。

 犬以下の扱いを受けたことに抗議の眼差しを向ける俺を尻目にエブリンはペンを走らせ続け、やがて書き終えたのか、そのページを雑に破って俺に突き出した。


「じゃ、私、このあと用があるから」

「いや説明しろよ!? これだけ渡されてもわかんねえだろ!」


 しれっと帰ろうとするエブリンの手を掴んで留める。

 破り渡された手帳のページには、謎の目的地を指し示す案内図らしきものが書かれているが…。


「見てわからんか?」

「わかんねえから聞いてんだよ!」

「やれやれ…。そこ、私の後輩が独立して立ち上げた冒険者ギルド。こないだ飲んだときに雑用係が欲しいって愚痴っててな。私の紹介と言えばまあ、雇ってくれるだろうさ」

「えっ?」


 不意に見せた昔なじみの優しさに、思わず戸惑いの声をあげてしまう俺。

 こいつ、いったい何を企んで…?


「嫌ならいいんだぞ。思う存分、娘とのヒモライフを満喫するといい」

「しねえよ! ……ありがとうな、エブリン」


 渡された切れ端をひったくろうとするエブリンの手から守りつつ、素直に感謝の意を伝える。

 何はともあれ送られた好意、ありがたく受け取っておこう。


「気にすんな。お前以上にステラのためだ。んじゃ就職活動がんばれよ、パパ」


 そう言い残し、エブリンはいつの間にか吸っていた三本目のタバコをもみ消し、机の上に置かれた伝票をさらっと回収して店を出て行った。

 あいつ、所作がいちいちイケメンだな…。


「よし。とりあえず行ってみるか」


 会計を済ませてくれたエブリンに感謝しつつ、俺も店をあとにするのだった。

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