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18 『あなたが大切だとおもう』

 ミスティアの頭はずいぶんと冴えわたっていた。


 これまで思考を放棄し、感情を無視して押し込め、自分では何も考えず何も決めずにいた。

 だからこそ、何も見てこなかった。ずっと心も頭も使ってこなかったのだ。


 使わない家が傷むように、使わない道具が劣化していくように、使わないことで霞がかかっていたミスティアという存在が、今再度息吹を得た。

 魔力の循環は呼吸と同じようにできる。底なしの魔力で生きながらえたからこそ、身体と心に魔力が馴染む。


 オルトの腕の中で、自分を自覚しはじめたミスティアは、目を細める。

 何もかも鮮明に見える。オルトの顔も、よく見えた。そしてその背後、上空にいるワイバーンたちもだ。


 魔力を身体に巡らせ、活性化させる。ステータスが灰色でも関係ない。

 ミスティアは今、どうすればワイバーンたちを追い払えるのか分かっている。


「オルト神官、あの……」

「うん、ワイバーンをどうにかしなければな」

「私が、どうにか、できます」


 彼の腕から解放されたミスティアは、まっすぐにオルトの目を見つめた。

 これまでにない生命の輝きが宿る水色の瞳に、オルトは目を瞠り、それから破顔する。


「では、聖女ミスティア殿。頼んでもよろしいか」

「はい!」


 か細くていつ壊れてもおかしくない身体で、大地を踏みしめる。

 新しい服を着て、髪も綺麗にしたって、この細くてガリガリの頼りない身体はすぐには成長しない。


 それでも、教会を飛び出す直前から、ミスティアはきっかけをつかんでいた。

 女神と夢であったあの時、女神が外した一個の枷。

 それは、周囲の感情を目で見る力。


 見ること、知ることを放棄していたミスティアの目に、新しい情報を無理やり増やした。

 そうする事で必然的にミスティアの得る情報を増やす。

 女神は信じていたのだ。ミスティアは、きっかけさえあればあの広大な砂漠の心を克服できると。


 目は発達した。視界が開けたいまなら、もっと。

 人でも、魔物でも、考えていることの色が見える。これも聖女の力なのだろうか。


 ミスティアの身体から金色の魔力が溢れ、轟音を立てて上空にのぼっていく。


 ワイバーンの群が感じているのは、戸惑い。

 一方的な虐殺をするために、いっそ楽しんで殺すために先程までいたのに、まさか人間に殺されるとは思わなかったのだろう。


 オルトをこの場での天敵としているし、その横にいるミスティアの膨大な魔力に逃げたいという感情が見える。


 ただ、何らかの手段で本能が刺激されているのか、殺したい、食いたい、奪いたいという暴力的な本能を抑えきれず、それに支配され、今は逃げるべし、という新しい本能の命令に従えないでいる。

 動きがおかしくなり、結界に体当たりしはじめる個体も出てきた。


「ミスティア、大丈夫か?」


 じっと上を見上げたまま動かないミスティアに、オルトは臆せず声をかけた。

 可視化された魔力の奔流が恐ろしくないということではない。

 ミスティアが、目の前でワイバーンの爪を肩代わりしたミスティアが、それをオルトに向けることはないという信頼だ。


「大丈夫です。ワイバーン、おいはらえ、ます」


 ミスティアが細い腕を天に掲げる。

 大地を踏みしめ、小さな身体を大きく見せながら、その魔力を上空へとぶち上げた。


 金色の流れは何かを傷付けるものではない。だからこそ結界を貫通する。

 それはやがて、結界の外、ワイバーンたちに影を落とすような巨大な人の上半身になった。


 ミスティアの姿に似ている、金色の魔力でできた巨人。頬はこけていない、ミスティアの魂の形。


「『あなたが、たいせつ、だとおもう』」


 ミスティアの声は呪文になる。しかし、この呪文は本来存在しなかった。

 今ミスティアが作ったものだ。


 混乱した時、どうしていいか分からないとき、ミスティアがしてもらって嬉しかったことを、ワイバーンたちに向ける。


 金色の巨人は両の腕で、慈愛の掌で、ワイバーンたちを残らず抱きしめる。

 魔力でできた少女の胸元に抱きしめられ、微笑まれ、ただそれに見入るうちに魔力のかいながワイバーンを混乱させた何か、興奮しているきっかけを光で焼き消す。


「なんて……美しい……」


 オルトの呟きの他は、何の音もしない。すべてが金色の巨人に呑まれている。

 領都上空、まばゆい虹色の光に魔力の巨人もワイバーンも一瞬消えた。


 光が収まると、金色の巨人は姿を消し、大人しく空を飛ぶワイバーンがそれぞれに鳴き声で交信し、森へと飛び去っていく。

 攻撃性は感じられない。この分ならば、今日中に避難した民たちも元の生活に戻れるだろう。


「オルト神官……」

「あぁ、ミスティア」


 超常の力を見せたミスティアは、気付けば心細そうにオルトの脚に縋り付いていた。

 大きな手でその金色の髪を撫でたオルトは、彼女を片腕に座らせるよう、ひょいと抱き上げる。


「よくやった」

「……! はいっ」


 これが、史上最高の大聖女と後に呼ばれるミスティアの、最初の大いなる奇跡だ。

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