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炎帝の焔  作者: いふじ
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第一話:アトラス

暇つぶしなどにどうぞ~

日本経済の新たな場と呼ばれている都市がある。

 

それが蒼穹市と呼ばれる都市の名だ。


 市と呼ぶには余りにも大きいこの都市には、大勢の人間が暮らしている。


人口総数百万人超の蒼穹市には世界でも名だたる企業が数多く本社や支社を置いていることで有名であり、また互いに競い合う形で企業が成長する度に自然と都市も成長していった 企業一体型都市である。


 これがこの都市で暮らす人々の一般常識であり、この一般常識は他の場所に暮らす人々にも当てはまる。


 表向きには大勢の人間で賑わう、日々お祭り騒ぎのような都市だが、表があれば裏もあるわけであり、蒼穹市の裏の顔はここ二十年間の間に急増した異能力者の保護・育成を目的としており、異能力者による事件を取り締まるための組織『アトラス』を管理するといった面を持っている。


 異能力者とはその名の通り、人間とは異なる能力を持って生まれてきた者を示している。ある者は空を自在に飛び、ある者は重力を操り、ある者は炎を操る。


そうした普通の人間が持ち得ない力を所持する者たちを総称して異能力者と呼ぶ。


 何故、異能力者が人とは異なる力を持っているのかは未だにはっきりとは解明されていない。


異能力者が現れ始めたのは今から二十年も前の夏が過ぎ去った頃である。


その頃から異能力者の存在は少しずつ世間に広まっていき、いまや世界中の人間が異能力者の存在を認知している。


認知され始めたのは十五年前からであり、それからは異能力者の存在を究明しようという多くの科学者の手により様々な面から研究が進められてきたが、やはり誰一人として何故、異能力者が異能力者足り得る力を持っているのかを解明できた者はいない。


しかし、諸説ある中で一番有力な説が、遺伝子の突然変異であった。


この説を唱えた科学者は、異能力者こそが人類の進化した姿であると公言した。


 だが、それまでに存在していた異能力者は全て先天的な者ばかりであったにも関わらず、この十年の間に後天的に異能力者となる者が増えてきた。


増えるといっても世界の人口から見れば微々たるものであったが、それまでの異能力者の数から見れば、増えたといっても過言ではないだろう。


この事実は遺伝子による突然変異という説を大きく揺るがすことになり、それ故、今でもはっきりとした原因が掴めないでいるのだった。

 

しかし、科学者たちが頭を悩ませる事態ではあっても、政府としては何故、異能力者という者が存在するのかということよりも、人間が持ち得ない強大な力を犯罪に使う者が現れることを恐れた。


政府はすぐに対応策を考えた。


それが、異能力者による警護組織『アトラス』である。


 『アトラス』とは巨大な身体で、両腕と頭でもって天の蒼穹を支えるとされるギリシア神話に登場する神であり、異能力者による警護組織『アトラス』も巨大な力で人類を守護して貰いたいという政府の人間の願いの下に生まれた名前である。


