21 転移陣
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領都から出てオルトが向かったのは、ルドベキア領より北にある教会跡地だ。
長い歴史の中で各国の国境線も領地の境界線も何度も引き直されてきた。
人が集まる場所に教会はあるべきと、大きな変化があった場合には移転もしてきた。
ルドベキア領より北に馬で半日駆けたところに、そういった跡地がある。
オルトはそこの地下に用があり、夜闇に紛れて朝まで走り続けた。
そこはもうすっかり森に呑まれていて建物の地下に部屋があった部分を残して木が生い茂っていた。建物は森に浸食されているが、一部壁も屋根も残っている。
「うん、よかった……これならば」
馬から降りると馬具を着けたままのそれを逃がしてやる。この国に戻って来られるかは分からない。
もし除籍となっても、拘束されずに逃げることができれば、その後の生活に当てがないこともない。
オルトが今何よりも優先すべきは、腕の中にあるこの軽すぎる少女のことだけだ。
「ミスティア、きっと君を……」
決意を一度口にしかけて、言葉を呑む。
長い銀髪をなびかせながら、オルトは廃墟の地下に移動する階段に向かい、そこから薄暗い地下に下りていった。
地下へ続く階段は残ってはいるが、明かりがない。もう既に陽は昇っているが、それが届かないのは足元もすぐ闇に呑まれて気が付いた。
「光は標となって先を照らす。光源一度、明」
小さな声で唱えるとオルトの目の前に小さな球体上の灯りが灯った。周囲の壁や階段の状態もよく見える。
一歩先に進めばその球体も前に向かい、退れば戻って来る。
その明かりの導きの元にゆっくりと階段を進む。石畳の階段ではあったが、劣化によるところどころ崩れかけているのだ。
馬に乗せるためミスティアには衝撃吸収の呪符を施したが、さすがに階段で落としてしまうのは憚られる。
なにより、大事に運びたかった。できうる限り、大切に扱いたい。
オルトの中に芽生え始めた感情を、オルト自身もどう扱っていいのか困ったが、逆らわないようにしている。
彼はある貴族家の私生児だった。12歳を迎える前に教会に渡され、家との繋がりはない。
12歳になり、授かりの日を迎えて、適性があったのが神官だった。聖属性や光属性、次いで火属性や水属性と、多様な魔法の適性もある。
しかし後ろ盾はなく、他に帰る家も所属する場所もない。
どこにでもいる権力におぼれた大人たちには、良い傀儡に見えたことだろう。
追い出されたくなければ、と暗に孤独な追放を匂わせながら圧し、結果を出せば褒めて居場所を与えてやればいい。
逆らえない程度の、それでいてある程度仕事をさせられる役職を与えてやれば、オルトは全く逆らわなかった。
真に教会の中に居場所を見いだせないまま育ったオルトは、孤独を感じていた。
仲が良くなった相手もいたし、面倒を見てくれた良い大人もいた。しかし、いつの間にか目の前からいなくなっていた。オルトを傀儡にしようとした位階が上の者の仕業だと気付いたのは、暫く経ってからだ。
長い階段を、慎重に、一歩一歩くだる。
遠く母の身体からこの世に生まれ落ちた時も、このように考えていたのだろうかと、ふと思う。母親の顔なんて、全く覚えていない。産まれた時のことも、その後の暫くのことも。
「着いたな」
目の前には石の扉。
魔石の嵌った複雑な模様が刻まれている。
片手でミスティアを抱え直し、その扉に触れた。魔力がいくらか吸われ、扉が音をたてて開いていく。
特殊な封印をされていたその部屋は、長い間……本当に長い間誰も訪れなくとも、空気が澄んでいた。
転移陣ももちろん無事だ。
薄暗い中、丸い部屋の中央に青白く光る魔法陣の上までためらいなく進む。
「ミスティア、どうか耐えてくれ」
腕の中の存在にもう一度声をかけた。返事はないが、抱えた腕が温かい。
「ホウエリーテ王国、ヴェヒータの都へ。転移」
唱え終わったと同時、青白い光が部屋全体に満ち、それが収まるとオルトとミスティアの姿はその部屋から消えていた。
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