22 ホウエリーテの慈愛の聖女
誤字報告ありがとうございます、助かります…!
「お待ちしておりました」
オルトが転移陣を使った先では、ガラスの天井から燦々と光が降り注ぐ一室にて、聖女アナスタシアが膝を折って待ち構えていた。
連絡も何もしておらず、誰もいないと思っていたオルトは一瞬びくりと肩を揺らしたが、すぐに平素の表情を取り戻す。
転移陣から進み出て、聖女の前で膝を折る。恭しくミスティアを両手で差し出した。
「初めまして、慈愛の聖女アナスタシア様。此度のこと、ご慧眼により全てご存知の様子。どうか彼女を、彼女を助けてください……!」
「もちろんです、オルト神官。この方を亡くすわけにはいきません。私が何としてもお助けします」
身命を賭して、と頷いた聖女アナスタシアに、ミスティアを渡す。
白銀の髪を長く伸ばし、白い聖女の衣服に身を包んだ女性は、美しい人だった。
白い肌に、同じだけ白い髪。冬の空のような薄い青い瞳。毛布をかき分けてミスティアの顔を見ると、慈しむような視線を向ける。
母親のような視線をミスティアに向けたのち、真剣な目でオルトを見た。
「まさか、当代で出会えると思っていませんでした……すぐに処置を致します」
「お願いします」
鈴の音を響かせて、アナスタシアが白い腕を上に掲げる。ミスティアを持ち上げているはずだが、重さを感じさせない。ミスティアはそのまま宙に浮き、包んでいた毛布や呪符が広がりほどけて姿を現した。
血は殆ど滲んでいない。穏やかに眠ったような顔をしていて、オルトは少しだけほっとする。
アナスタシアは歌う。しかし、その言語はオルトの耳慣れないものだった。
ところどころ音が抜けているように聞こえるのだが、アナスタシアの口は動いている。どうやら理解できない、聞き取れない波長の音を使っているように見えた。
アナスタシアの歌声に呼応して、白銀の魔力がキラキラと降り注ぐ。
それは空中に浮いたミスティアの身体にも降り注ぎ、アナスタシアの歌声に反応して少しずつミスティアにしみこんでいった。
教会に入り神官として魔法を習う前、神官に独特の発声方法をならう。
教会に籍を置く者以外にはその音階も音調もひどく聞き取りにくいものとなる。
アナスタシアの歌も、その一種なのかもしれない。耳に心地よいが、その内容までは理解できない。
不思議でありながら目の離せない光景は二時間程続いた。太陽が中天に近くなった頃だ。
白銀の魔力が降り注いでいたミスティアの身体が、一瞬まばゆく光り、それが収束してゆっくりと降りてくる。
彼女を両腕で受け止めたアナスタシアは、オルトの前までくるとそっと彼女を差し出した。
やつれていた頬がふっくらとして、手足も細くはあるがちゃんと肉がついている。
オルトはミスティアを受け取り、よく観察して、それからアナスタシアを見た。
「もう、大丈夫です。ここに連れてきてくださって、ありがとうございます、オルト神官」
薄汗をかいて疲労も色濃いが、アナスタシアは心底嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう存じます……! 慈愛の聖女、アナスタシア様。心より……心よりの、感謝を」
ミスティアを大事に抱えたまま、オルトは両の膝を折る。最上級の敬意だ。
突然ここにやってきて、先日教会に半ば無理やり引き取った少女を奇跡で癒してくれた。
何もかもを知ってる様子だが、オルトはこの後について、この聖女の意向を聞かなければならない。
アナスタシアに不利になるように動くことはできるわけがない。
彼女は、オルトとミスティア両方の恩人なのだから。
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