勇者の血を引きしショタを守るのに疲れた王様が聖女様を導入し、ボクは追放されたのですがなぜか国が廃れてしまいました
「勇者の血を引くと賢者どもが言うから、あらゆる災難から貴様のようなハナたれ小僧を守って来てやったがこの度、我が国に世界最強とうたわれる大聖女様を迎えることとなった! よってそなたはもう用なしじゃ!」
お城の本殿でそのように冷たい言葉をボクに突き付けているのは王様。
バーンドブレス王国、第八十八世ボンキライ・ハレームスキー国王であった。
「王様、お待ちくだしゃい。勇者の血を引くと仰って小さな村からお連れになったのは賢者しゃまたちではないでしゅか? 用なしになるなら賢者しゃまたちも追放なさるのが筋道では……」
「だまらっしゃいっっ!!! 王様に口答えをするとは何たる無礼者! 散々甘やかして自由を与えた結果がこのような生意気で恩知らずのショタに成り下がって」
「そうだそうだ! お前をかくまうための村はことごとく魔軍に見つかり焼き払われてしまい、多くの尊い民を失って来た。もう十歳だろ、いつになったら魔王を討伐に行くのじゃ!?」
「全くです! 呆れて物も言えないとはこのことで御座いますな。もはや可愛いだけが取り柄の勇者の出来損ないのキュンタどのには早々に国を出て行かれるのが宜しいかと存じます」
ここにいる三人の賢者が口をそろえて王様にそう進言するのです。
ボクは歴代勇者の血を引くと言われている「キュン・ポッ・キュンタ」です。
確かに賢者が言われたようにボクがお世話になった村は魔物に見つかり全滅しました。修行の旅に出ると拠点が必要になり、村人たちが寄ってたかって自村に逗留下さいとせがんで来た。
修行は当てのない旅ゆえ、お言葉に甘えて泊めてもらいました。
魔物に見つかっても決して誰も勇者様を恨まないと村人たちは言ってくれた。
世界のために皆が団結を見せてくれました。
村の大人たちは妻子を抱きかかえながらボクを優先的に地下へと隠しました。
静けさを取り戻して地上に出て見れば、村は見るも無残な姿に変わり果てていた。いつまでも涙が溢れてきて、せめて彼らの墓標だけでもと焼けた土の上に神札程度の木の棒を刺して名を刻んで回りました。
今日までその繰り返しでボクは鍛え上げられました。
ですが王国が管理していた小村はすべて炎上して歴史から姿を消しました。
これらの犠牲をボクが忘れたことなどただの1ミリもありません。
生後三カ月で勇者の烙印を押されたボクは五年でこれらを経験済みです。
村がないので城下町に永住権を頂きました。
ここでさらに五年の月日が流れたという訳です。
「多くの村民の命が失われたと言うのに何をのん気に毎日毎日、花畑なんぞに現を抜かしおって! 花粉臭くて宮殿中の大切な衛兵が花粉症にでもなったらどうしてくれる?」
「そなたはどのような病にも侵されぬ護符を我ら偉大な三賢者がその身に沁み込ませて来たから、さぞ安泰じゃろうな。いい気なもんよのう!」
「王命だったとは言え、なぜお主なんぞを勇者の末裔などと持ち上げたのか、自身の眼を潰して王様に不忠をお詫び申し上げたい気持ちで一杯です、王様ーっ!」
王様に向かいひれ伏す三賢者様は言葉を述べるたびにボクを一瞥する。
切っ先の鋭いキツネの見つめるが如く、冷たい視線で嘲笑するかのように。
ですが貴方たちに言われるような体たらくをしてきた覚えなどありませぬ。
修行で討伐した魔物から戦利品を剥ぎ取り、売りさばいて稼いだ金銭で必要な装備はすべて自分で整えてきました。
買い与えて頂いた物などこの手元には何ひとつありませぬ。
この地に何代にも渡り新たな国王が誕生すると同時に新たに魔王も生じる。
どの国の歴史書にもそう記されています。
人々の生命と魂が荒ぶる場所に魔王軍が出現してきた。
魔王という輩が狙っているのは結局高貴な血筋の王様なのです。
細かい末端の民の命は、ザコい底辺の魔物が召し上げていくのです。
ボクが生まれて間もない頃は力量不足で民を護ることが出来ませんでした。
そんなボクをあの人々は信じて死力を尽くしてくれた。
いつの日かボクが不幸の元凶である魔王と配下を打ち滅ぼすチカラをこの手に入れることを信じて……。
逗留した村の地下で最後に耳にした声は。
いまでも、この耳朶に残っている言葉は……。
『勇者様バンザイっっ!!! 勇者様……バンザ……ィ……っ!』
ええ、ボクは本日をもって貴方がたの国からは追放される身ではあります。
ですが、ボクを真の勇者に変えようと命を懸けたのは名も知れぬ民です。
彼らを尊い民だと言いながら宮仕えをするここの誰かが、訃報の後その名を口にした試しがありましたか?
