伊倉 梅
朝から聖に呼び出されたアルキは、エッグサンドを杏子に手渡すと、風が吹きつける屋上で、タバコに火をつける
「それでアルキ先生、杏子と梅がこれからは、授業に出れるって本当ですか?」
聖は杏子から簡単に話を聞いていた。それを聞くと、居ても立っても居られずに、アルキに直接解決策を聞きに来たのだ
「伊倉梅は少し時間がかかるかもしれないが、杏子は問題ないだろう。あと二人が近づいても問題ない……伊倉梅の事は、知り合いに「兎角」のチカラをコントロール出来るように訓練してくれる女性がいるからな。彼女が受けてくれればいいんだが、どうだろう?」
「梅……最近また既読してくれないんだ……」
「でしたら今日、帰りに梅に会いに行きませんか?」
聖が二人に提案する
「そうだな、許可をもらっておこう」
今は不登校の生徒に副顧問が会いに行くだけでも許可がいる。アルキはそう言うと、後ろ手で右手を振り、屋上を出て行った
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放課後、聖と杏子を連れて伊倉梅に会いに来たアルキは、マンションの前で声を掛けられる
「これはこれは七面先生、奇遇ですね」
少し嫌味がかった感じで声を掛けてきたのは、「特務課」の四ノ宮透。
「あぁ、四ノ宮警部!身辺調査ですか?」
「別にあなたに言われたからではないですよ!」
「そちらの方は、やっぱり相棒ですか?」
アルキは四ノ宮の隣にいる若い男性に気付くと軽く挨拶をする
「どうも探求科副顧問の七面歩です」
「おお!あなたが!?自分は特務課の頃末昇です!噂は聞いてます!事情聴取の時に四ノ宮さんを言い負かしたと!」
「おい、頃末!」
到底、刑事とは思えないほど軽いノリのコロスエは、人懐っこい雰囲気で、アルキにからむ
「いえいえ、言い負かしてなど、とんでもない。それでどうですか?伊倉梅の義理の父親に会えましたか?コロスエさん」
「いえ!どうやら行方が分からないようです!」
「おい、頃末!余計なことを言うな!」
「はい……ごめんなさい!」
コロスエが余計な事を言わないようにと、四ノ宮自らがアルキに話し掛ける
「七面先生も伊倉梅に会いに来たのでしょう?ですが、二人の生徒を連れてるんですね」
「ええ、この二人は教え子でして、八神と百地です!」
「八神君はもちろん知ってますよ、学校でも話してますから……ですが、百地……たしか……あのポルターガイスト事件の時にはいなかったですよね?」
四ノ宮が鋭い目つきで杏子を見ると、聖が庇うように前に出る
「四ノ宮さん、そういえば探求科の元顧問の三人は、調べたんですか?「田口修二」先生とか……」
アルキは四ノ宮が油断出来ない相手だと悟り少し情報を開示し、自分のほうに目を向けさせる
「「「――!」」」
この名前に反応したのは杏子と聖に特務課の二人……つまり全員だ
「やっぱりもう分かっているんですね七面先生は!そうなんですよ!事件の参考人なんですけど、心を病んでいるようでして!他の二名の先生は別の学校で普通に働いてましたし、そこは問題ないかと……」
「おい、頃末!」
ペラペラと喋ってしまうコロスエは、四ノ宮に怒られても平気なようだ。むしろ彼のアルキを見る目は、キラキラと輝いている
「「……」」
思うところがあるのか、心を病んでいるという言葉に杏子と聖は俯き口を閉ざす
「田口修二先生だけが心を病んでるのか?だとしたら……本人もしくは関係者が「兎角」に目覚めてもおかしくはない……ですかね?コロスエさん!」
「――!なるほど、本人ではない可能性も?」
「おい!頃末!いい加減にしろ」
「えぇ?でもすごい参考になるんですけど!」
「コ〜ロ〜ス〜エ〜!」
四ノ宮はコロスエの首根っこを掴み、引きずるように帰って行った
「アルキ……わたし達……田口先生のこと……」
「いや……僕だよ……あの時はとにかく排除しようとしてたんだ。取り返しのつかない事をしてしまったのかもしれない……」
「聖……聖はわたし達を守ろうとしてくれてたんだよ」
「やってしまった事は償えばいい、償うと言ってもお前達は、まだ子供だ。これからの生き方を田口先生に見せてあげるんだ!心を病んでいるのなら、謝っても許してもらえないかもしれない……だが田口先生はお前達に「反省する事」を教えてくれたことになるな……感謝して、大人になって、もしまた会える機会を与えてくれるのであれば、会えばいい」
「「……はい」」
二人はしっかりとアルキの話を聞いて心に刻む、自分達がしてしまった事の「重さ」を胸に抱えて前に進む
アルキは思う……これがこの事件の「動機」なのだと、「探求科への恨み」と「探求科の仲間を救う思い」……これがこの「学校の七不思議」を作ったモノの正体。
そうなると「共振」の犯人はおそらく……
伊倉梅のマンションのインターホンで、探究科副顧問とクラスの友人二人だと告げると、自動扉が開いた。エレベーターで五階を押して三人は無言のまま玄関まで辿り着く
呼び出しを押す前にロックが外れて、母親が出てきた。顔色が悪く、明らかに体調はあまり良くないのだろう
中へ通してもらった三人は軽く挨拶を済ませると、さっそく本題を切り出す
「梅さんはいないのですか?」
「――えっ?……今日は久しぶりに学校に行くと言ってましたけど……」
