第六話:焔の闘い
戦闘始まりま~す!
焔がアトラスを抜けて一週間。
焔はまだ蒼穹市にいた。
すぐに市外に身を隠そうとしていた焔だったが、アトラスの手は早く、やはりというか市外への完全封
鎖は完了していた。
市外への道は警察が検問をしている。
警察や市民たちは蒼穹市の拡大工事のため、関係者以外の者が市に入ることを厳重警戒していると聞かされている。
他の場所ならたかが市の拡大工事ごときで何を馬鹿なと思うのだろうが、蒼穹市は企業一体型都市という顔があるため、市内、市外の人間を問わず納得するのであった。
従って、人々は警察に紛れた何人もの異能力者が焔を捜索していることに気付かず平穏な毎日を送っていくのだった。
「ここも駄目か・・・」
市外へと続く最後の道にも警察が検問を敷いていた。
その中に異能力者の気配が一つ混ざっているのに気づいて焔は来た道を引き返す。
「あれ? もしかして市外へ?」
そんな焔に声を掛けてきたのは、焔より年上だが、まだ年若い警官だった。
その警官は爽やかな笑みを浮かべて焔に歩み寄る。
「違ったかな? でも、もし市外へ出かける用事だったならごめんね。ほら、知っての通り今は、ちょっとね」
注意深く、声を掛けてきた若い警官を観察する焔だったが、異能力者ではないと判断してすぐに警戒を解く。
「・・・いや、急ぎの用事でもない。気長に待つ」
「うん、本当にごめんね」
「いい」
言って警官に背を見せ、その場を去ろうとした焔に再び警官が声を掛ける。
「ああ、そうだ。ちょっといいかな?」
「なんだ?」
鬱陶しそうな表情で振り返る焔に、警官は相変わらずの爽やかな笑顔で言う。
「アトラス作戦部隊所属の『炎帝』ですね」
「・・・お前は異能力者ではないはずだが」
「ああ、僕はね」
そう言うと、警官の身体はゆっくりと倒れていき、代わりに倒れた警官の影から痩身の男が這い出てきた。
男は焔と対照的な白の外套を身に付けている。
白いマスクで口元を隠しているため、どのような顔なのかわからないが、その瞳は冷淡な色を宿していた。
両手には禍々しい刃が日の光に照らされて光る、小振りのダガーが握られている。
「お目にかかれて光栄です『炎帝』。私は『具現師』といいます。アトラスの長、重国様の命により貴方を連行します。どうか、抵抗はせずに投降してください」
「嫌だと言ったら俺を殺すか?」
焔にしては珍しく、相手を挑発するような笑みで言う。
「いえ、重国様からは殺さぬことを厳命されています。しかし、相手が貴方では手加減など出来ようはずもありません。ですから、もし抵抗されるようならお怪我の一つ程度はお覚悟ください」
「いいだろう」
右手を空に伸ばして焔は言う。
「お前の言う、怪我の一つでも俺の身体に刻むことが出来たなら、ボスの下に行ってやる」
言い終えた焔の右手には燃え盛る炎が出現し、それが槍へと姿を変える。
「貴方お得意の炎の槍『炎槍』ですか。では、あくまで抵抗なさるのですね?」
『具現師』の言葉に焔は言う。
「かかってこい」
それが答えだった。
『炎帝』の炎の槍と、『具現師』のダガーが互いを破壊せんと交わる。
『具現師』のダガーは特別な何かを施しているのか、炎の槍と触れ合っても溶けず、焔が繰り出した高速の突きを刃の腹で上手く受け流す。
「ふっ」
槍を受け流したと同時に、空いているもう一方のダガーで攻撃を仕掛けるが、焔はそれを半歩下がり危なげなくかわす。
「・・・・・・」
「やはり、簡単にはいきませんね」
完璧だと思ったタイミングで攻撃をかわされた『具現師』は、焔から距離を取り、両手のダガーを後方に投げ捨てた。
投げ捨てられたダガーは、『具現師』の手から離れてすぐにその存在を消滅させた。
「近距離が駄目なら遠距離を。というわけで次はこれを試させていただきます」
言うと、『具現師』の手には黒く妖しく光る鉄製の弓が握られていた。
「疾っ」
掛け声と共に射出された矢が、同時に五本も焔目掛けて襲い掛かってくる。
「・・・・・・」
無言のまま焔は炎の槍を振るって矢を撃墜させていく。
「ふむ、これも駄目ですか。ならば・・・」
「もういい」
ため息とともに焔は何の躊躇もなく炎の槍を消し去った。
あまりに突然なことに『具現師』は困惑する。
「・・・どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。お前の力では俺には勝てない。それだけだ」
興味を失ったと言わんばかりに、焔は戦闘中だというのに『具現師』に背中を見せて歩き出す。
「待て!」
『具現師』の鋭い声が焔に掛るが、気にするでもなく、焔は歩みを止めない。
「私の実力があの程度だと思われては心外です! 確かに貴方には遠く及ばないでしょう。です
が・・・」
そこで『具現師』は言葉を止めざるを得なかった。
歩みを止めて『具現師』を振り返った焔の瞳を見て、恐怖を感じてしまったのだ。
「なら聞くが・・・」
焔はそんな『具現師』の様子には一切構わず言う。
「俺が二人いたらどうだ?」
問われている意味がわからなかった。
