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炎帝の焔  作者: いふじ
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第二話:焔の過去

暇つぶしにどうぞ♪

焔は今朝もいつもと同じようにホテルで目を覚ました。


目を覚ましてすぐ、朝食を部屋まで運ぶようにフロントに連絡を入れた。


焔には食事を楽しむという行為が理解出来ないでいる。  


焔にとって食事とは生きていくために必要なエネルギーの摂取に過ぎず、料理の味を楽しむということをしたことがなかった。


昔は、母に捨てられるまでは母の作ってくれた料理を美味しいと感じたこともあった・・・と思う。


もう十年以上も前のことなのであまり詳しくは覚えていないが、今のように食事を事務的に口に運びこむようなことはなかったと焔は思っていた。


今、自分が口にしている食事も、余人からすれば素晴らしく美味なものであるのだろう。


この蒼穹グランドホテルは蒼穹市に訪れる各界の著名人や要人御用達のホテルであり、ホテルの人間の


対応はどこに出しても恥ずかしくないものである。また食事のレベルもかなり高い。 


だが、それでも焔の心を満たすことは出来なかった。


 「次の仕事はいつだろう」


 食事を終えて焔はベッドに身を投げると片腕を額に当てて小さなため息を漏らした。


 焔にとって自分の命などいつでも捨てることが出来るゴミのようなものである。


 『アトラス』に所属して今のように働いているのもなんとなくである。


なんとなく、自分の命を救った重国に従っているだけだ。


ベッドに身を預けて瞳を閉じると、焔は昔の出来事を思い出していた。



母に捨てられた当時の焔を拾ったのは常に笑顔を絶やさない老婆であった。


老婆は焔を実の孫のように可愛がってくれた。


母に捨てられたショックで当時の幼い焔が一時でも心を閉ざさずに済んだのは老婆の存在が焔を支えていたからだろう。


焔は老婆の献身的な介護の結果、徐々に元気を取り戻していった。


老婆との生活は決して裕福ではなかったが、焔にとっては幸せであった。   


だが、焔の幸せは長くは続かなかった。


 「人間なんてどいつもこいつも・・・」


 老婆が焔を拾い、育て一年が過ぎたある日、老婆はいつものごとく買い物に出掛けて行

った。


出掛けた老婆を見送る焔は、今日の晩御飯は何だろうというようなことを考えていた。そんなことを考えていると時間はあっという間に過ぎて、気がつけば老婆は帰宅していて、食事を作り終えた老婆が焔に声を掛ける。


そして一緒に夕食を食べて、どうでもいいような話を老婆に聞いてもらい、話疲れて寝る。その日もそうなると焔は思っていた。


だけど、そうはならなかった。


 扉が開いた音が聞こえて焔が玄関まで老婆を迎えに出ると、そこには黒いフードを被った男が立っていた。


フードが邪魔で顔は見えなかったが焔は本能的にその男が自分にとって危険な存在だと感じて咄嗟に逃

げだそうとする。


 「おやおや、どこへ行くんだい?」


 そんなとき、聞きなれた老婆の優しい声がフードを被った男の後ろから焔の耳に届いて

きた。


老婆に助けを求めるように声を上げようとした焔だったが、そんな焔を見て老婆は怖気を感じさせる笑みを焔に向けてみせた。

 

「アンタは今からこの人と一緒に行くんだよ」


人間はこんなに醜く、吐き気すら覚える笑みを浮かべることが出来るのか、と幼い焔は感じた。


後に焔は知ることになる。


老婆が行った行為が世間では人身売買と呼ばれているものだと。


老婆はどこで焔のことを知ったのか、焔が異能力者だということを知っていた。


当時、異能力者の子供を高値で買い取っていた裏の商人を探し出してその事実を伝えたのだ。


だが、当時の焔は母に捨てられたショックが抜けきらず抜け殻のような状態だったため、商品としての価値がないと判断された。


そこで老婆は焔の商品価値を上げるために、焔と一緒に暮らして心に出来た傷を癒すことにした。


これが老婆の計画通りに進み焔は元気を取り戻していった。


 異能力者がその力を使うには二つの条件があり、それは体が健康状態であることと、精神が安定していること。


これは異能力者の研究を進める科学者たちが唯一解明できた事実である。


「金もなくて自分のことで精一杯だったのに、お前みたいな化け物と一緒に暮らすのは本当に辛かったよ。でもお前は金の成る木だからね~。そう思うとお前との生活も少しは我慢が出来たよ。さあ、金をおくれ。それから早くそいつを私の前から連れて行っておくれ。顔を見るのも嫌なんだからさ」