笑い声や挨拶の声を、鍬を片手に声を掛け合い畑を耕すその美しき響きを、残された人々に伝えたことが御座いますか?
彼らの在りし日の弾むような姿や輝きに満ちた眩しきその笑顔を、筆を執って画にできる方はいらっしゃいますか?
断末魔の叫びなどとは程遠い希望の詩を誇らしげに皆で声高らかに肩を組み、円陣を作り熱唱していたのだ、
「おびえを捨てよう、勇者も人の子だ! われらが友になり家族になるのだ」と。
ボクは朝寝坊もするが眠れぬ夜もあった。
陰で努力を惜しまない強く優しい人たちを何度も何度も見つめて過ごして来た。
ボクが村に逗留する間、愚痴や陰口を漏らさないで済む努力を積んでいた。
ボクの荒れた心の畑を『過度の期待と孤独の風』で枯らさないように努めてくれた。
陰でも讃え、支え合うことに執念を燃やし続ける人こそが、ただのハナ垂れ小僧だったボクを勇者に育てた本当の『勇者の親たち』なのだ。
お世話になった各廃村にこの手で刻んで来た彼らの愛称。
ともに暮らした者だけが知る、その……きみたちの名を。
墓標があるのに未だ誰の訪れた形跡もない。
言われなくても行って来るさ。
魔王の討伐に!
すべてのアイテムを売りさばき、空っぽになった道具袋に詰め込みがやっと終わったから。
やっと……届けられるんだ。
名も知らぬ雑草のような花たちだけど、「無いよりは、ずっとマシだろ?」
きみたちに手向ける『献花』のために一度、墓前に参ります。
そのためにどんな中傷にも批判にも耐えてきたよ。
そして諸悪の根源、魔王に『喧嘩』を売りに参ります!
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人類の宿敵であった魔王を成敗してきました。
さすがに1年は掛かりました。
これで勇者なんかもう無用の長物です。
これでただのショタになってしまいました。
ボクを一時でも必要としてくれた王様や三賢者様も見向きもしないでしょう。
あの方たちはきっとこの度の手柄が聖女様の恩恵だと言い張るでしょうから。
ボクを愛してくれた人々は元より帰ってきません。
でも──。
追放を受けた身でありましゅから、今さらバーンドブレス王国にボクの入る隙間はないのだけど帰って来ちゃったのでしゅ。
「あれれ、たしかこの辺に城下町があったはずでしゅが……」
街の賑わいや活気が感じられないのです。
なんだか国が廃れてしまったように。
まさか街が崩れてしまったのか?
聖女様が守っていたのなら城も街も安泰だったはずなのに。
恐る恐る街の中へ入って見ることにしましたら、突然悲鳴が聞こえたのです!
「キャあああああああぁぁぁぁぁ──ッッ!!!」
「ええっ! ちょ、ちょっと……」
地鳴りのような音が響いて来たかと思うと大勢の人がボクを見るなり駆け寄ってきた。それも全部、女の人でした。
「皆んな、見て見てぇー! 男の子よ! 男の子が現れたぁぁぁぁぁ!!!」
あっと言う間に街中に女人が溢れて来てボクの周囲を取り囲んできた。
何をそんなに珍しそうにするのですか。
取って食おうと言う訳ではないとおっしゃるのですが。
今にも食べられそうな勢いで抱き着かれてしまったのです。
後日、判明しました。
ボクが追放され、代わりにやって来た聖女様があまりにも美しくも可憐な方で国中の男性が虜になったそうです。
国王に大聖女とまで崇められた聖女「ボン・キュッボン」様はそんなに美人なのか。
ありとあらゆる男性に来る日も来る日も舐める様に見られ続けるあまり、聖女様は男性恐怖症に掛かられました。ですが聖女ゆえに誰にも打ち明けられず、無意識に少しずつバーンドブレス王国から遠ざかって行かれたのです。魅了された男性軍はそれとは知らず、
『聖女様は俺を誘ってんだよ!』
『何言ってんだ、オレだよ! オレに決まってんだろ!』
などと、とんでもない誤解をする男性たちが国を、家庭を捨てて全て出て行ってしまったそうです。
つい最近のことだそうです。
折角、魔王を葬り去って帰ってきてみれば、王様も三賢者も居なくなっていた。
女帝たちにこってり絞られてお仕置き部屋に放り込まれちゃったみたいです。
育てて頂いた恩もあるので、ボクは「ざまあ」だなんて言うつもりはありません。
むしろ、ありがとうと言いたいのです。
魔王と魔王軍が消えた今勇者でなくなった、ただのショタを愛してくださる方と居場所がまた出来たのですからね。
(終わり)