そして、蒼穹市という都市の名も『アトラス』が支えたとされる天の蒼穹にちなんで名付けられた。


 そういった旗の下に創り上げられた『アトラス』の仕事内容は次の二つである。


異能力者による犯罪行為を阻止すること。


異能力者が関わっていなくとも、警察または軍でさえ救出が困難であると判断された事件。

これら二つが『アトラス』に所属するメンバーの出動条件である。


 今回の焔たちの出動は後者であった。


 蒼穹コンサートホール。


 ここは全国の高校生吹奏楽部の全国大会から世界に名を轟かせるオーケストラまでもが目標とする夢舞台である。


 そんな蒼穹コンサートホール内は現在静寂というには余りにも寒々しい空気が支配していた。


ちらほら嗚咽の声も混じって聞こえてくる。


これは演奏を聴き終えて感動しているからではない。


 楽器の奏でる美しい演奏の代わりに、複数の男たちの怒号や、聞く者を凍りつかせる銃声の反響音が

響き渡っているからだ。


 「悪いね、今日という記念すべき夜を恐怖で彩ってしまって」


 そう言った男は、言葉とは裏腹に楽しげな表情を浮かべていた。


口元は嫌らしくつり上がり、黒いサングラスは男をより恐怖の対象として映させるのに十分な働きをしていた。


 禍々しい髑髏のイラストが入ったパーカーに黒のジーンズと茶色い登山靴。


それがホール内を占拠している男たちの衣装で会った。


 男たちは蒼穹市に最近現れた不良グループ『スカルマーク』の面々である。


 不良グループと世間では呼ばれているが、その実態はマフィアでさえ躊躇うようなことを平気でやってのけることで有名であり、現在も一大企業の会長を狙ってこの蒼穹コンサートホールを占拠している。


そんな大物を狙ったとなれば、たとえ破格の身代金を手に入れてこの場を逃げおおせたとしても、後にはとんでもない報復が待っているだけである。


そのことを理解しているのか、していないのか、彼らは自信に充ち溢れた表情を顔に張り付かせている。


 「だがね、本当は俺たちもこんな心の痛むことはしたくなかったんだよ」


 銀色に光る銃身をリーダー格らしき男が老紳士の額に押し付ける。


 「アンタが呑気にこんな所へ来さえしなければ、ここにいる他のお客様たちは今みたいに怖い思いをせずにすんだんだぜ?」


 馬鹿にするような口調で言うと、何が面白かったのかリーダー格らしき男は「くっくっく」と噛み殺したように笑う。


その間も、銀色の銃身は老紳士の額を突っついていた。


だが、銃身を押し付けられているにも関わらず、老紳士は顔色一つ変えなかった。


本来なら体を硬直させて、恐怖に咽び泣き、懇願して相手に許しを得ることだろう。


しかし、この老紳士にはその反応が見受けられなかった。老紳士は自分の額に構えられた銃身を見て、


 「かっかっか!」


 豪快に笑っていた。


 これには銃を向けている本人でさえも動揺したようだった。


 「ふむ、AG社のリボルバーか。それにシングルアクションのかなり昔のモノか。これはもはや芸術品としても愛でることが出来る代物じゃが、お主のような若造にはちと過ぎた逸品じゃな。うん? どうした、何をそんなに驚いておる。そんな震えた腕ではコッキングすらまともに出来ぬのではないか? ああ、すまん。コッキングと言ってお主のような若造が理解できるかを考えておらなんだわ。判らぬことがあるのなら手を挙げて質問してみろ。そうすれば優しく教えてやろう」


 突然の老紳士の饒舌ぶりに男が驚いていると、老紳士の着物を誰かが引っ張った。


 老紳士の新緑の着物は、老紳士に抱かれるように守られている美少女が震える手でくいくいと引っ張っていた。


 穢れを知らぬ天使のように白く美しい少女は、真っ赤なドレスを着ていることでさらに少女の白さを際立たせていた。


少女の瞳はとても澄んだ色をしており、見る者全てに護ってあげたいと思わせるような魅力と、彼女を自分だけの存在にしてしまいたいという邪な想いを抱かせるような、そんな美少女であった。


 老紳士は自分の着物の裾を縋るような瞳で引っ張る孫娘の顔を見て破顔する。


 「おお、すまんな。いやいや、職業柄・・・というかすでに引退しておるが、長年身体に染みついた癖は中々治らんものだな。しかし、悪かった。静を怖がらせるつもりはないんだよ? 静はな~んにも怖がることはないんだ」


 今にも蕩けてしまいそうな笑顔で孫娘の頭を撫で上げる老紳士に、いい加減我慢の限界に達したらしきリーダー格の男が大声を上げる。


 「爺さん、お前何なんだ? さっきから聞いてりゃ訳わかんねーことをぺらぺらと喋り倒しやがって! お前この状況がわかってんのか? 俺はお前の命を握ってるんだぞ? 少しはそのガキみてーに震えてろや!」


