第九話・序:水沼刹那
名前・・・。
ふっ・・。
そんなもの、とっくの昔に捨てたさ。
あれ? アンタ何言ってんの?
はい、本編スタートです!
蒼穹市内には様々な施設が存在する。
教育施設である学校。
若者や家族連れの人々、老若男女問わず人気の娯楽施設。
蒼穹市の成り立ちを記した歴史施設、異能力者たちのこれまでと、これからを議論、又は講演するための講堂。
蒼穹市に本社を置いている企業の合同レセプレーション用施設。
蒼穹市民が普段から慣れ親しんだものから、その存在すら知らないものまで数多くあるが、ここ蒼穹特別留置場は明らかに後者に当てはまるだろう。
蒼穹特別留置場には『アトラス』のメンバーによって捕らえられた犯罪者が、日の当たらぬ独房内にまるで脱獄の機会を窺う脱獄犯のごとく、静かに、目立つず、そこにいるはずなのに存在が希薄に感じられるような日々を送っていた。
だが、どんな所にも例外はある。
「ちくしょう! 出せ! 殺してやる! あのクソガキ絶対にぶっ殺してやる!」
目の下にクマを作った男の名は水沼刹那。
歳は二十三とまだ若いが、彼は不良グループ『スカルマーク』のリーダーであった。
だが、蒼穹コンサートホールを占拠し、世界有数の大企業の会長、綾瀬川厳三郎を拉致誘拐未遂事で、焔によって捕らえられてしまったのだった。
「出しやがれ! 殺してやる、殺す! コロス!」
「ははは、おい。また新入りが騒ぎ始めたぜ!」
「今度の新入りは威勢がいいな」
左右から壁越しに男たちが水沼を次々と揶揄する。
壁越しなので相手の顔を見ることは出来ないが、水沼は瞳を思い切り剥き出しにし、声のする方を睨みつける。
剥き出しにし過ぎて眼球が今にも飛び出しそうである。
さらに出された食事を摂っていないのか、以前よりも少し痩せた容貌であり、何日も不眠の日々が続いていたのか、目の下に出来たクマと相まって、まるで本物の髑髏のようにも見える。
「うるさい! このヘタレ野郎どもが!」
大声で叫び続けていたため、声は枯れ始めていたが、それでも構わず水沼は叫ぶ。
「おいおい怖いな。なあ新入り。その殺したいってガキ、もしかしなくても『炎帝』だよな?」
「・・・・・・」
「おっ、当りみたいだな」
二人の囚人の声が弾む。
「無理だよ、無理。あいつは化け物だ。姿はガキだが、ありゃ本物の化け物だよ。まあ、もしあいつに対抗出来るだけの能力を持ってたとしても・・・だ」
じゃらん、じゃらん、と鉄で地面を軽く叩く音が水沼の独房に聞こえてきた。
「この厄介な鎖と檻があるからな」
「だな。こいつのせいで俺たちはせっかくの異能の力を使えないんだ。殺す殺すって息巻いても無駄だぜ」
今度は先ほどとは反対側から、じゃらん、じゃらん、と鉄で地面を叩く音が響いた。
「よう、お隣さん。アンタはどんな異能を使えるんだ?」
「・・・・・・」
水沼は無言だった。
「あらら、嫌われちまったみたいだぜ? そういうアンタの異能はなんだよ?」
水沼の独房を挟む形で男たちは会話を続ける。
「俺か? 俺は『未来』って呼ばれてたな。要するに、ほんの少し先の未来が視えるだけの小物だよ。アンタは?」
「俺は『女装』って呼ばれてた。頭に思い描いた女に変装して、男どもから金を巻き上げてた小物だよ」
「おいおい、まさかそっちの趣味か?」
「どーだろうなぁ・・・」
「止めてくれよ。ま、お互い小物同士ってことか!」
「そうだな」
言って、ひとしきり笑い終えた後、男たちは沈黙を続けていた水沼に会話を振る。
「で、新入りの異能は? ここにいるってことは、お前も異能力者なんだろう?」
そう、この蒼穹特別留置場にいる犯罪者は一人の例外もなく、全員が異能力者であった。
「・・・・・・『射撃』というらしい」
「やっと喋ったかと思うと、らしいって。お前・・・」
「俺はここに来るまで自分が異能力者だったなんて知らなかった。どんなものでも投げれば確実に的に当たっていた」
水沼の一言にそれまで騒いでいた男たちは、水を打ったように静まり返った。
「新入り、お前・・・後天的異能力者だったのか?」
男の言葉に水沼は再び無言で返したのだった。
いふじの同時掲載作品、世界最強の落ちこぼれ、死に村も、よろしくお願いします~。
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