シンデレラタイム
午後9時半過ぎ、再び集合した三人は、昨日の男が待ち合わせをしているところを見つけた
少し待つと、スタイルのいい綺麗な女性が、笑顔で男のほうに駆け寄って行くのを確認する
「ウソでしょ……あれが亜里珠?メイクなんてレベルじゃない……」
驚愕したのは杏子だけじゃない、アルキと聖は昨日確認済だったが、それでも信じられないと言った様子だ
「今日の放課後とつい見比べてしまうから余計に差が凄いな……見れば見るほど美人OLって感じだな」
「ちょっと!本当に亜里珠なの?面影がほとんどないんだけど」
「それは間違いないよ……見るたびに色気が増していくような気がするけどね」
「……聖まで同じような事言ってる!アンタたち似てきたんじゃない?」
「杏子……それは褒め言葉として受け取っておくよ」
「えっ!嬉しいんだ?」
杏子は、照れたように答える聖を見て呆れる
三人はなるべくバレないように距離をとり、亜里珠と男を尾行する
「わたしもメイクしたらあんなに綺麗になるのかなぁ」
「杏子も素材はいいんだから、なれるんじゃないかなぁ?」
「「素材は」って何よ……色気ははたしかに無いけど……」
杏子は自身の華奢な身体とラフな服装をあらためて確認し、大人っぽくて綺麗な亜里珠と見比べると、萎むように落ち込んでいく
「嫌でも歳は取る。慌てて大人になる必要はないんだ……亜里珠は……待てなかったんだろうな」
「「――?」」
この時、聖と杏子はアルキの言っている事の意味を理解することが出来なかった
亜里珠は男と食事をして、お店から出て来ると腕を組み、まるで恋人のように振る舞っている。立ち止まる二人、男のほうからプレゼントらしき物を渡される。嬉しそうにそれを受け取る亜里珠だが、子供のように、はしゃいだりはしない
話をしているようだったが、しばらくすると、二人は別れた。立ち去る男の後ろ姿を見つめる亜里珠は、彼が振り返るのを待っているかのようにその場に佇む。やがて彼の姿が見えなくなると、受け取ったプレゼントを胸に抱き、逆方向に歩き出した
「――え?七面先生!」
振り返ると目の前にアルキがいることに戸惑いを隠せない亜里珠は、気まずそうに俯いてしまった
「少し時間あるか……30分いくらだ?」
「――えっ?……教師がパパ活を利用していいんですか?」
「ダメだろうな、だがお前が黙っていれば問題ないだろ?同罪ということで」
「……でも」
「あの人じゃないから嫌か?」
「――!いえ……食事一回一万円です!」
「――くっ!時間制とかではないんだな……じゃあこれで」
「はい、たしかに」
「だが食事はもう取ってるんだろう?カフェか公園で話をしようか」
「……はい」
この場に聖と杏子はいない。アルキは「一人のほうが亜里珠が話しやすいから隠れてろ」、と言って距離をとり、隠れさせている
アルキと亜里珠は、どこで誰に見られるか分からない上に、目立つといけないからと公園へ行き、ベンチに腰掛ける。亜里珠は大人びた雰囲気でアルキの隣に座ると、自ら話を切り出した
「七面先生……話って……」
「俺の話を聞いてくれるか?」
「――?先生の……はい、もちろん」
「俺の目標は「未来の伴侶」を探すことなんだが、なかなか上手くいかずこの歳になってしまった……」
「……先生ってカッコよくて頭いいのにどうしてですかね?」
「そう言ってくれると有り難いが俺にもいろいろあってな……難しいんだこれが……答えのない数式を解いているみたいだ」
「ふふふ、でも佐倉先生とか瑠美先生とは、どうなんですか?」
「二人とも美人だよなぁ。そのために修徳高校の教師になったまである」
「ぷっ!何ですかそれ、生徒に聞かせることじゃないですよ!……でも先生カッコいいから何人も女の子を泣かせてきたんでしょ?」
「いや……だいたいの女性が俺から離れていくんだ」
「へぇ〜先生優しいからそんな風に見えないですけど……やっぱり……「叶わぬ恋」……とかも経験してます?」
「当たり前だろ!むしろほとんど「叶わぬ恋」なんだが……でも結局若い頃の実らなかった「恋」のほうが心に残ってるな……」
「――!そうなんですか!?えっと……聞いてもいいですか?」
「いいぞ!10年以上前だからなぁ……あの頃は俺も若かった!ある事がきっかけで出会った女性に、「恋」したんだ。彼女は年上で……若い俺からしたら、とてつもなく魅力的だった。だが彼女は俺に興味なんてこれっぽっちもない……でもそれで良かった……ただ「恋焦がれ」ているだけだったから……彼女には婚約者がいたからね!もともと知り合った時には知らなかったんだけど。しばらくして、婚約者って紹介されたんだよ……兄貴に」
「「「――!」」」
亜里珠は当然びっくりするが、木陰でこっそりと聞き耳を立てている聖と杏子もアルキの話を聞いて反応する。少し物音を立ててしまったが、亜里珠にはまだ二人の存在はバレていないようだ
「……先生……じゃあずっと片思いで?……二人の幸せを見ているんですか?」
