14 聖女と災厄についての講義
「まず問おう。君は聖女で間違いないのだろうか?」
「私は女神にそう言われました……あと、私から見たステータスの、ジョブ? には、そう書かれていました」
あの一回きり、儀式の時に見た内容だが、ミスティアはちゃんと覚えていた。女神に先に聖女と言われていたからかもしれない。
神官オルトは少し考えてから口を開く。
「今もう一度確認しよう。ステータス、と目の前に表したいと思いながら唱えてみてくれ」
「え、っと……ス、ステータス」
ミスティアが唱えると、目の前に半透明の青いウインドウが飛び出してきた。
質量の無い色硝子のようなそれには、相変わらず濃い灰色で(非表示)が並んでいる。
名前の下、ジョブの欄にはやはり『聖女(非表示)』と記載されている。
「あ……これ……あの、見えますか?」
「見えている。そして……表示されているものが、あるな」
ミスティアがステータスのウインドウをオルトに向けると、興味深そうにオルトが眺めている。
あまり変わりないように見えていたが、一番下の欄に見える記載が増えていた。
「鑑定と……『???』とは、何だ?」
「わか、わかりません。あの、これは、何ですか?」
質問に質問で返されたオルトもめげはしなかった。
昨夜のうちに資料を集めておいた。鑑定の後に表示されるスキルだろうと思い、これまでの聖者や聖女のスキルの写しを手元に置いてある。
すぐに開いて調べてみたが、確信できるものは何もない。
「わかった。君が聖女という前提で話を進める」
「あ、りがとう、ございます……?」
手元の資料を閉じて横に置くと、オルトは手を組んで表情を真剣なものにする。
これからの話は、もしこの目の前の少女が聖女だったならば、という仮定で進めていく。
「もし、君が聖女ならば、災厄が近いということだ」
「え……?」
「聖人、聖女、覚者は神の与える仕事をこなすものたちだ。教会の一組織である聖騎士団は、神の神託の他は彼らを守るために動く」
「さいやく、って何ですか……?」
「うん……、たくさんの人が亡くなったり、生活ができなくなったり、家や家族と離れ離れになってしまうような、悪いことをいう」
「…………」
どうしよう、とミスティアは俯く。
自分が聖女であるということは、それが近づいているらしい。つまり、ミスティアはそれをどうにかするために、聖女とやらになったのだろうと理解できる。
しかし、自分の中に、それをどうにかしたい、なんて気持ちは欠片もなかった。
それを申し訳なくも思っていない。なんで私なのだろう、という気持ちでいっぱいだ。
「災厄が大きければ大きい程、歴代の聖女たちの能力は高かった。逆に、聖女の能力に限りがある場合……使えるスキルが少ないとか、系統が偏っているという場合は、どんな災厄が訪れるかを確認することができる。今回問題なのは、君が聖女であると他者に証明ができない事。それから、どんな災厄が訪れるのかも検討できないことにある」
「内容が見えないから、私が聖女だというと……うたがわしい?」
「そうなる。皆、自分の生活がかかっていることだ。真剣に君を暴こうとするだろう」
ミスティアは困ってしまった。暴くと言われても、私は命ぜられたら素直に答える。できることならやるし、できないことでもできるまでやる。そうやって生きてきたので、疑われた時にどうすべきかとか、疑われた人が何を感じるかとか、そういったことが何も分からない。
それの何が問題なのか、と素直に口に出して聞いて見ると、オルトは片手でこめかみを押さえた。
「そうだな……君が、最悪の場合死ぬかもしれない」
「それは……ダメ、なんですか?」
苦々しいオルトの言葉に、ミスティアは困った顔で首を傾げた。
軽くうつむいたままのオルトは目を見開き、一拍遅れて弾かれたようにミスティアを見る。
「それの、何がだめなのか、わからないです……。わたしは、死んでもいいし、生きるしかないのなら、いたくも苦しくもかゆくもつらくもないのがいいんです。だから、あの、このお洋服とか、入浴とか、ごはんとか、助けてもらったなと思っています。……でも、生きていても、死んでも、変わりなくないでしょうか?」
ミスティアは足りない語彙を精一杯補いながら、オルトに向かって今思っていることを一生懸命説明した。
聞く人が聞けば、希死念慮がある心の病を患っているのか、と思ったかもしれない。生命への冒涜だと怒る人間も出るだろう。
しかし、ミスティアにとってはこうだった。
あの苦しい生活の中で、死すら自分で選べず許されなかった。
ひたすら痛くて苦しくてかゆくて辛い時間が延々と続いた。
助かったことがないミスティアにとって、この現状が助けられたというものなのか、という疑問もある。思考する習慣がないので、その疑問が言葉になることはまだないが。
一方オルトは、目の前の痩せこけて小さい少女の中には、本当に何もないのだとまじまじと実感した。
まるで、命ぜられたら昨日までの生活に逆戻りでも受け入れるような、そういうものだという希薄さ。
背筋が冷える思いだった。
(最初に見た時に感じたのは、間違いではない……)
少女の形をした空白は、聖女という役目を負っているらしい。しかし、それに対して、何も思うところがないのだ。
「つまり、私は……何をすれば、いいのでしょう?」
オルトは再びこめかみを抑えて考え込んだ。
命ずれば、聖女としての能力を開花させる、ということも頷くし、誰よりも一生懸命に取り組むのだろうとは思う。
あの家から逃げ出さなかったのだ。逃げる、という事を知らないのだろう。
「失礼します、オルト神官! 緊急事態です!」
「どうした」
オルトが腰を浮かせて答えると同時、ミスティアの背後で音をたてて扉が開いた。
「街に……街の上空に魔物が出ました!」