3 灰色のステータス
(なんだ、これは……!?)
オルト神官はステータスを頭から順に目で辿る。
読めるところは、名前のミスティア・レイヴンフット。レイヴンフット伯爵家長女。12歳。
体力などの素養はSやAと軒並み高いが、全て後に(−100)と出ている。
ランクを表す記号の隣に数値ということは、100%という意味だろうか。つまり彼女は、本来の能力を全て打ち消している状態だと推測できた。
非表示になっているが、スキルの数が多い。はっきり言って異常だ。ジョブも非表示。
スキルの数から見て、きっと表示のためには解除条件が必要なのだろう。
「君!」
「…….!?」
オルトが興奮してミスティアを振り返ると、意味不明な事態が連続で続いて恐怖を感じていた彼女は大きく跳ねた。そのまま一歩後退り、怒号か拳が飛んでくるのに備えて身を縮める。
「す、すまない……」
それを見て気勢を引っ込めるオルトに、ミスティアは恐る恐る姿勢を正した。といっても、不安そうにしきりと服の襟口を指先で握っては解いてを繰り返している。
「君、……ミスティア嬢。君と、ちゃんと話さねばならない。すぐに準備するので、別室で話を聞かせてもらえるだろうか?」
ミスティアは名前を呼ばれたことに一度、その後の丁寧な言葉遣いやその内容に何度も驚いて、目を丸くしている。
顎に力が入って口の先が尖るところは子供っぽいが、いかんせん目元が完全に髪の下にある。いまいち表情を正確に読み取れない。
「あた、あたし、は……勝手をすると、殴られるので、いけません」
姿を見ればそのような返答になるのは分かりきった事だったので、オルトは鷹揚に頷いた。
何が理由でこんな風になっているのかは知らないが……一緒に来ていたもう一人の子どもは貴族の令嬢らしい服装だったし、複雑な事情があるのだろう。
「その点は私がなんとかする。君をこのままでは帰せない。帰しても、すぐに聖騎士が迎えに行くことになる」
オルトが膝をついて視線を合わせ、真剣に伝えると、少女は恐怖から身体を大きく震わせた。
「あた、あたし、あたしは、……っ」
「君!? ミスティア嬢!」
枯れ枝のような身体が大きく傾ぐ。ミスティアは恐怖と混乱に耐えきれなかった。
咄嗟に手を伸ばしたオルトは腕を掴むようなことはせず、自分の腕で身体を抱えるようにしてミスティアが床に倒れるのを阻止した。
その身体の余りの軽さにオルトは恐怖を感じる。何冊か本を持った程度の重さ……こんなに小さな身体で、全身で恐怖を感じて意識を失うとは。
無防備にここの石の床に倒れていたら、本当にどうなっていたことか。
「オルト神官、どうされましたか? 扉を開けても構いませんか?」
先程の総括神官が扉の外から声をかけてきた。
神の助言はあまり複数に見せるものではない。この部屋そのものにも結界が張ってあり、魔法で覗き見する事も盗聴もできない。物理的にも弾かれる。
オルトの許可なくしてこの部屋には入れないのだ。
素早く聖典に触れてミスティアのステータスを閉じたオルトは、彼女をそっと抱き上げて扉に向かった。
「彼女が倒れたことと、助言について本人の話を聞く必要が出た。すまないが儀式は君が引き継いでくれ。権正階三位の君ならば任せられる。この子の付き添い人は?」
「かしこまりました。控室に移動されています。お呼びしますか?」
「儀式が終わるまでには彼女も目覚めるだろう。その後にこちらから出向く」
「では、彼女を寝かせる場所を用意させます」
総括神官は左胸に掌を当てる神官の礼をとり、すぐに見習い神官に指示を出してドーム型の部屋に入った。
抱えたミスティアを袖で隠すようにしながら、オルトはそっと神官のみが往来できる生活区に向かう。教会堂の中には応接間やオルトに与えられた個室もあるが、そこにはベッドがない。
少しでも乱雑に扱えば壊れてしまいそうな腕の中の少女を、まずは柔らかな布団に預けたかったのだ。
教会堂の最奥の扉を抜けると、庭に面した渡り廊下に出る。
空は青く雲は高い。昼にはまだ早い時間だ。腕の中の少女が、瞼の裏に太陽の光を感じたのか身じろぎする。目覚めはしなかったので、やはりそのまま連れていく。
彼女は起きたら何か食べるだろうか。
用意された部屋の前には見習い神官がいて、彼に軽食の用意を頼み、オルトは部屋に入った。
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