「十なら? 百なら? 千なら? 万なら?」
「何を・・・」
「今の俺一人にすら苦戦しているお前が勝てるか?」
言った焔の姿が蜃気楼のように歪んで消えていく。
「まさか!」
『具現師』は焔が姿を消した要因に至った。
そして、わかってしまったから己が敵う筈もない相手だと悟るのだった。
「・・・『陽炎』ですか」
焔の目に映る『具現師』は全身が白で覆われた上に、顔を蒼白に変えていて、今にも存在が消えてしまいそうに儚く見えた。
『陽炎』とは焔が扱う炎を幾百、幾千と生み出して相手に自らの幻影を見せる技である。この技は炎で造り上げた焔の幻影に、焔自身の気配を乗せることで本物と幻影の区別を相手につかせず、相手が幻影と闘っている間に、本物あるいは違う幻影の焔が敵を背後から襲う技である。
『具現師』が今まで闘っていたのは、そんな焔の幻影の一つに過ぎなかった。
気づけば『具現師』の周囲を軍勢と呼んでも過言ではない数の焔が憐れむような瞳で見つめている。
「わかったか? これ以上俺に構うな」
『具現師』の前に立った焔は、炎の槍『炎槍』を再び出現させ、喉元に突き付けて言う。その瞳には
勝者の奢りなどなく、相手に死という曲げようもない現実を突き付けている。
「貴方の言う通り、やはり私では貴方の足元にも及ばないようです。ですが、それでも私は引くわけ
にはいかない! 私の命を救ってくださった重国様の為にも私は!」
軽業師のように大きく背後に跳躍した『具現師』は、着地と同時、両手に刀身も柄も全てが紅いダガーを構えていた。
「私の奥の手である『血刀』で、貴方を必ず重国様の前にっ」
「馬鹿か? ボスのために死ぬつもりなのか? お前のそれ、恐らく・・・」
「さすがですね。そう、この『血刀』は文字通り私の血を使い具現化させた刀です。正直立っているのもやっとですよ」
「だったらもう無駄なことはやめろ」
「そうもいきません。もっとも、貴方が私と共に重国様の下へ来て下さるのなら別ですが?」
焔は『具現師』を見て静かに首を振る。
「そうか・・・」
「いきます!」
『具現師』はそう宣言すると、周囲を囲んでいる焔の幻影の群れに『血刀』を投げつける。
それを先ほどのように軽くかわすと『血刀』はコンクリートで出来た地面に深々と突き刺さり亀裂を走らせた。
『具現師』は『血刀』を生み出しては焔の幻影たちに次々と投擲していくが、そのどれもが焔にかすることさえ適わなかった。
「はぁ、はぁ・・・」
「もうやめろ。血が足りてないんだろう? 早く病院に行って輸血してこい」
片膝を折り、地面に手を付く『具現師』。
だが、彼は笑っていた。
「そうですね、輸血をするとしましょう。ですがそれは病院でではありません。今、ここでです!」
「っ」
焔の中で何かが警告を発した。
「もう遅いですよ!」
『具現師』は片膝を地面につけたまま、両手で円を作る。
「血印!」
コンクリートに深々と突き刺さっていた『血刀』が、破裂した。
それはまるで炸裂弾のように。
「くらえっ、『血五月雨』」
飛び散った『血刀』の破片は鋭い針状に姿を変えて全ての焔に襲いかかる。
その後、『血刀』の破片たちは、上空から『具現師』へと血の雨のように降り注ぎ、主の下へ帰還を果たす。
だが、『具現師』が命を掛けて放った攻撃も焔の身体に傷を付けることは出来なかった。大きな球状の
炎が、焔の全身を包み込み、護っている。
「は、ははは。これでも駄目ですか。さすがは『炎帝』ですね」
『具現師』はそう言うと、そのまま地面へと倒れ伏した。
「・・・行ってください」
地面に仰向けに倒れた『具現師』は首だけをなんとか焔へと向けて言う。
「ああ。そうさせてもらう」
『炎槍』と『陽炎』を解除し、『具現師』を見る焔。
「・・・焔くん」
「なんだ?」
「・・・一つだけ聞かせて下さい」
「言ってみろ」
「・・・時任力也は元気でやっていましたか?」
まさかこの場で力也の名前が出てくるとは思ってもみなかった焔は、思わず聞き返す。
「アイツとお前に縁があるようには思えないが?」
その言葉が面白かったのか、『具現師』は苦笑して返した。
「同じようなことをいつも言われます。ですが、力也は私の兄です」
その言葉に焔は少し驚いた。
目の前に倒れている痩身の男と、黒褐色の髪を全て刈った見慣れた男とが兄弟であるという事実が上手く結び付かなかったからだ。
「・・・・・・」
「嘘ではありませんよ?」
・・・・・・。
「元気だったな。今はどうか知らんが」
「そうですか」
「ああ」
「では、貴方はどうしてアトラスを抜けたのですか? 貴方も重国様に救われたのでしょう? それなのに何故・・・」
「それは二つ目だな」
「・・・そう、ですね。すみません。もう、行ってください」
「ああ」
言って、焔は今度こそ来た道を引き返して行った。
周囲にいた警官たちは、初めて見る異能力者同士の戦いに震えて、焔の姿が見えなくなるまで息を止めていた。
息を殺しておかないと、見つかって殺されてしまうような気がしてならなかったからだ。
お疲れさまでした!
感想などありましたらお待ちしております!