暗黒物質
「antenna 」に入り浸って帰りが遅くなった杏子を、家まで送り届けるため、アルキは近くに駐車してある自家用車を店に横付けした
「後ろに乗れよ!」
「えぇ!助手席は?」
「そこは「未来の伴侶」の指定席だ。それに教え子を隣に乗せてるなんて、誰かに見られたら誤解される」
「佐倉先生とか?」
「……まぁな……」
「ぶぅ!……でもアルキは可愛い車に乗ってるんだね」
「普段乗らないけどな」
アルキの愛車はローバーミニ。クラシックな雰囲気を漂わせるクリーム色だ
「杏子……「伊倉梅」はイジメじゃないんだろ?学校には来れないのか?」
「……アルキは何でもお見通しだね……あまり人に知られたくないみたいで、梅がそういう事にして欲しいって……」
「探求科の団結力を見たら分かるよ……家庭の問題なんだな」
「うん、助けてあげたいけど……怖いんだって……再婚して出来た、新しいお義父さんのことが……」
「……虐待か……俺は助けたいと思ってるが反対か?」
「アルキならそう言ってくれると思ってた……今日も聖達のこと、助けたんでしょ?……カッコ良すぎるよ……」
杏子は震える声でそう言うが、涙は流さない
「ここからは俺の独り言だ……伊倉梅は新しい父親から虐待を受けて、精神的に追い詰められていた。そしてある日精神的なストレスから見えないはずの「モノ」を見てしまう……つまり暗黒物質を観測し「兎角」に目覚た。その「兎角」はあまりにも強力で「人を消してしまう」。だが「消す」と言っても今のところ命に別状は無い……またすぐに消えた人は現れる。おそらく能力は「余剰次元」を創ってしまうとか?「余剰次元」に一瞬だけ存在させてしまうから、人は認識できずに消えたように見える……そしてその事を気に病んで、梅は探求科のみんなに相談をした。いや、まずは親友である杏子に相談したのかな?しかし同じ時期にもう一人悩んでいる生徒がいた。「田邑舞」だ、彼女もまた人を傷付けてしまうような「兎角」に目覚めたのだと、思い込み皆に打ち明ける、「サイコキネシス」かもしれないと……すると探求科でも特に優秀な生徒である八神聖が、一つの提案を出した!それは「伊倉梅」と「田邑舞」を守るための作戦……「学校の七不思議」を作り「兎角隠し」をすること。修徳高校内では幸い「学校の七不思議」が流行っていることもあり、それを利用した……だが問題が起きる。探求科の顧問が異変に気付いて、二人の事を調べ出した……焦った「探求科の生徒達」は顧問を追い出す事にする……追い出された顧問は3人……4人目の佐倉咲先生は、余計な詮索はしなかった。だから追い出されず今でもまだ、「探求科顧問」として教師の仕事をすることが出来ている。問題はまだ続く……もう一人の「兎角」覚醒者が現れた」
杏子はただ黙ってアルキの言葉を聞いていた
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梅は自らの能力を恐れた。今はまだ、一瞬だけ消えてしまう程度だがいつか全てを飲み込んでしまうのではないか?と思い始めていた。家では義理の父に殴られる。母親は只々泣いて謝るだけ……唯一の安らぎだった学校でも、いつ起こるか分からない自らの暴走に怯える
梅の精神状態が保てているのは、杏子と探求科の存在しかない。いつも側にいてくれる親友と相談に乗ってくれる仲間達……心強い存在だ
今はみんながいるから守られている
いつかはこんな凄まじい能力は「国」の管理下に置かれるだろう
利用されるのだろうか?
実験されるのだろうか?
