23 目覚め
誤字報告ありがとうございます、助かります…!
更新まばらになってしまって申し訳ないです。毎日更新目指して頑張ります。
ミスティアが目を覚ましたのはその日の昼過ぎだった。
長い眠りから覚めたような心地で身じろぎし、居心地のよい柔らかなベッドで寝がえりをうつ。
目の前に、傍らでこちらを凝視するオルトの姿を認めて、微睡みから一気に目覚めた。
意識を失う間際、自分自身を喪失していくあの感覚と記憶まで思い出し、緊張感で背中を汗が伝う。
「……あれっ!?」
だが、今の自分にそのような喪失感など微塵もないことに、ミスティアは驚いて声をあげる。
ぺたぺたと頬を、頭を、腹を、脚を触り、それからオルトにもう一度目を向けた。
「おかえり、ミスティア」
「ただい、ま、オルト神官……」
そのような言葉を、礼儀以外の心持で使った事の無い二人は、目を見合わせて緊張感を孕む表情のまま、震える声で囁き合った。
その音が互いの耳から頭に浸透したのは数瞬後、同時で。
大きな体で腕を広げるオルトの胸に、ミスティアは飛び込んだ。
「た、ただいま、ただいまもどり、ました、オルトしんかんっ……!」
「あぁ、おかえり。よかった、君を失わずに済んだ……ほんとうに、よかった」
泣き笑いの表情でミスティアを抱きしめるオルトは、そのまま彼女の身体を抱えて立ち上がった。じっとしていられなかったのだ。
そしてはたと気付く。
「重くなったな」
「オルト神官は、笑うようになられました」
12歳の婦女子に重くなったなどと言った男は間違いなく頬に手形を張り付けられるが、ミスティアは類稀な例外だった。
それに、抱き上げられて見下ろしたオルトの顔が緩んでいるのを見て、ミスティアも嬉しそうに笑った。
二人は心を得たのだ。押し殺し黙殺し自らの手によって自らの感情を圧することはなくなった。
同時に、これまでどうしてそうする事ができたのかと疑問に思う程、二人は内から湧き上がるものに素直であれた。
喜びが胸に溢れている。その感情のままに、二人は暫く見つめ合った。
「お元気になられてなによりです」
慈愛の聖女アナスタシアが、聖女の衣の裾を払い、最敬礼として跪き頭を垂れ、ミスティアに告げる。
はっとしてそちらを振り返ったオルトはミスティアを床に下した。
細いながらも常人の範囲に肉のついた脚、こけてない頬、肋骨の形に浮き出ていない胸と腹。
ミスティアの身体は見るからに健康になり、無意識の元で感じた温かい雪のような魔力が、目の前で跪く女性から発されたものだと気付く。
裸足で駆けよって、女性の手をとり顔をあげさせた。
「ありがとう、ございます、あの……あなたのちからを、感じます」
「えぇ、えぇそうです……よかった、大聖女ミスティア」
ミスティアに心が戻っても、語彙はそもそも備わっていない。
拙い言葉で精一杯の感謝と敬意を伝える目の前の存在に、アナスタシアは慈母の笑みを向けた。
「私はこの地にて、慈愛の聖女と呼ばれるアナスタシアと申します」
「アナスタシア様……」
「……大聖女に様付けで呼ばれるなどとおこがましいですが、今はそれで結構です。すぐにお話しなければなりません」
アナスタシアは立ち上がってミスティアの手を引き、オルトに近づく。彼の傍にミスティアを置いて、一人部屋の中央へと進んでいった。
この場はアナスタシアの私室だ。
大きな天窓に照らされた室内は真っ白。壁紙も家具も何もかもが白い。
アナスタシアはその場に溶けて消えそうな容貌で、まるで人間の住む部屋には見えなかったが、そこがまた神秘性を増して彼女にはよく似合っていた。
その慈愛の聖女の目には厳しい光がある。
「こちらに。どうぞ、お二人とも。お掛けになってくださいませ」
促されてオルトは再びミスティアを抱き上げ、促されるままに移動する。
ソファとテーブルの傍に、保温カバーをかけたティーセットが用意されていた。
お茶を聖女の手ずから人数分用意し、起きたばかりのミスティアの前には常温の柔らかな果物を切ったものを併せて並べる。
並んで座っているオルトとミスティアの正面にアナスタシアも座ってお茶で喉を潤した。
力強い目が正面の二人に向けられる。
「まさか、私が大聖女にお伝えする役を担うとは思いませんでした」
それは本当に残念そうに、アナスタシアは目を伏せて首を横に振る。
彼女の言動には何か、こうなる予定ではなかった、という響きが端々にある。
オルトが怪訝そうに眉を顰めるのも仕方がないだろう。
「あなたは、ミスティアの来訪を知っていらっしゃった」
「そうです。しかしそれは、私の聖女としてのスキルによるものです。しかし、大聖女が目覚める前にもう一度スキルを使い、これからの道しるべとしようとした時……私のここに刻まれた未来とは予定が違っていることを知ったのです」
ここ、と言って優雅な手つきで自らの胸を示す。
オルトにもミスティアにも何が何だか分からない。混乱して何から訊ねればいいのかすら迷っている二人に、慈愛の聖女は少しだけ表情を緩めた。
「全て、はじまりからお伝えしましょう」
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