「だったら良かったけどね!……死んだんだよ兄貴が……結婚する前にね」
「――!そんな……ごめんなさい……辛い事を思い出させてしまって……」
「ふっ、亜里珠は優しいな」
「……いいえ、わたしは……」
「お前はそのまま、好きでいていいと思うぞ、一線を越えなければ。悩むこともあると思うが……どんなカタチであれ、きっとお前は成長する。だがいいのか?本当の自分じゃなくて!」
「――!」
それを聞いて亜里珠の目に涙が浮かぶ
「「兎角」なんだろ?……初めてのパパ活で出会った男性に恋をして、幼すぎるお前は高校生である事がバレて断られた。彼も高校生とパパ活なんてしてると、犯罪になりかねないからな……そして恋に悩んだお前は触れたんだな「暗黒物質」に……能力は……いわゆる「シンデレラタイム」ってところか。大人に変われるお前は、名前を変えて彼に接触した。一緒に食事をするだけでも幸せだったが……人間はどうしても「欲」が出る。しょうがない事だ……彼はパパ活としてお前と会っている事を楽しんでいるようだが、お前は違うよな?やめられないんだろ?目的はお金じゃないから……他の男とはパパ活してないもんな……その気持ちは大切だと思う。相手が既婚者でなかったら、良かったんだが……でも好きになってしまった事は罪ではない!気持ちは分かる!」
「……先生……これって運命なんですか?先はもう決まってるんですか?この時この歳であの人と出会って、恋をして失恋する……そういう未来なんですか?先生だって、10年前に出会った人と、もう少し早く会っていたらとか考えないですか?パラレルワールドだったら、わたしはあの人と同世代なのかな?とか、奥さんより先に出会って、わたしと付き合ってるのかな?とか、わたしはあの人と結婚出来るのかな?……って……そんなふうに思わないですか……?だから……もうどうしていいか分からない!運命に従うしかないんですか!?」
「どうだろうな……お前が言ってる「運命論」って何か超越的なチカラであらかじめ決まっているから、足掻いても結果は同じ結果になるってやつだろ?……それって寂しいよな……だからこれは「亜里珠の選択理論」だな……自分で決めて自分の意思で行動する!その行動はきっとこの先の、お前自身の糧となる!」
「わたし……どうしたらいいんですか?」
「「選択」するんだ。俺は辞めろとは言わない。ただ自分を偽って、「大好きな人」に会うのは良くないのかもな、嘘が上塗りしていく」
「ありのままのわたしには会ってくれません!もう会うなって事ですか?」
「今の世の中では「兎角」は認知されている。どうでもいい奴ならいいが、いや良くはないか……好きな人には正直に、「兎角で大人になってます」って言ったほうが悩まないんじゃないか?それでお前が決めるんだ!想いを伝えるか伝えないか、傷付くかもしれないし、彼を困らせるかもしれない」
「もう会えなくなっちゃうかも……」
「かもしれないな……お前の選択であり彼の選択でもある」
「怖い……」
「だが今も怖いんじゃないか?このままでいいのか……もしこの先を求められたら……彼には家庭がある、「心」を求めてもいいのか……そんな不安があるんだろ?とくに今の「シンデレラタイム中」は……お前の「心」もさらに大人になってるから」
「――!先生……なんでも分かっちゃうんだ……」
「まぁいろいろ経験してるからな……」
しばらく沈黙の時間が流れる。亜利珠の気持ちを整理する時間を黙って待つ
側にいるだけ、亜里珠が質問すれば答える。
アルキはただ自分を語り、味方だと、気持ちも分かると、そう言っただけ
これは「運命」ではなく「選択」なのだと
「先生、もっと考えてみる……自分で!杏子にも相談すると思うけど、ちゃんと自分で決める!だってこれは「亜里珠の選択理論」だもんね!」
「すまんな、本来なら無理やりにでも辞めさせるべきだろうな。お前も誰かに止めて欲しいのかもしれない……だがこれもお前の成長に繋がる!お前はまだ若い、ここで辛いことがあったとしても、これからいろんな人と出会うことが出来るんだから!……大丈夫だ!それにお前には心配してくれる「仲間」がいる!」
「アルキ先生も?……心配してくれる?」
「当たり前だ。俺はお前の副顧問だぞ!今のお前の気持ちはすでに経験済みだ!俺とお前の「選択理論」は違うかもしれないが、俺はこうして「大人」になってる!心配するな、間違えてもいい!その時は……軌道修正してやる」
「はい!」
亜里珠の目に浮かんだ涙が流れ落ちる。
悲しみで浮かんだ涙は、落ちる頃には安堵となり、大人びた表情は影を潜め、幼い笑顔がそこにはあった
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「杏子……泣きすぎだって」
「だって……うう……切なくて」
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