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三頭犬の左側 ~残った二頭はバカとエロ~  作者: エル
一年目 カク先輩の章

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依頼編 ヒバナとハナビの火水晶 5



「それで、どうするんです?」


 有利な位置を取るって言うけど。

 それにはまず正面の魔獣を何とかしないといけない訳で。


「『障壁』張ってムリヤリ押し通ります?」

「はえ!?」

「……俺はそれでも構わないが、どうやら依頼主は反対のようだ」


 カク先輩の言葉にハナビちゃんはぶんぶんと首を縦に振ってあたしの提案に反対の意を示す。

 

「それにあんまりスマートな作戦とは言えないね。力押しばっかりやってると、絶対にどっかで行き詰まるよ?」

 

 ちらっとあたしを見て呆れたような物言いをするアウル君。

 どうやらこっちも反対みたい。


「じゃあどうするんです?」

「まず俺が先行してあいつの鼻先を搔き乱す」


 カク先輩が苦無を手元でくるりと回し、逆手に持ち替える。


「パドはその援護に回れ」

「了解です」

「シズクとキリエは防衛に専念。後ろの三人をなんとしてでも守れ」

「うっす」

「それはいいんですけど」


 あたしはデカトカゲを指さす。


「結局あれ、どうやって抜けるんですか?」

「当然、最後の一人の仕事だ」

「ああ」


 アウル君は儀礼剣を掲げるようにして、不敵に笑った。


「見せてあげるよ。魔術師の本来の役割ってやつをね」


 

◇◇◇◇


 たっ、と軽やかにカク先輩が地を蹴り。


「作戦開始だ」


 号令と共に陣形から突出して、一人洞窟内を駆けていく。

 こっちを警戒していた魔獣は急に動いた一人に反応を示して、近づいてくるカク先輩を目で追い首を向ける。


「『風刃(ふうじん)』」

 

 走りながらカク先輩が苦無を振るうと、二条の風の刃が生まれ魔獣の首元に叩き込まれる。が、重厚な外皮に阻まれ、切り裂くまでには至らない。


 それでも明確な敵対行為は、魔獣のお気に召さなかったようで。


「ガァァァァァァ!」


 不快な唸り声と共にカク先輩に向けて幾つもの火球を吐き出していく。

 最初に放ったものよりも小粒だけれど、その分連続で吐き出される火球。それらを、カク先輩は狭い洞窟内を壁を使って縦横無尽に駆け回り、危なげもなく回避していく。


「『風刃(ふうじん)』」


 天井までもを蹴って移動しながらも、なおも刃を振るいちょこちょこと嫌がらせみたいにかすり傷を作っていくカク先輩。


「グゥルァァァァァァァァ!!」


 埒が明かないと思ったのか、或いは単純に怒りのためか、魔獣カイエンは大きく口を開いて周囲の炎を吸い込んでいく。初手に使ったデカイのをぶつけてやろうという心づもりなんだろう。


 その瞬間を。

 

「『魔弾』」


 正確無比なる魔弾の射手は狙う。


「『火弾』」

 

 パドちゃんの放った魔弾は、狙い通りに大きく開かれた口の中に放り込まれ。


「ア、ガ」


 結果。


「ガァぁアァァァァァァぁぁ!!」


 口の中で誘爆し、大爆発を引き起こす。


「うん」


 その結果がお気に召したのか、パドちゃんはどことなく満足そうに頷いた。


「うわぁ」


 援護って言われてやることがこれとか発想が怖い。

 

「けど」


 いくらこのダンジョン最強の魔獣だからって。


「あんなの喰らったらひとたまりも……」

「いや」


 パドちゃんは銃から薬莢を排出して、次の弾を装填しながら言った。


「そうでもないみたいだよ」

「へ?」


 見れば、パドちゃんの言う通り。

 魔獣は一度大きく仰け反りはしたけれど、あんな見た目にド派手な爆発を喰らったのにダメージを受けた様子はほとんどなく。


「グルル」


 低い唸り声をあげてカク先輩に向けていた敵意をこっちの一団に向けた。

 当然その目はブチギレモードで。

 

