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5 スープ

 神官オルトはミスティアがベッドの上で身を硬くしたのを見て、身体を離して椅子に背中を預けた。


 どうにも、この少女との距離感が難しい。どうしたらいちいち怯えないでくれるだろうか、と考えてみるが、きっとこの少女が怯えないで済むようにはできなさそうだと思い直し、なるべく怖がらせない、という風に目標を変えた。

 見習い神官ですら、特に怒っているわけでもないのに自分に怯えることがあるのだから、と。


「腹は減っているだろうか?」

「……」


 空腹じゃない時がないミスティアは、身体をのそりと起こし、小さく頷く。

 すぐにオルトから、寝台横にあったスープの皿を盆ごと示されて、ぎゅっと胃が動いたのがわかった。


「そこで食べられるか?」

「……こぼすとおもいます」

「では、こちらへ」


 オルトは片手を差し出し、すぐそこにある丸テーブルと備え付けの椅子にミスティアを座らせた。

 ミスティアはしきりとベッドを気にしている。こんなに柔らかいものの上で寝たことがないし、これを自分が汚すのはイヤだと思った。寝てしまったので、すえた臭いは移ってしまったかもしれないが。


 木製の背の高い椅子に座っても、少しテーブルの方が高い。

 ふむ、と少し考えて、オルトはクッションを一人がけのソファから持ってきた。ミスティアをひょいと抱き上げて、片手でクッションを座面に置き、そこにまた座らせる。


 あっという間にちょうどいい高さに調整されて座らされ、長い髪の下で目を白黒させていると、目の前に盆ごとスープが置かれた。


 スープ。ミスティアにとっては食べたことがないものだ。調理場に重たい食材を運び込むのも仕事のうちなので、どういうものかはなんとなく知っている。時には、残飯のそれを嫌がらせのために目の前で床にこぼされたこともある。その掃除はミスティアの仕事だった。


 手を近づけるとまだほんのりと温かい。指にちょっとつけて舐めてみる。


 こんなに複雑な味のものを食べたことがないミスティアは、指を舐めたまま固まってしまう。


 涙と同じようにしょっぱい。しょっぱいだけじゃなく、舌がいろんな情報を拾って頭が真っ白になった。

 思考が遥か彼方へ飛んで、それからもっと欲しいと思い、皿を持ち上げて一息に口に流し込んだ。


 オルトは何も言わなかったが、それを見てコップに水を汲む。


 すぐにミスティアがげほげほと咽た。あれだけ一気にスープを飲めば、それは咽もするだろう。

 差し出された水を訳も分からず手に取り、また一息に干す。


「……っぷは! はぁ……ない……」


 ミスティアのご飯は常に調理場の老齢のコックが目立たない場所に置いていてくれるパンか、多めに残された残飯だ。後は、飢えと魔物への恐怖を比べて、どうせこのままでは飢え死にだ、と腹を決めて森に入って取る果実。それと、柔らかい草。


 最近は、もう果実をとりにいく程生きたいと思わなかったけれど、空腹はさすってもよくならない。

 だから、草かパンばかり食べていた。こんなに美味しい物は食べたことがなく、飲んだら無くなるという当たり前の事を忘れる程だ。


「美味しかっただろう?」

「……うん」

「しかし、君の飢え方は尋常ではないな。スープもだいぶ薄めて出したが……うん、少し様子を見て、もう少し後で、ゆっくりと食べるというのならおかわりを出そう」

「わかった……、急に食べるのは、だめ?」

「ダメだ。身体を壊すぞ」


 ミスティアは今日初めて会ったばかりで何も知らないオルトの言うことに、素直に頷いた。

 もともと疑うも信じるもなかったが、彼はミスティアに色々と聞いて、決定させてくれる。

 自分が決定を間違わないために、オルトから話を聞いて判断する必要があった。


 そして、オルトの話は今のところ信用してもいいと思っている。彼は無暗にミスティアを陥れようということはしなさそうだった。


「腹が落ち着くまで、少し話を聞いてもいいだろうか?」

「うん」


 オルトも何か判断し、決定したいことがあるのだろう。

 ミスティアは自分にそれに値する情報があるとは思えなかったが、そこは自分が決めることではないので黙って頷く。欲しい情報があるのなら、ミスティアが話せる範囲で話そうと思う。


「倒れる前の事を覚えているか?」

「覚えて、る。あの……光って、それで、女の人にあった」


 オルトが首を傾げた。女の人? と口の中で呟く。


「めがみ、って名前」

「女神……」

「イマジネーションが、足りなくて……げほっ」


 喋る事に慣れていないミスティアは、連続してこんなに声を発したことがない。

 苦痛に耐えるために生理的に叫ぶことはあっても、それも最近は煩いと言われて堪えてきた。


 ただでさえ弱弱しい声が、だんだんとかすれていく。

 オルトは慌ててもう一杯水を飲ませた。


 コップ一杯の水をゆっくり飲んで、喉の奥のひきつりを癒す。

 先程栄養も摂って、寝ていたのにまた眠くなってきてしまった。ミスティアの視線が、オルトにまっすぐ向く。女神の話の通りならば、もしかしたらこの人のことかもしれない。眠ってしまう前に聞かなければならなかった。


「……あの、あなたは」

「うん?」

「手を差し伸べてくれるひとですか?」


 差し伸べられる手を取りなさい。

 女神は優しかったし、いい匂いがした。自分を助けることで、生きるのも死ぬのも難しいこの現状が変わるとはっきり言った。


 尋ねられたオルトが答えに詰まっている間に、ミスティアはコップを抱えたまま、抗えない眠気に負けて椅子に座ったまま眠ってしまった。

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