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炎帝の焔  作者: いふじ
2/14

プロローグ

シリアスな物語です・・・そのつもりです。

とある廃墟と化したビルの前に二つの人影が立っていた。


一人は女性であり、もう一人は幼い男の子である。


『ママね、ほーちゃんのことが・・・』


 小さな子供の目線に自分の目を合わせるように、美しい女性は膝を折って子供の手を取った。


 美しい顔のはずなのだが、子供の目の前にある女性の顔は何故だかぼやけて見える。


 『ううん。ママはこれから行くところがあるの』


 女性は、大きくかぶりを振って今一度、小さな子供の顔に目線を合わせる。


 『だからね、ほーちゃんはちょっとの間ここで待っていてくれるかな?』


 女性の前に立つ子供は「う~ん」と少し考えるような仕草を見せたあと、「うん!」と、元気よく頷いた。


そんな子供の姿を見た女性は俯き、地面を見つめながら無言で子供を抱き締めた。


子供は少し苦しそうにしてはいるが、それ以上にうれしそうに笑っていた。


 しばらくの間、女性は子供を抱き締めていたが何かを呟くと、そっと子供の体を自分から離した。


頭を二度、三度と撫でながら愛おしそうに、だがどこか遠慮したように子供を見つめていた。


 『もう、行くね』


 そう言って女性は一度も子供を振り返ることもなく走り去って行った。


子供はそんな女性の姿を見つめながら、何の疑いも持たない純真な表情で女性が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。


 (当たり前だ。母親を疑う子供がどこにいる)


 『ママ・・・』


 女性が子供の下に戻ることは二度となかったのだが、その子供はその後、三日もの間ずっと立ちつくし、倒れるまで女性を待ち続けていた。


 季節は冬。

 その頃の街は過去に類を見ないほどの寒さを誇ったという。



 

静かな揺れを感じて雪代焔は目を覚ました。


 辺りは暗闇に包まれていて、自分が今どこにいるのか目を覚ましてすぐには思い出せなかった。


ただ、揺り籠のように優しく揺れる振動を焔は心地よく感じていた。


 「あら、お目覚め? 目的地にはまだ少し時間が掛るんだからもう少し寝ていてもいいのよ」


 そんな野太い声が向かい側から聞こえてきた。


 焔の対面には暗闇で色は判然としないが、スーツを着た厳つい顔の男が、まるで化粧の確認をする女のように、コンパクトな鏡を覗きながら、顎に申し訳程度に生えている髭の確認を入念に行っていた。


 焔は男のそんな姿を見て、何を確認しているんだと思うがそれを口にはしなかった。


目の前にいるこの男は焔が何かを口にすると喜々として反応し、何かと焔を構おうとしてくるのだ。

それが焔には煩わしかった。


 男はいつも焔のことを息子のように扱う。

 焔にはその応対が耐え難かった。

 家族という存在に焔は吐き気すら覚えるのだ。

 

 自分は母親に捨てられた子。

 母にとって自分は要らない存在だった。

 

 その事実が未だに焔を苦しめていた。

 

死のうと思ったことは一度や二度ではない。


 実際に建物の屋上から飛び降りたこともある。


車の交通が激しい車道に飛び込んだこともあった。


だが、焔は死ねなかった。


死のうとするたびに誰かが必ず焔を助けるのだ。


 そして焔を助けた名も顔も知らない誰かが、焔を助けて代わりに死んで行く。


焔を助けた人間は必ず口を揃えて『よかった』と言っていた。


それも血に塗れた顔で。


 そんな人々を見て焔はいつも泣いていた。


 悲しいからではない。


助かってうれしいからでもない。

 また、死ねなかった。

 悔しくて泣いたのだ。

 どうして死なせてはくれないのか。


生きていて自分に何が残るというのか。


自分には必要としてくれる人間がいない。


自分は要らない子供なのだ。


そんな自分がどうして生きていなければならないのか。


もう、楽にさせて欲しい。



 『僕を死なせて』



 それが焔のただ一つの願いであった。


 「ねえ、焔ちゃん。お仕事の前に聞きたいことがあるんだけどね」


 「断る」


 男が何かを言う前に、焔はそう言った。


それはもうこの会話はするなと言っているようで、男は困ったように笑うだけだった。


 「どうしても考えてくれないのかしら?」


 「しつこい」


 男はまるで熊のように大きな手を頬に当ててため息をついた。


そんな仕草を女性ではなくスーツの上からでも筋骨隆々な姿が想像できるプロレスラーのような体型の男がしているのだから不気味以外の何物でもなかった。

 