「なんでぇ!」

「炎はあんまり効かないってことだね」

「グルァァァァァァァァァ!」


 魔獣が前足を振り上げて火の川に叩きつける。

 水しぶきをかき上げるように押し出された炎と溶岩の渦が、あたしたちの一団に降り注ぐ。


「『魔導障壁!』」


 あたしは印を切って障壁を展開。

 最初の炎の渦を受け止める。


「パドさん、ハナビさん」


 続き、時間差で襲ってくる熱波を。


「私から離れないでください」


 キリエちゃんが鍵型の術具を胸に抱いて。


「『祈り、乞う』」


 唱える。

 

「『それは魔の進行より我らを遠ざける、燐光の欠片にして悠久の水滴』」


 聖歌を謳うように朗々とした声と。


「『清浄なる波紋』」


 手を伸ばし、その先で鎖を鳴らし。

 その音を中心に波紋が広がり。


 音に触れた魔力の火が、熱が鎮められていく。


「っ!」


 けれど、キリエちゃんが苦痛の声を漏らす。あたしの障壁に阻まれてなお、砕けた凶弾となって降り注ぐ礫。その岩の欠片がキリエちゃんの身体を掠めたのだ。


「キリエちゃん!」

「大丈夫です。この程度あれば問題はありません。それよりも、前を……」



「『その身に、刻め』」


 

 あたしたちの一番後ろに控えていたアウル君が呪文を唱えながら剣先を魔獣へと向ける。

 それが、準備完了の合図。

 

「『祝福無き世界、英雄無き凱旋』」


 可視化された禍々しい紅い光が炎とは違う色で洞窟内を塗り替え、この小さな異界のより小さな空間を満たしていく。

 ダンジョンにおける魔術師の本来の役目、それは―――。


「『地を這う我ら、知によってことをなす』」


 動く砲台。

 短縮無しの詠唱から放たれる中級以上の魔術は、数多の敵にも強力な魔獣にも有効な手札となりうる。 

 

 あたしたちはタイミングを合わせて飛びのき、アウル君と魔獣との間に道を開いた。


「『月よ、(ブラッド・)我が血に堕ちよ(D・フォールドムーン)』」


 直後に放たれる空間を断ち切るような魔力の紅刃。

 この洞窟内における絶対の強者は、絶対強者が故に避けるということをせずに、その炎すら通さない外殻じみた竜鱗で魔力の斬撃を受け止める。


「ガ」


 斬撃が通ったその一瞬、魔術は魔獣という種が持つ強靭な防御に阻まれ、効果はなかったようにさえ見えたけれど。

 次の瞬間に、膨大なる魔力が魔獣を内側から灼き、その内側、魔力路をズタズタに引き裂いていく。


「ガァァァァァァァァァアァァァァァァァァ!」


 身の内側、魔力路を直接灼かれるという想像を絶する未知の苦痛に魔獣カイエンはその場でのたうち回り、絶叫をあげる。


「今だ!奥へ進め!」


 魔獣がその場で暴れ回り、こっちを見ていない隙にあたしたち一団は行動を開始。

 先行していたカク先輩が先導してくれる先へと駆け抜け、その途中で。

 

「カク先輩!?」


 カク先輩とすれ違う。


「行け。殿(しんがり)は務めてやる」


 振り返ると、激高した魔獣がその巨体に似合わない素早さであたしたちに追撃を仕掛けようとしていた。


「けど!」

「シズク!こっちには護衛の対象も負傷者もいる!」


「そういう訳だ。それに、さほど問題ではない」


 見ればその手には、いつぞやに見た球形の魔道具が握られていて。

 

「前にも言っただろう」


 ごく小さい、けれど鋭い動作で投げ放たれ。


「俺は撤退戦は苦手ではない」


 魔道具が割れると同時に濃い煙幕が辺りを覆い隠し、あたしたちと魔獣との間に視線を遮る壁を作り出し。


「先に行っていろ。すぐに追いつく」

 

 あたしたち一行はカク先輩一人を残したまま。

 ダンジョンの下層へと駆け下りていった。


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