 「ふむ、そう言われてみれば確かにお主の言うとおりなのだが、如何せん自社の製品を目の前にするとどうにも煩くなってしまうのだよ」


 「あ?」


 「AGというマークが入っているだろう? それは綾瀬川グループの製品なのだよ」


 そう言われた男が銃を確認しようとした瞬間、


 「ぎゃあああああああ!」


 仲間の叫び声を耳にした。


 男が慌てて振り返るとそこには全身火ダルマとなり床を転がりまわる仲間の姿があった。そして、そんな仲間を無表情に見つめる紅い外套に身を包んだ若い男の姿も同時に目に入った。

 

整った顔立ちの男は、見る者にとって少年のようにも、戦争を幾多も経験した古参兵のようにも感じられる表情で立っていた。


鋭く尖った切れ長の瞳からは、目が合っただけで相手を殺せるのではないかと錯覚すら覚える眼光でリーダー格の男を見据えている。


日本人男性の平均身長と比べてもかなり高い身長の男から、尋常ではない殺気を含ませて睨まれては竦み上がったとしても誰も揶揄しないであろう。


そんな紅い外套を纏った男は、姿を消したかと思うと、紅い軌跡を残像として残し、次々と仲間たちを吹き飛ばし、壁や床に叩きつけていく。


男には仲間が何の抵抗も出来ずに倒されていく様子をただ茫然と眺めていることしか出来なかった。


 「おいおいおい、何なんだよ・・・あの化け物は」


 それまで呆けたように紅い外套の男を眺めていただけであったが、仲間が全員倒されてやっと状況を把握することが出来るようになった。


男は咄嗟に老紳士を突き飛ばして、老紳士が抱くように護っていた美少女を無理やり立たせて銃身を少女の頭に突き付ける。


 「と、止まれ! 止まんねーとこいつの頭を吹っ飛ばすぞ!」


 その言葉で紅い外套の男はその場に立ち止まった。


その時にはリーダー格らしき男の仲間たちは一人も身を動かすことはなかった。


 「よ、ようし。なら、次は」


だが言葉の途中で男は立ち尽くしていた。


 紅い外套の男がゆったりと右腕を伸ばし、人差し指だけを自分に向けていたからだ。


 「おいおい、一体それは何のつもりだ? 止まんねーと撃つって言っただろ? わかんねーのか?」


 「踊れ」


 笑うでもなく、怒るでもなく、ただ無表情のまま紅い外套の男はそう言った。


 「は?」


 直後、リーダー格らしき男の足元から盛大に炎が吹き荒れた。


 「う、うわっわあああああ! くそ! 本当にこのガキの頭ぶち抜いてやるよ!」


 言って撃鉄を起こそうと指を動かしてから男は気づいた。


 人質がいない。


 静の体はすでに紅い外套の男が抱きかかえて、リーダー格らしき男からかなり離れた距離にいた。


 「ごめん、すぐに終わらせるから」


 抱きかかえる静に、やはり無表情で言うと紅い外套の男は静を抱きかかえたまま走り出

した。


地面ではなく、空中を。


紅い外套の男の足元から微量の炎が噴き出されていた。


それはロケットが空に向かって打ち上げられる時に噴き出すような炎ではなく、小さな


球状の炎が足元にまるで人魂のように浮かんでおり、その炎で紅い外套の男は空を舞うように駆け抜ける。


空中を走る姿に魅了されたのか、はたまた何か違う理由で身動きが取れなかったのか、男は完全に立ちすくんでおり、紅い外套の男からすれば絶好の獲物であった。


 紅い外套の男は足を鞭のようにしならせて男の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。


蹴り飛ばされた男は勢いよく壁に激突し、そのまま気を失っていた。


 紅い外套の男は静をゆっくりと床に下ろすと、ホール内に倒れている男たちが完全に気を失っているか、死んではいないかを確認して回った。


やがて確認が終わり、全員が気を失っているだけだと判断すると、紅い外套を翻して正面ホールに向かっていった。


 「お紅い方」


 先ほどの老紳士が、紅い外套の男を呼びとめた。


 「どこへ行きなさる。私や孫娘はまだあなたに礼の一つも言えていない。せめてその間だけでも待っては下さらんか?」


 「・・・・・・」


 少し考えるような仕草をしたかと思うと、


 「帰る。礼など必要ない」


 言って再び正面ホールに振り返り扉を開ける。


扉を開けたことで夜の空気がコンサートホール内に徐々に入り込んでくる。


その空気を味わうことでホール内にいる人間は、自分たちは無事解放されたのだと感じて大声で喜びを表現する者や、安堵の息を漏らす者もいた。


 そんな人々を一瞥すると、紅い外套の男はホールを後にした。


 「こ~ら、焔ちゃんよりも目上の方が焔ちゃんにお礼を言いたいと言っているのに、それを無碍にするなんて駄目じゃない。後のことは私たちに任せて焔ちゃんはあっちに行きなさい」