 「ああ」


 言って、フードを被った男が懐に手を伸ばした。


しかし、次に男が手にしたものを見て老婆は憤慨した。


 「なんだいそれは! 電話を渡せなんて私は一言も言ってないよ。私は金をよこせって言ったんだよ!」


 そう男に怒鳴り散らす老婆に男は無言で携帯電話を差し出した。

今とは違って小型ではなく、小型の水筒よりも少しばかりサイズの小さな携帯を老婆は仕方なく手に取った。


 「売人は来ないわ。私たちが逮捕したから。だから、自首をしてちょうだい。そうすれば、少しは刑が軽くなるわ」


 男の言葉に老婆は固まった。


「ア、アンタ、何言ってるんだい? 自首だって?」


「ええ、そうよ。お婆さん、異能力者保護条例ってものをご存じかしら?」


 「そ、そんなもの知らないよ! そんなことより・・・」


 「なら教えてあげる。異能力者保護条例第一条『異能力者の身の安全を護ること。また、異能力者の


安全を脅かす行為に及んだ者はどのような理由があろうとその身を以て贖うこと』よ」


 男の言葉に老婆は身を震わせた。男が言った内容を自分の中で反芻しているようである。


 「わかる? 簡単に言うとね、お婆さん。あなた、このままじゃ死刑よ」


 男の言葉を聞いて、その内容を自分の中で繰り返し唱え、そんなことはないはずだと一縷の望みを持っていた老婆だったが、直接男の口から伝えられて腰を落としてしまった。


 「そ、そんな・・・そんなそんな・・・」


 「だから、自首してちょうだい。そうすれば、私が死刑だけは免れるように取り計らって上げるから」


 「え?」


 「まあ、そうは言っても終身刑は免れないでしょうけどね。それでも、死ぬよりはずっといいでしょう?」


 言って、男は老婆が持つ携帯電話へと視線を向ける。


 「ね?」


 先ほどまでの男は老婆へとお願いしていただけであったが、今はどこか脅迫じみた威圧感すら感じられる瞳で老婆を見つめている。


そんな男の視線から逃げるように顔を背けた老婆だったが、今の状況で逃げ切れないと悟ったのだろう。頭を垂らして静かに頷いた。

 

 程なくして数台の蒼い車が老婆の家の前で停車した。


蒼い車には鮮血のように真っ赤に染まったサイレンが取り付けられており、幼い焔にはそれが恐怖を掻き立てるのに十分な存在だった。


少し前の焔なら泣いていたことだろう。


 「・・・・・・」


 だが、焔は泣かなかった。


怖いと感じていながら泣けない。


子供にとって泣くという行為は自然なものである。


大人でさえ、うれしい時、悲しい時、恐ろしいものを目にした時には泣きもする。


自身の中で限界を超え得る何かに己が突き当たった時に人は涙を流すのだ。


それなのに、焔は泣けなかった。


鮮血のように真っ赤に染まったサイレンが恐ろしい。


母に捨てられた自分を拾ってくれた老婆が、自分を裏切ったという事実が悲しい。


また、ボクは捨てられたんだ。


 そう思うと焔は本当に悔しくて悲しかった。


 ボクが何をしたの?


 ヤッパリボクハイラナイコナンダ。


 焔の中で何かが音を立てて崩れ去った。

 

 そこから先の記憶を焔は覚えていない。


人として生きるために焔の脳が強制的に辛い記憶を封印したのだろう。


この出来事の後の記憶として焔が覚えているのは、十歳前後からのものであった。


焔を老婆から助けて保護した男、平野重国の下で焔は働いていた。


無表情のまま、犯罪者を殺さないまでも、神々しいまでに紅い炎で断罪するその姿に、政府の人間や異能力者関係の人間は焔に大きな畏怖と、小さな期待を込めて『炎帝』と呼ぶようになった。


その後、老婆がどうなったのか焔は知らないし、知ろうとも思わなかった。


焔の中で、誰がどうなろうと何もかもがどうでもよくなった。


 ただ、毎夜眠るたびに見る夢は、自殺しようとビルの屋上や道路に身を投げる自分を、文字通り体を

張って助ける大勢の男女の姿だった。


そのどれもが血に塗れた顔で『よかった・・・』と言って笑っていた。


どうして彼らはあんなに優しい笑顔を自分なんかに向けてくれるのだろう?


