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隣のおウチのク◯ジジィ

作者: 三須田 急

「チッキショー、今度こそ見とけよあのジジィ…」

また爺ちゃんがブツブツ言いながら帰ってきた。

お隣の熊川さんところのお爺さんと遊んで負けて帰ってきたらしい。


それにしても…

「爺ちゃん、ジジィはやめなよジジィは…」

「フンッ!70過ぎにジジィと言って悪いか⁉︎」

「鏡と住民票見てからいいなよ、

お爺ちゃんの方がちょっと年上なんだから…」

「キッショー、あん時右を引いときゃババなんぞー」

どうやらババ抜きだったらしい。


いい歳こいてババ抜きなんぞに興じている男が2人

その闘いの始まりは50年前に遡る。


始まりは麻雀の上がりの早い遅いで

揉めた事に端を発し、次第にその頻度はエスカレートしていった。

結婚の早さ、子供や孫ができた時期、果ては指相撲からジャンケンに至るまで2人の対決は尽きる事を知らない。


その数は19000回をゆうに超え、

呆れた事に全ての勝敗を2人とも記憶している。

彼らの因縁はその下の子や孫といった者達の交流を深めるのに一役買っていたが、

時たま勝負に巻き込まれるのはハタ迷惑この上ない。


「最近負けが込んでおる…どうすればいいか…」

顎に右親指と人差し指を添えて考えている。

大体このポーズの時、ロクな考えが出ないので部屋をソッ〜と出ようとした、その時。

「ヘウレーカ!」と叫んだ


「今までの勝負から察するにヤツは運任せの勝負に強い!」

つまり、「実力勝負を挑めば勝ちの目はあるっちゅーわけだ!」

だから、「次は純粋な運動能力で勝負すればいいのだよ!」


「そうするとして…何で対決すんだよ…」

「駆けっこだ‼︎」

幼稚園児と間違えるほどの大声で答えた。


「いや…待てよ…」

「どったの?」

「アイツは勝てない戦は挑まない主義じゃからなぁ…」


また少し考えてから手を打った。

「そうじゃ!買い物競争にすればええ‼︎」

「カイモノぉ〜、カリモノじゃなくて?」

「そうともいうかもしれんが、

ひとまずそれで間違いない‼︎」

「そうとしか言いません」

「そうと決まれば準備だぁ〜!お主も手伝え‼︎」

「えぇ…」

やっぱりあの時逃げとけばよかったのだ。


翌る日、世間は休日だというのに、私は無理矢理にお年寄り達の仁義なき闘いの審判に駆り出された。

ただ、ありがたい事に熊川爺さんの孫娘のあーちゃんも巻き込まれたらしいところだ。


熊川明子ちゃんは私の一つ上で物心ついた時から

あーちゃんと呼んで一緒に遊んでいる。

幼い時分から気心知れた親密な間柄なのだが、

だからこそというべきだろうイマイチもう一歩が踏み出せずにいる。


話は元気なお年寄り2人に戻る。

勝負のルールは昨日書かされた果たし状の内容からだとこうなる。


まず最初にスタート地点の河川敷で8枚の札からランダムにお題を引く。

そこから商店街目掛けて走り、お店でお題の商品を購入する。

あとはスタート地点に先に戻った者の勝利となる。


我々が審判を仰せつかったのは、

本当に商店街で買ってきたか等の不正を監視するためである。


お互いの家で作ってきた4枚の札を混ぜ合わせ

シャッフルする。

そして2人で一枚ずつ引き、スタート地点に立つ。


「お主…フライングは無しだぞ!」

「それはこっちの台詞だ」

見事なクラウチングスタートの姿勢で構える。


「位置について!よーい!」

見事な尻を上げる。

「ドンッ‼︎」

2人とも頭を地面に突っ込みそうなほど凄まじいスタートを切った。


ここからが審判員のめんどくさいところだ、

選手の不正を見張るため追いかけねばならない。

幸いな事にスタートから2分と経たずに2人ともバテバテとなったので苦労は幾分軽減された。


「ひぅ〜ひョョ〜」

「ゼフゥ〜ぜぇ〜」

もはや走っているのが信じられない息遣いだ。


「今日はどっちが勝つと思う?」

「この様子じゃあ両方ともリタイアかもね…」

こういう会話ならできるのに

なんでその先に進めないんだろうか…


もはやこの後の展開を詳しく語っても、

しょうがないだろう。

2人はほぼ同時に目的の品を手に入れ、

ゴールの河川敷へと向かっていた。

その間、あーちゃんと楽しく会話できたので退屈や苛立ちを感じることがなくてよかった。


折り返しすら怪しいと思われた2人だったが気がつけばゴール手前100mほどに近づいている。

頑張る選手2人に我々審判ができる事は応援で2人を励ます事ぐらいだ。

「おじぃちゃん、頑張ってぇ!」

「後もう少しだよぉ〜」


その時、さっきまでヒィヒィいってたウチのお爺ちゃんが急にスピードを上げた

「アァ…待てぇぇ…」一瞬出遅れた熊川さんもこれに追いつこうとする。


どうやら疲れ切ったフリをして相手の様子を伺い、追走不能と見るや一気にスピードを上げたらしい。

我が祖父とはいえ実に汚い…


勝負に生きた2人の男が全力疾走で河川敷を駆け抜けていく。

年齢からは考えられないゴールスプリントは審判員に転倒の不安を抱かせるとともに軽く感動すら覚える程に凄まじいモノだった。

そして、先にゴールラインを越えたのは…‼︎


「やったぞ〜‼︎勝ったぞぉ〜〜‼︎」

ウチの爺さんだった。


昨日の雪辱を晴らす見事な走りだったが、

喜ぶのはまだ早かった。

「とぉめてくれぇぇぇぇぇ」

ブレーキが壊れていたからだ。


2人の若者が立ち塞がり暴走爺さん達を受け止めた。

結構な勢いで突っ込んできたが程よく失速させる事に成功した。

何がともあれ選手・審判ともに怪我なく激闘は幕を閉じた。


「クゥ…後もう少しのところで抜かったわ…」

「フン、油断する方が悪いのだわい」

「まぁまぁ、2人とも…」

「今日の勝負は一応決着がついたんですから…」


それでも負けた熊川さんの方はどうにも釈然としない様子でいる。

それもそうだ納得がいっているならとっくに勝負は終わっている。

しばらく俯き方を肩を落としていたが、突如立ち上がってこう言った。


「天啓‼︎」この人もか

「運の良さならワシは負けない!」

だから「ここにおる2人の孫達が初めて達成したことを賭けて勝負じゃ」

「ほぉ〜、何を賭けるというのかね?」


クックックと笑った後、口を大きく開いて言った。

「どちらが先に愛の告白ができるかじゃ‼︎‼︎」

辺りが一瞬静まり返った。


「いいじゃろう、やってやろうじゃないか!」

ジジィ共の方は乗り気だが孫2人は違う。

「「人の気持ちをダシに使ってんじゃねぇーぞ、

このク◯ジジィ‼︎‼︎」」

顔真っ赤にして叫んだ、

示し合わせてもいないのにピッタリ合ってしまった。


その日以降も2人の不毛で

ハタ迷惑な争いは続いている。

本当にいい加減にしてほしいが、

一つだけ感謝しなければならない事がある。

思い続けたあの娘と手を繋いで

出かけられるようになったのだから。


end

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