 外へ出てすぐ、まるで待ち構えていたのではと疑いたくなるようなタイミングで熊のように巨大な男が紅い外套の男を捕まえていた。


「おい」


 「は~い、『アトラス』アフターケア部の皆さん! 今から被害者の方々の心の修復に取り掛かりま~す!」


 先ほどまでは暗くてよく見えなかったが、無駄に派手な装飾が施されている蒼いスーツ着用の筋骨


隆々とした男が、女言葉で話す様は、やはり誰もが奇異なモノを見る目で見ていた。


 巨漢の男の指示に、黒い作業着の集団が次々にホール内へと入って行く。


そんな光景を眺めていた焔に老紳士が声をかける。


 「お紅いの。お主、重国の下で働いておるのか?」


 「重国?」


 まるで聞き覚えがないといった顔で聞き返すと老紳士は、


 「あの奇怪な言葉遣いで話す男のことじゃよ」


 と言って、女言葉で指示を飛ばしている筋骨隆々とした男を指差した。


 「アイツは重国という名なのか」


 「なんじゃ、知らんかったのか? あやつは平野重国といって由緒正しい異能機関である平野家の現

当主じゃよ。腕は確かなんじゃが・・・あの言動、少しはどうにかならんかの?」


 「知らん。もう行っていいか?」


 そう言った紅い外套の男を老紳士がじっと見つめてくる。


 「お主の名を聞いてもいいかの?」


 「雪代焔」


 焔の名を聞いた老紳士は焔を検分するように見つめて、


 「ふむ、雪代・・・焔。むう、まあ何かの偶然かの?」


 「俺が何だ?」


 「ああ、いや何でもない。それよりも先ほどは助けていただき本当に感謝している。ありがとう、焔くん。皆を代表して私が礼を言うよ」


 「だから別に礼などいらん。それよりも、その娘を早く病院へ連れて行ってやれ」


 言って、焔が指さした先には静がいた。


純白のように白い静の頬が微かに赤みがかっている。


 「おおっ、これはなんとっ」


 愛する孫娘の変化に老紳士は大げさなほど驚いて見せた。


 「身体に異常はないと思うが一応病院へ連れて行ったほうがいい」


 これで自分のやるべきことは終わったという様に今度こそホール内から出ようとした焔だったが、背中に柔らかな二つの膨らみが押し当てられていることに疑問を抱きながら後ろを振り返った。


 「おい、何のつもりだ」


 焔の声に、静は怯えるような声で答える。


 「お、お礼が・・・したいです」


 瞳をぎゅっと瞑り、弱々しい力で焔の腰に抱きついていた。


 「だから礼なんていらん」


 言って静を振りほどき焔は立ち去った。


 「あぅ・・・」


 そんな静の肩に熊のように巨大な手が優しくポンと置かれた。


 「えう?」


 瞳に涙をうるうるとため込んで、今にも声を上げて泣き出しそうな静を『アトラス』のボスこと平野重国が優しく見つめていた。


 「大丈夫よ、静ちゃん。あの子は明日、必ず綾瀬川のお家に向かわせるから。だからそんなに悲しそうな顔をしないで。静ちゃんがそんな顔をしていたら、私の光ちゃんもきっと悲しくて泣いてしまうから」


 「あう、ごめんなさい。おじ様」

 

 翌朝、焔は何故か『綾瀬川』と大理石の表札に書かれた漆塗りの全長三メートルはある巨大な門扉の前に立っていた。


 「俺はどうしてここにいるんだ?」


 そう言って焔は今朝の自分の行動を静かに振り返った。


どうでしたでしょうか?


感想お待ちしております。

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