20 オルトの出奔
三日経ってもミスティアは目を覚まさなかった。
その間も、オルトやメリー、ルーシーが交代で彼女の看護をし、回復魔法を掛け続けている。
深度二度、刃物による切り傷を癒す程度の回復魔法ならば、教会の見習い神官ならば半数は使える。
深度一度ならば疲労や表皮の傷という軽傷を治すことができる。
傷が開くたびに深度二度を、そうでないときには深度一度の回復魔法を行使し続ける。
三人の疲労も色濃くなってきた。
同時に、ワイバーン襲来によって避難してきた人々を順に家に戻し、使った物資の確認と補充、避難した際に人とぶつかるなどで怪我をした人の回復や、襲来によって精神に傷を負った者はいないかの聞き取りなど、物理的な被害がなくともやることは山積みだった。
三日経ち、オルトが指揮から離れても場が回るようになって、彼は一つの決断をする。
「メリー神官、ルーシー神官、相談があります」
「なんでしょうか?」
「ミスティアちゃんの事、ですよね」
ルーシーの言葉にオルトは頷く。
目の前にはミスティアが眠っており、あの日この救護室に運び込まれた時よりは顔色もよく呼吸も安定している。ただ、血が足りない。彼女の小さな手の甲から増血魔法薬と濃度の高いポーションの点滴の管が伸びていた。
「彼女の状態は、おそらく肉体の崩壊に近いのだと思います。ゆっくりと進行しているせいで、一時的に回復しても再度脆くなった肉体が崩れて血が流れている」
「そんな……! じゃ、じゃあ、どうすればいいんですか?!」
「ルーシー神官、それなのだ。メリー神官も。協力していただきたい」
オルトはその場に防音結界を張ると、ミスティアを救うための作戦を口にした。
◇◇◇
その日の深夜、ルドベキア領領都の教会より、一つの黒い影が出奔した。
その影は毛布にぐるぐるに包んだ一抱えもある荷物に、更に呪符を上から張り付けて運んでいる。
影の正体はオルトであり、荷物はミスティアだ。ミスティアには、オルトが日中籠められるだけ籠めた回復魔法を放つ毛布にくるまれている。呪符は衝撃吸収や呼吸補助の効果が付与されており、こちらはルーシーとメリーが魔法を籠めた。
協力とは、教会を出るためのもの。
教会はそれぞれの所属を明らかにする必要があり、所属する教会の管轄外に出る時にはあらかじめ許可を取る必要が出てくる。
所属する神官は回復魔法の使い手が多く、それでなくとも教会という国境を超えた集団の性質上、ひとところに集結するとすぐに国際問題になる。
どこかの国や集団に対して偏った支援を行うことは禁じられている。
しかし、所属する人間が多いため、能力や人数という書類上の情報で分類されている。
だからこそ勝手にどこかに出ることも、移動することも禁じられていた。バレれば教会からの除籍、および身柄の拘束だ。
ミスティアの容態はその許可を申請していては間に合わない。
崩壊を止めるためには、一刻も早く対処する必要がある。
その対処が問題だった。
隣国にいる『慈愛の聖女アナスタシア』……彼女が一番、ミスティアから近い聖女。
オルトは能力も高く位階も高いが、聖人ではない。『奇跡』と呼ばれるものは起こせない。
ミスティアが起こしたのは奇跡だった。
しかし、これまで溜め込んできた負債が大きすぎたのだろう。
肉体の崩壊が止まらず、意識も戻らない。
ならば奇跡にすがるしかないとオルトは判断し、即決した。
オルトの中にどんな動機や理由があるのかは、メリーもルーシーも聞かなかった。オルト自身も明確にするつもりはないようだ。
だが、腕の中の彼女が『うしないたくない』と言ってくれた。気持ちを向け、行動を見せてくれた。
感情や考えを、あの時、自分に向けてくれたのだ。
「私も失いたくないのだ、ミスティア」
腕の中のミスティアに囁くが、きっと声は聞こえていないだろう。
オルトは教会から出てしばらく歩き、北門の近くに手配してあった馬に跨った。数日分の食糧と野営道具も積んである。
二人を乗せた一頭は、深夜、月明かりを頼りに領都を出た。
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