ただ今は……高校生活の間だけは、杏子と……探求科のみんなと一緒にいたかった
「梅、お昼行こ!」
「うん……食欲無いけど……」
「ダメだよ!梅はガリガリなんだから!わたしが太って見えるからちゃんと食べて!」
「ぷっ……何それ」
「へへへ、梅が笑ってくれた!」
「……ありがとうね!杏子」
「また二人がイチャイチャしてる〜!ねっ聖くん!」
「舞、羨ましいならお前もイチャイチャ仲間に入ったらいいじゃん」
「えぇ?」
教室内に温かい笑いが起こる、何でもない会話でも全員が関わろうとする
誰かを守るということが探求科の日常を「特別」に変えて心は一つになっていく
その「想い」が外から見た者にとっては「歪」に見えたとしても……たしかに一つになっていた
子供達は3人の教師を追い詰めた。仲間を守るためにやったことは決して褒められる事ではなかった
その中の一人、数学の顧問だった「田口修二」は生徒から難解な数学問題を質問され、答えられなかったところに聖が鮮やかに解いていく。という動画を拡散されること数回、保護者などからも適任ではないのではないかと、苦情が殺到し心が折れてしまった
田口はこのクラス最初の「探求科顧問」であり、まだ若く好青年で情熱を持った教師だった
田口が異変に気付いたのは「伊倉梅」の急激なやつれや顔色の悪さが気になり目が離せなくなったからだ
これは「学校の七不思議」なんかじゃなく「兎角」に目覚めた梅が引き起こしている事件なのではないか、と「探求科」の生徒達に聞いて回っていたのだ
皆は焦った……もしかすると梅は「国」に連れて行かれるかもしれない。「守らなくちゃ」、その想いは田口を追い詰め……修徳高校から追い出した
2人目、3人目も探求科を脅かす者は排除されてきた。そんな中、4人目の「佐倉咲」だけは許された……なぜなら彼女は関わろうとしなかったからだ。探求科にとって一番いい先生……「詮索しない教師」……
探求科の生徒達の根底に「正義」があるから周りが「悪」に見える
先生を追い詰める……そこに罪悪感などない
あるのは「仲間を守る」という意志だけだった
修徳高校探求科が、それほどまで外と隔絶しているとは思いもしない探求科の保護者達。杏子の両親もいつものように穏やかに過ごしていた
「杏子〜!今日も早く帰れたぞ」
「おかえり〜!お父さん、最近無理してない?」
「くぅ……杏子が優しい……うちの娘はどうしてこんなに優しいんだ!なぁ聡子」
「ふふふ、そうね」
「もぉ……親バカ」
「そうだ!杏子、旅行に行ける休み取れたぞ!」
「ホント!嬉しい」
「杏子、仲の良い友達がいるんだろう?」
「――?うん、梅の事?」
「その子も連れて来たらどうだ?」
「家族旅行に?」
「その子が良ければだが、まぁ親御さんにも許可を取らないといけないけど」
「……一緒に行けたら嬉しいけど……梅はダメ……じゃないかな?……」
「――どうして?」
忠宏は杏子に楽しんでもらいたかった……高校生になった杏子が、本当に楽しめるようにしてあげたかった……親だけじゃなく、友達も一緒に行けたら喜ぶのではないかと思い、そう提案したのだ
杏子も言うつもりは無かったのだ。梅もあまり人に知られたくないと言っていたから
でも、もしかしたら忠宏なら梅を救い出せるのではないかと期待してしまう
杏子は「虐待」の事を忠宏に相談した
支援センターや相談所は、匿名で通報することが出来る。忠宏は忙しい仕事の合間でいろいろと手を尽くしてくれた
梅には伝えていない。だが学校での様子を見ると少し元気になっているようにも見える
もしかしたら忠宏のおかげでいい方向に向いたのではないか、と杏子は思っていた
「杏子、この前言っていた旅行の誘いなんだけど……」
「やっぱり……ダメだった?」
「……」
「行ってもいいって!お母さんが楽しんで来なさいって言ってくれたの!」
「――本当!?やったぁ!」
「……わたし……杏子と友達になれて良かった……」
「梅……」
旅行の許可も出て、家庭内でも少し落ち着いてきたのか、梅の「霊界への誘い」は出なくなっていた
制御している訳ではない。強力な「兎角」は、訓練をしなければ身を滅ぼすことにもなる。今はただ精神的に安定しているだけだった
「お待たせ〜梅〜!」
「杏子〜!……あ……お世話になります、伊倉梅と申します」
「こんにちは、梅ちゃん!こちらこそ、いつも杏子と仲良くしてくれてありがとう!父の忠宏です」
「こんにちは、梅ちゃん!いつも杏子から聞いてるわよ!母の聡子です」
「か……家族旅行に入れてもらえるなんて良かったんですか?」
「僕達だけじゃ杏子を100%楽しませる事が出来ないからね!梅ちゃんのチカラを借りたいんだ!こっちがお願いしたいんだよ!」
「何それ!わたしがワガママみたいじゃん!」
「あら?違うみたいよ、忠宏さん」
「えぇ?お母さんまで!」
「ぷっ……杏子のお父さんとお母さんって面白い」
