15 ワイバーン襲来
領都は領地の中心に近い場所にある。人がもっとも多く、また、行き交う人も多い交通の要所でもあった。
領主であるレイヴンフット伯爵の屋敷が領地の外側、境界に沿うような場所にあるのは、魔物の世界との境目に領主は屋敷を置いて結界石を保守する必要があるからだ。
また、結界を越えてくる魔物の災害、スタンピードが起きた時にいち早く対応するためでもある。
その領主の屋敷からは、何の連絡もない。
ワイバーンが空を飛ぶ魔物であるから気づくのが遅れるにしても、空を翼が叩く音は地上にいても聞こえる轟音だ。
神官オルトが避難誘導とワイバーン撃退の指示を出すため街中に出て見た限り、空を引き裂くようなガラスを何枚も割ったような声も、無視できるものではなかった。
「見習い神官はとにかく町の方を教会に連れて行ってください。経路はN1、H5、H7、K2を通るように。使用する魔法は結界二度回復四度までの深度を許可します。支援は一度でも使わないように、速さよりも確実な避難を行ってください」
拡声魔法で指示を飛ばす間にも、領都上空にワイバーンが溜まり始めている。
今のところ町を襲ってはいない。上空に集まって、ぐるぐると集団での旋回を続けていた。
何かを待っているような様子が気になる。領都は広いが、教会も大きい。
教会は領都南部と中央の人間に対応している避難施設だ。収容するのに事前申告通りならば問題はないだろう。
オルトはさてあれをどうするか、とワイバーンの群を見上げた。
このまま何事もなく去る、というのは希望的観測だろう。かといって、こちらから積極的に攻撃をしかけていいことは何もない。
まるで何かを探しているようにも見える。そのために旋回を繰り返しているように、少しずつ旋回の距離を広げていた。
「……何ごとも、無ければいいが」
今は領都に住まう人々の避難を優先しよう。
この町も結界で守られてはいるが、教会は存在そのものが強固な結界だ。
空の上で探し物をするあの魔物が下りてくる前に、どうか皆が無事教会に移動できるように。オルトは目を伏せてそう願った。
◇◇◇
ミスティアは自室に戻ってベッドに座っていた。
扉一枚隔てた廊下は騒がしく、どんどん人の気配と焦る声が大きくなる。
今のミスティアにできることは何もないため、言われたままに教会で与えられた個室にいた。
避難してきた人々の誘導も世話も回復も慰めもできない。炊き出しの準備は厨房の人と他の見習い神官で事足りる。
教会に昨日入ったばかりのミスティアは、立場が定まらなかった。なので、せめて邪魔しないように大人しくしている。
窓の外を見ると、ワイバーンの影が青い空に点々と黒く見える。
結構な量が飛んできているな、と眺めながら、もしかしたら自分が『魔石に触る仕事』をしなかったからかもしれない、と思った。
数年前、ミスティアがどうしても起き上がれない程の熱が出た。怪我のせいで出る熱だ。
その時男性が来てミスティアを毛布でぐるぐる巻きにして、それから抱えて家中の魔石に触らされた。
いつでもミスティアが死んでいいような扱いをしているのに、ミスティアに働かせないと気が済まないのだろうか、とぼんやりと思ったものだ。
「私の……せい……?」
その恐ろしい可能性に行きついてしまうと、もう居てもたってもいられなかった。
自分自身が生きるのも死ぬのも大したことではないが、自分が何かをしたせいで、そして、何かをしなかったせいで、これだけの人が『恐怖』や『不安』を感じているのだと思うと、胸の内側をガリガリとひっかかれるような何かに駆られた。
教会の中から感じるそれらの感情に、ミスティアは混乱した。
ドア一枚、壁一枚隔てた向こう側から、悲しみの青と恐怖の灰色が実感を持ってミスティアに迫ってくる。
もう一度ワイバーンを見上げた。
ワイバーンに感じるのは『暴力』の赤と『喜び』の黄色だ。
ミスティアの目にはだんだんと空がその二色に変わっていくように見えた。
――ここぞという時を狙っている。あの魔物は、暴力を奮う一番『楽しい』タイミングを狙っている。
神官オルトの姿が不意にミスティアの頭の中に浮かんだ。
いてもたってもいられなくなって、ミスティアは窓から外に飛び出した。
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