「私の息子にはなれない理由を聞いてもいいかしら?」


 「まずその口調をどうにかしろ」


 男が言い終えてすぐに焔は言う。


 「あらあら、それはどうしようもないわ。だってもうこの口調は身体に染みついちゃってるんですもの。もう治しようがないわ。よかったらコレ以外の理由を教えてちょうだいな」


 「身の危険を感じる」


 言って後ずさろうとした焔だったが、すぐに行き止まりとなる。思わず辺りを見回してみると、そこは物置のような場所だった。長細い台座が自分の側と男が座る対面にあるだけで、他には何もない。背後の黒い暗幕で仕切られているものをずらしてみると、小さな窓が現れた。そこから外に目を移すと街灯が何本も立ち並び、一定速度を保ったまま何本もの街灯が次々と焔の目に飛び込んできた。

 

(そうだ。俺は今、車の中にいる。俺はこの男の命令で現場に向かっているんだ)


 ドンドン、と少し控え目な打楽器のような音が前方から聞こえてきた。


 音のする方向に顔を向けると、壁際が青白く光り、均等なブロックが幾つも出来上がった。

そしてそれが左右にゆっくりと開いていく。


 「ボスは口調こそアレだがれっきとした男だよ。ちゃんと女が大好きな俺たちと同じ男さ」


 そう言って姿を現したのは頭の毛を全て剃った黒褐色の男だった。


どこかの特殊チームが着るような真黒な服を着ている男はおどけたような口調で言う。男の左胸には『アトラス』と暗闇でも分かる金色の文字が施されていた。


 「ちょっと力也ちゃん、アレって何よ。ん~、まあ、でもいいわ。うん、力也ちゃんが言うとおりだから、そんなおかしな心配はしなくていいのよ? ね、これで心おきなく私の息子になれるわね」


 「なれるわけないだろう」


 「あら、どうして?」


 男は心底不思議そうな顔で言う。


 「どうしてって・・・」


 焔が答えに窮していると、


 「ボス、取り込み中悪いがもうすぐ現場に到着だ。家族会議は事が終ってからにしてくれないか?」


 頭を剃った黒褐色の男、時任力也がそう言うとボスと呼ばれた男が頬を膨らませる。


 「もう、あとちょっとで焔ちゃんを私の息子に出来そうだったのに~」


 「それは悪いことをしたな。でも仕事だ。頼んだぜ。ボス、それに『炎帝』」


 力也は相変わらずおどけた口調で言うと、二人に軽く敬礼してみせた。


 「ああ」


 焔がそう答えると、タイミングを計ったかのように車が急停止した。


 「さ~て、お仕事頑張りましょうか!」


 男は焔を見て人懐っこい笑顔を見せる。しかし、扉が開き一歩外に出ると途端に空腹に餓えた野生の虎のような獰猛さを感じさせる笑みに変化していった。


 そんな男に続いて焔も外へと足を踏み出す。


 到着した場所は銀色の大きな棒と時計台が融合したようなものがあるだけの、それ以外何もない場所だった。


 時刻は二十三時五十五分。


 一般的には深夜と呼ばれる時刻である。


 夏でも肌寒いこの時間帯は、春だと余計に寒さが身に染みる。


「それじゃあ手筈どおりにお願いね。雑魚は私がやっておくから、焔ちゃんは人質の救出と敵組織のリーダーをやっちゃって。何人か雑魚もいるようだけど焔ちゃんなら大丈夫よね。あ、でも殺しちゃ駄目よ?」


 「わかっている」


 焔の返事に男は満足そうに頷いた。


 「よし。先に行くわね」


 そう言うと、男の巨大な身体は瞬時にその場から消失した。


 「俺も行くか」


 言って、軽くジャンプするように跳んだ焔は、次の瞬間には十階建てマンションの屋上で夜景を見ていた。


 「家族・・・か」


 殆どの家は電気が消えているが、それでも、ちらほらと未だ電気がついている家もあった。


そんな家々を眺めながら、焔は自然と呟く。


 そして、屋上から次の建物に飛び移り、と繰り返す。


そのたびに紅い外套が夜空に妖しくも美しく映えた。


どうでしたでしょうか?

続きます。

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