「おっと!梅ちゃん早速笑ってくれたね!この旅行を「笑いの旅」と名付けよう!みんなで笑う、縛りだ!どんなに僕がつまらないこと言っても、絶対に笑うこと!」
「えぇ!じゃあお父さんが喋るとほとんど愛想笑いになるね」
「なに〜!……うう……杏子はそんな風に……」
「ぷ……ぷっ……ハハハ……もぉ〜始めからこんなに面白かったらわたし持たないかも」
「梅、覚悟してね!」
「――覚悟?」
「だってこの旅行は「笑いの旅」なんだから!」
百地家と梅の旅行。杏子の「思いやり」から始まった提案に、忠宏の「思いやり」が加わったこの家族旅行は「笑いの旅」として終始笑いの絶えない旅となった
たったの2泊3日だったが、たくさんの思い出を作ることが出来た。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ
帰りには遊び疲れたのか、二人は姉妹のように寄り添い寝てしまう。忠宏と聡子はそんな二人を穏やかな気持ちで見つめる
「忠宏さん、良かったね!」
「ああ、楽しかったな……こんなに楽しそうな杏子を見てたらもっと頑張ろうと思えるよ」
「アナタらしいわね!」
「また行こうな」
「そうね」
梅をしっかりと家まで送り届けると杏子は名残り惜しそうに言葉を交わす
「梅楽しかったね!……また明日、学校で!」
「うん本当に楽しかった〜!……楽しすぎて帰りたくない……」
「だね……」
「じゃあ明日ね!杏子!」
「うん!バイバイ!」
家族三人だけになると車内は静かになった。だが三人は笑顔だ「笑いの旅」を噛みしめるように笑顔が溢れる
「お父さん、お母さん……ありがとう」
「おう!」
「ふふふ、楽しかったわね」
「うん!へへへ」
「笑いの旅」から帰宅した梅が玄関の扉を開けると、怒鳴り声とともに、殴りつける鈍い音が響く
梅はただならぬ雰囲気に足が竦む。母親が暴行を加えられているのだ
「あぁん!やっと帰って来たのか?……どこに行ってた?……チャラチャラ遊びやがって!誰のおかげで、生活出来てると思ってんだ!」
「あ……あ……ご……ごめんなさい……」
梅は怯えてその場から動くことが出来ない
「お前が相談所にチクったのか!?……オレが稼いだカネで遊びに行きやがって!」
「やめてぇ!梅は私が行かせたの!あなたのおカネじゃないの!」
「うるせぇ!……誰に頼んだ!バカにしやがって!オレがぶっ殺してやる」
「あ……な……何の話?……わたし分からない……」
「チクったのはお前以外いないんだよ!」
「――うっ!」
息が止まるほどの衝撃が、梅の腹部を襲う。男の拳が腹部に突き刺さり、その場にうずくまる
「やめて!お願い!梅に乱暴しないで……お願いだから……もう無理よ……無理なの!……お願いもう別れて下さい……」
「何だと!?……お前までオレを突き放すのか!」
男は周りにある物を蹴飛ばすと、梅と母親を殴り続ける
抵抗出来ない暴力により、失いかける意識の中で梅の何かが弾ける
「……も……もう……アンタなんかいなくなれぇ!」
梅の「兎角」が発動した
男の身体は、梅の胸ぐらを掴んでいた腕以外が消えて無くなった
血は出ない「存在がこの次元から無くなった」のだ
「兎角」完全覚醒……「余剰次元」に飲み込まれた
3次元のこの世界で5次元以上の世界に飛ばされたのか。それとも「存在」しているが「認識」出来ないだけなのか。梅は人ひとりをこの世から消し去った
次の日から梅が学校に来ることは無かった
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「杏子、大丈夫か?梅と連絡ついたか?」
「まったく……既読にもならない」
聖が落ち込む杏子を励ますように声を掛ける
「絶対に家で何かあったんだよ……」
「何かって?」
「あ……ううん……なんでもない」
梅の家庭の事情を知るのは杏子だけだ。いくら仲間でもあまりこの話を広げたくない杏子は忠宏に相談しようと考えた
「お父さん……今日梅が来てなかったの……既読もつかない」
「そうか……分かった!直接行くと、梅ちゃん自身に迷惑がかかるかもしれないから、明日午後から休み取って相談所に行ってみよう」
「うん、お願いね……ありがとう、お父さん」
「お……お……おう!くぅ〜杏子に言われたらチカラが漲る〜!」
「ふふふ、じゃあわたしも明日、忠宏さんと一緒に行っちゃお!」
「お母さんもありがとう!」
梅は悪くない
わたしのせいなんだ
わたしが家族旅行に梅を誘わなければ
わたしがあの時、お父さんに頼まなかったら
わたしが自分で行動出来れば
わたしが最初から聖に相談してたら
お父さんとお母さんは死ななかったのかもしれない
深い悲しみの底で触れたのは「暗黒物質」……杏子はソレを「観測」し「兎角」に目覚める
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