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10 汚れの下にあったもの

「オルト神官、ミスティアちゃんの身支度が終わりました」

「通してください」


 神官オルトの執務室にルーシーとメリーに連れられて来たミスティアは、恐る恐る部屋の中に入った。

 その姿を目にしたオルトは立ち上がり、足早にミスティアの前まで移動すると、膝をついてまじまじとその姿を眺めた。


「これはまた……見違えました。うん、後は食事……食事を、山のように」

「オルト神官、落ち着いてください」


 気持ちはわかりますけれど、と苦笑しながら窘めたのはルーシーだ。


 白いローブの上から同じ生地のスカプラリオを被り、さらにケープを巻く。スカプラリオとケープには魔力の籠った青い糸で刺繍が施されており、神官たちの回復魔法を助ける仕組みになっていた。

 これが見習い神官の服である。位階が上がるごとに、身に着ける服が豪華になっていくのだが、それは生地そのものに魔力を籠めてあったり、刺繍の複雑さが増えて魔法補助の効果をどんどんあげているせいだ。


 丸い頭の形に合わせて切りそろえられた純金もかくやという金髪が、肩にすとんと落ちている。

 頬は痩けているが、肌は驚くほど白く、まだ少し血の気が足りないようだった。

 何度も暴力に遭っていたはずだが、身体の傷跡はともかく見える場所に傷はない。

 骨格も歪んでなさそうだ、と一つ一つ確かめるようにオルトはミスティアにそっと触れた。


 あまりに検分というような動作だったので誰も止めなかったが、他人に見られると少々まずいような仕草ではある。

 成人男性が遠慮なく小さい子どもに触れているのだから、犯罪を感じさせるのは仕方ないだろう。


 痩せて落ち窪んではいるが、目は大きく水色の瞳は涼やかな光を湛えている。

 森の中の美しい湖面のような瞳が、オルトをまっすぐ見つめた。


(このひとも、きれい)


 清潔な服を筆頭に綺麗に整えられて、ミスティアはすーすーすると思っていた。

 自分の肌がどれだけ汚れていたのかは入浴の際の湯が何度も替えられた事で理解してはいたものの、こんなに肌に感じる感触が違う。

 布の感触も、肌に感じる温度や風も、これまでとはまったく感じ方が違った。オルトの触れる手も、先ほどよりも細やかに感じ取れる。


 綺麗に梳られた銀髪を眺めるのは、どれだけの時間でも飽きなさそうだ。


 髪を切ると前がよく見えた。

 あまりに見え過ぎるので、ミスティアは俯きがちになったのだが、オルトの手が決して強引ではなく顔を持ち上げたり肩や腕を確かめるように触ったりするので顔を上げていた。そして彼の銀髪に魅入ったのだが、いつのまにか目が合っていて驚いて体を硬くした。


「……君はびっくりしたとき、そのような顔をしていたのだな」

「え?」


 オルトがミスティアの顔をまじまじと見て言う。


 まん丸に目を見開き、眉も驚いて上にあがり、きゅっと唇を一文字にしているミスティアの顔。

 これまで同様、全身を硬くしていたが、どんな顔をしていたのかは今初めてオルトは見たのだ。


 痩せてやつれている今でさえ美しい顔立ち。

 長い睫毛も純金で、顔に影を落としている。


 ここにいる者は誰も知らないが、顔立ちも髪や目の色も、産みの母親にそっくりだった。汚れ果ててしまううちに、レイヴンフットの家でも誰もそれを知ることは無かったが。


 オルトが山ほど食事を与えなければと思うのもさもありなんだ。元気になって欲しい、と強烈に周囲に訴える外見。

 庇護欲を誘発しているのは、健康になって着飾ればどれ程の美少女になるのか、と想像をかきたてるせいだろう。


「ミスティア嬢の今後については明日話をする。彼女を部屋へ」

「畏まりました。失礼します、オルト神官」

「あぁ。ミスティア嬢を綺麗にしてくれて、ありがとうございます、二人とも」


 退室の為に礼をしていたルーシーとメリーは一瞬感じた動揺を押し込め、ミスティアを促して部屋を出る。


「……っくりしたぁ、オルト神官ってあんなに柔らかい声が出るんだ……」

「いつもこう、もっと、厳格よね」

「言葉は柔らかいんだけどねぇ。見習いにあんなに丁寧に話す人、あんまりいないから」


 右手をメリーに、左手をルーシーに握られて真ん中を歩くミスティアは、二人の会話に入ることもできず交互に見上げていた。

 当たり前のように手を引かれているが、痛くもないし、引きずられてもいないのでされるがままになって後をついていく。


 しばらく雑談する二人に挟まれて廊下をあちこち曲がりながら歩く。

 そうして辿り着いたのは同じような扉がずらりと並ぶ一画。

 そのうちの一つ、簡素な扉の前で足を止めた。


「さぁ、今日からここがミスティアちゃんのお部屋よ」

「隣が私の部屋、反対の隣がメリーの部屋だよ。何か困ったことがあったら訪ねてきてね」


 そう言いながら指をさして教えてくれる。

 ミスティアは手をあげてドアノブを握り、下に下げた。ひっかかりなく扉が奥に開いて、こぢんまりとした個室が目に入る。


 白い木製の床も、白い壁紙の張ってある壁も、部屋の奥にある大きな窓も綺麗に掃除されている。

 家具は箱型のクローゼットが一つ。書き物机と椅子が壁に向かっておいてあり、小さな本棚が机の右下に収まっている。一番上は引き出しになっていた。

 反対側の壁には清潔なベッドがある。ベッドサイドの棚には、水差しとコップが備え付けられていた。


 入り口からは少し短い通路があり、通路の途中にも扉がある。ミスティアが気になって開けてみると、そこはお手洗いだ。洗面台も完備されているし、棚にはタオルが何枚か入っている。


「これが見習い神官の部屋ですよ」

「すごい、です……」

「ふふ、そうですね。教会は回復魔法の使い手を大事にしているので、いい待遇です」

「その辺は、明日オルト神官から説明があるはずだよ。さぁ、入浴して疲れたでしょ? 寝間着はクローゼットの中にあるよ。服はハンガーにかけてね」


 部屋の中に一緒に入ったメリーたちは、一つ一つ説明して、実際に出せる物は出して教えてくれる。

 ミスティアは真剣にそれを聞き、大きく頷いて深く頭を下げた。


「ありがとうございました……えっと、また、明日」

「えぇ。朝食の時間に呼びにくるわね」

「おやすみ、ミスティアちゃん」


 二人が去ったあと、ミスティアは早速寝間着に着替え、服をかけようとした。

 が、背が足りない。

 書き物机の椅子を引っ張ってきてそこに靴を脱いであがり、背もたれにかけた服をとってかけ直す。


 そしてようやくベッドに入った。


 清潔なリネンと柔らかな布団にくるまれて、ミスティアは再度熟睡した。

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