 ホテルのベッドで目を覚ます焔は夢から覚めるといつもそのことに悩まされ続けていた。

 誰でもいい。

 誰かが焔の傍についていたのなら、焔の心が取り返しのつかない状態になることはなかっただろう。

 

焔の瞳は毎夜、涙に濡れていたのだから。


プルルルルルッ。


いつの間に眠っていたのか、ホテルに備え付けられている白い電話機が発する着信音で焔は目を覚ました。


焔にとって目覚まし代わりとなった白い電話機は、派手さはないが誰が見ても高価なものであると断言できるほどの代物である。


そんな白い電話機を数秒の間無言で眺めていた焔であったが、眺めていた時と同じような無表情無言で受話器を手に取った。


 「おう、焔。起きてるか?」


 焔が声を出すのを待たず電話を掛けてきた相手はそう言う。


その口調はどこかおどけたものであった。


 時任力也。

 

焔と同じく異能力者による警護組織『アトラス』の創設時より在籍しているメンバーの一人である。


『アトラス』に在籍している以上、彼もまた異能力者であり、彼の異能の力はこの世に存在するありとあらゆる武器を想像し、創造する能力だった。


ただし、力也のこの能力は、焔や重国とは違い直接相手を攻撃出来るものではない。

創造しようとする武器のことを熟知していなければ、創造したとしてもすぐに壊れてしまう欠陥品を生み出すことになってしまう。


そのため力也は、作戦中はいつも後方支援として待機することになっている。


さらにそれだけではなく、その作戦ごとに必要となるであろう武器を想定して、自分にとって未知の武器が必要とあれば、何か月も前からその武器の知識を得るために机に向わなければならない。


そんな力也の能力に疑問を持った焔があるとき、


「そんな厄介なことをするぐらいならいっそ市場に流通している武器を買え」と言ったことがあった。


だが、ただの武器を創造するだけならば確かに焔の言ったとおりにする方が得策と言えるのだろうが、


力也の能力はただ武器を再現するだけではないのだ。


一度身につけた知識を下に武器を創造すると、力也はそこから異能力者専用の武器を創造することが出来る。


つまり、次の作戦内容が『数万人を人質に取った、たった一人の犯罪者または異能力者であった場合』、焔が扱う炎や重国のような強力な能力では、犯人だけでなく人質にまで被害を及ぼす危険がある。


そんなとき、異能力者専用のリボルバー拳銃を力也が創造すれば、弾丸を設置する銃創に異能の力を込

めて発射することが出来る。


異能力者専用のリボルバー拳銃から発射される異能の力は、普段扱う力よりも遥かに凝縮され犯人一人を正確に打ち抜くことが出来る。 


だが、これは力が一転に収束されているわけであるから、予め異能の力を銃創に込める前に調節していなければ簡単に相手を死に至らしめてしまうことになりかねないので非常に扱いづらい部分も多分に含まれているわけだが、今までに何度か力也の異能の力で解決に導いた事件は少なくない。


勿論、その際に犯人を含めて死傷者は出していない。

 


「・・・おい、焔。聞いてるか?」


 「ああ」


何度も自分の名前を呼ぶ力也の声が聞こえていたはずなのに焔は応えていなかったようである。


自分は疲れているのだろうかとも思ったが、先に力也の話を聞くことにした。


 力也がホテルに直接電話を掛けてくるということは、次の作戦内容の伝達であろう。もし力也が焔に


何かプライベートの用件があるのならば、ホテルにではなく携帯に連絡を入れてくるはずだからだ。


 「いいか焔。これはお前にしかこなせない任務だ。今からボスの伝言を伝えるから良く聞いておけよ。『焔ちゃんの全ての力を使って臨んでね』だ」


 「そんなに難しい作戦内容なのか?」


 「ん~、まあそうだな。お前にとってはかなり難易度の高い任務であることは間違いないだろうな」


 「俺にとってはとはどういう意味だ?」


 「はっはっはっ。それは言えねーよ。それを言ったらおもしろ・・・っと何でもない。おっと言い忘れていたが任務開始時刻は今から三十分後だ。ホテルの前に車を回してあるからそいつに乗れ。直接現場に運んでくれる」


 「今から三十分後だと?」


 作戦準備を整えるには十分な時間とは言えない・・・というより準備不可能な時間だった。


 焔は備え付けの時計に視線を向ける。


九時三十分、とデジタルの数字が焔の目に入った。


今から三十分後ということは十時には作戦が開始されなければならない。


 「くそっ、おい・・・」


 電話の向こうの力也にそう声を掛けた焔だったが、すでに受話器からはツーツーという無機質な音しか聞こえてこなかった。


仕方なく焔は作戦時に常に身に纏っている紅い外套を腕に抱えて部屋を飛び出した。


焔が部屋を出ると、赤く塵一つも落ちていない絨毯と、毎日交換されている皺一つないシーツが敷かれたシングルベッド、備え付けの時計、白く美しい電話機以外がない部屋はしんと静まり返っていた。


感想、レビュー、etc、なんでもお待ちしております~

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