母親はそう言うと、血の気が引いたように青ざめる
「――え?そんな……わたし何も聞いてない!」
「僕達は何度も梅に連絡していたのですが、繋がらなくて……学校にも来ていなかったんですけど」
「ウソ……じゃあどこに?……あの子は……」
母親は震えるように言葉を発する
「伊倉さん、ご主人はどうされたのですか?」
「――!それは……あ……あの……出て行ったっきり……帰って来なくて……」
「いつ頃出て行ったのですか?」
「……え……えっと……かなり前です……」
母親はかなり取り乱したように受け答える。正直に話してくれそうもないと判断したアルキは、自身の考えを伝えることにした
「今から私が言うことは独り言です、聞き流してもらっても結構なので。しかし、もし間違っていたり喋りたくなったら、私が話し終えてからおっしゃって下さい……」
アルキは静かに目を閉じると、優しい口調で話し出した
「伊倉さんの再婚相手である「西川恭吾」さんは、結婚する前はとても優しい男性だった。仕事も出来て、シングルマザーである伊倉さんの事を愛してくれた……もちろん梅さんの事も可愛がってくれていた。梅さんのことを可愛がってくれないと、再婚は難しいですからね。これだけのマンションに住んでいるのだから、かなり稼ぎはよかったのでしょう……しかし再婚してしばらくすると、仕事が上手くいかなくなってきた。「仕事で稼げる」というプライドを持っていた事が、彼の「精神安定剤」みたいなものだったんじゃないかな?その「薬」が切れた彼は、豹変していく……彼の「精神安定剤」は次第にあなた達二人への暴力へと変わっていった……家庭内暴力を受けていたあなた達二人、とくに梅さんのほうは酷かった……あなたはそれを止める事もできずに、只々耐えるだけでどうしようもなかった……そして梅さんは精神的な苦痛の末、「兎角」に目覚めてしまう……梅さんは探求科のみんなに守られながら、何とかその強力な「兎角」の暴走を抑えていた……が……エスカレートし過ぎた虐待により「西川恭吾」さんを、「余剰次元」の彼方へ消してしまったんじゃないですか?」
「「――!」」
「あ……そ……その……」
母親は何か言葉を出そうとするが、アルキは彼女の挙動を察し、ここまでの予想は当たっているのだと判断すると、そのまま話を続ける
「自分自身のチカラを恐れた梅さんは、誰も傷付けたくないと不登校になった……そんなある日、急な訃報が届いた……杏子の両親が「とある兎角」の暴走により、亡くなってしまった。お世話になった人達の死。何より、親友である「杏子」のことが心配だった……不安定な自分を押し殺してでも親友のもとへ向かった梅さんは、屋上にいる杏子と接触した。「兎角同士の衝突」で不特定多数の被害を出してしまう。梅さんと杏子は恐怖を感じた……自分達が触れ合うだけで、こんな事になるのなら、深い悲しみと絶望を共有するとどんな事になるのかと……会えなくなった二人だが連絡する事は出来る。杏子は屋上、梅さんは自宅……しかし梅さんは今日いなくなった。一刻も早く探さないといけないが、梅さんに何かしらの変化があったはず……呼び出されたか?……自分の意思か?……学校には来ていなかった……他に心当たりのある場所といったら……まさか!」
「どうしたの!?何か気づいたの?アルキ!」
杏子が縋るようにアルキの肩を揺らす
「梅のお母さん!家に誰かから連絡ありましたか?今日の朝か、もしくは昨日のうちに!」
聖も何かに気付いたようで慌てて母親に尋ねる
「だ……誰かからって……いつも学校からの連絡くらいしか……」
「梅さんに代わりましたか?」
「えっと……昨日の夕方遅くの連絡の時に……」
それを聞いた聖が、考え込むようにしていると母親はどうしていいか分からず、血の気の引いた表情で狼狽える
「伊倉さん、言っておきますが梅さんが「兎角」の暴走によって「西川恭吾」さんを巻き込んでしまったとしても「罪」は無いです……「虐待」について相談所にも連絡が入っていたおかげで、責任はむしろ「西川恭吾」さんにあります!私は「兎角」の教師です!そこは安心して下さい」
「そっ……そうなんですね……梅は罪に問われないのですね……う……うう……良かった……私はどうしたらいいのか分からず……只々、あの子の今後が心配で……う……ありがとう……ございます……」
母親は顔を覆い、咽び泣く
「しかしそれよりも重大な事があります、「今」梅さんが何をしようとしているのかが問題です!」
「……分かりません……ただ……昨日の連絡にも、なかなか代わりたがらなかったのですが、その方が梅に伝えて欲しいと……」
「何を伝えたのですか?」
「……百地さんのご両親について……「理由」を伝えたいと……よく分からなかったので、そのまま伝えると梅は慌てて電話を代わりました……」
「――!お父さんとお母さんの「理由」!?」
杏子は立ち上がり、慌ててその場から立ち去ろうとするが、アルキに腕を掴まれる
「待て!杏子……行く時は俺と一緒だ」
「……うん」
「アルキ先生!それって……」
「「犯人」は梅を暴走させるつもりだ!」
「場所は……杏子の両親が亡くなった場所だ!」
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