カク先輩の学科講座
「そうか、決めたのか」
「はい。カク先輩が言ってくれたように」
ギルドルームで居住まいを正して。
あたしはカク先輩に報告する。
「あたしは戦闘技術科を目指そうかと思います」
この後にはみんなが来る予定なんだけど、とりあえずお礼を言いたいと思ってカク先輩には一人だけ先に来てもらった。
「自分に出来ることと、それから、あたしのギルドに入ってくれたみんなのためにしてあげられること。そういうの全部考えた結果です」
カク先輩は黙って頷いてあたしの話をきちんとを聞いてくれている。
「学園のなかでも目指す人の多い科だって言うのは知っています。腕自慢ばっかり集う所だって言うのも。基礎科のあたしが、来年にはそういう人たちと争えるようになるかは分かんないですけど。それでも、やってみたいと思えましたから」
「そうか」
カク先輩は腕を組んであたしに言った。
「やってみればいい。お前には、きっと向いている」
「だといいんですけど」
あたしの方は、ちょっと苦笑い。
本当にそうだったらいいな、とは思う。
けどまあ、カク先輩はお世辞とか言う人じゃないか。
「戦闘技術科に進むための試験は実技一本だ」
「そうなんですか」
「ああ、それも実戦形式の」
知らなかった。
そうなると自信、あんまりないなぁ。
「……というかだ、シズク」
「はい?」
「今更ではあるが、お前、学園の科についてはどれくらいの知識がある」
「あはは、実はあんまり」
学園には考える間もなく来たし、その後もただ流されるままだったから。
そういうのはほとんど知らない。
「基礎科に入ったら来年までに試験を受けてどこかの科に進まなきゃいけない、っていうのは知ってるんですがそれ以外はさっぱりです」
戦闘技術科の試験が実技だけ、っていうのも今知ったし。
まだまだ全然、先のことだって思ってたから。
「そうだな」
ちょっと思案顔をした後に、カク先輩は言った。
「他の奴らが来るまでにはまだ時間もあるだろう。今日はその辺のことを教えておいてやる」
「お、お願いします」
こうしてカク先輩の授業が始まった。
◇◇◇◇
「まず基礎的なこととして、学園には六つの科が存在する。基礎科、普通科、戦闘技術科、戦闘支援科、魔術科、魔導科だ。学園に入学する際には、基本的には基礎科に入ることになる。が、一部は例外で最初から基礎科以外の科に入ることもある」
ギルドルーム備え付けてあった足つきの黒のボードに、カク先輩がチョークで書き足していく。
「あたしとパドちゃんが前者で、キリエちゃんとアウル君が後者、ですよね」
「そうだ。進みたい道がはっきりしていて、それでいて優秀な奴だけにしかそうした選択肢は与えられん」
「はえー」
キリエちゃんもアウル君も優秀なんだ。
「ちなみに俺も入学した時から戦闘支援科だ」
「……へー」
そのタイミングで言うのは自画自賛っぽくて若干ダサくないですか、とは思っても言わないでおく。
「あのカク先輩」
「なんだ」
「前から気になってたんですけど」
あたしは黒板の二面。
基礎科から伸びた先の『魔術科』と、そもそも独立して書かれた『魔導科』の二つを交互に指さした。
「なんでこの二つの科は分れてるんですか?」
「ふむ。なるほど。順に説明していこうかと思っていたが、まあ当然の疑問ではあるだろう。そこから説明するか」
カク先輩が黒板になにやら書き足していく。
「まずをもって、この二つの科の違いには二つの種類が存在する」
「二つの種類ですか?」
「ああ。あくまで俺の感覚だが、まず一つは文字通りの『魔術』と『魔導』の文字通りの違いだ」
「はい、先輩」
「なんだ、後輩」
「まずその二つの違いが分かりません」
「だろうな。本来は魔術師でもなければ気にするようなことではない」
カク先輩は、まず黒板の『魔術科』の文字を丸く囲った。
「簡単に言えば、『魔術科』は結果の学問。魔術をどう冒険者として生かすかの科だ。攻撃魔術を主に扱い、短縮、無詠唱魔術を教えたりする。要は実戦でどう魔術を扱うかについて学ばせる」
それから、『魔導科』の文字の下に二重で線を引く。
「対して『魔導科』は、魔術そのものを研究するための学問だ。新しい術の開発や、旧時代の遺物の解析などが主となる。なんなら、魔術的な才能など欠片も無くとも『魔導科』には入れる。そこが最大の違いだと言えるな」
「へー」
疑問が解けて少しすっきりした。
冒険者と学者、くらいに違うんだ。
「そして、それが文字通りの、本来の意味の『魔術』と『魔導』意味の違いであり……。ここから先は実際的な話になる」
「はい?」
「端的に言うぞ。今の『魔導科』は貴族の推薦が無ければ入ることすらできない」
「えー?」
どういうことなの……?
「現在の『魔導科』は実質的には『貴族科』と言って差し支えない」
それは、あたしでも一応噂程度には知っていた。
「これは『魔導科』成立の過程が大いに関係しているらしい。俺も詳しくは知らんが、まあ、魔術の開発は暇と余裕を持て余した貴族の趣味のような一面があったらしいからな。その辺が関係しているんだろう」
故に。
「現在では『魔導科』は他の五科と違う棟で教えられているし、授業の多くに魔術など関係のない貴族向けの領地経営やらの授業が取り入れられている。まあ、魔導研究に勤しむ者もいるし、堕落する者もいる。そう言う科だ」
「うーん」
まあ、どちらにせよあたしには関係の薄い話ではある。
「そしてこの『魔術科』と『魔導科』の二科は、伝統的に仲が悪い」
「えー」
「さもありなん。『魔術科』の奴らは『魔導科』の奴を戦いの場に出ない臆病者と罵るし、『魔導科』の連中は『魔術科』の人間を自分たちの成果だけ持っていく盗人扱いする」
「同じ魔術を使う人たちなんだから仲良くすればいいのに」
「関係が近いからこそ、出来んのだろう」
俺からすればどっちもどっちだがな、と締めくくってから、カク先輩は次の説明に向かう。
「後は順に解説でいいだろう。まずは基礎科、ここに大半の奴がまず入って、自らの適性を見極めて、『魔導科』を除く四つの科のいずれかに進む。ちなみに一年生の間しかいられず、進級試験でどの科にも進めなかった場合は留年扱いか、或いは退学となる」
そこから伸びる、一番太い線。
「『戦闘技術科』、通称『戦技科』。文字通り、前衛として戦うための技能を教える科だ。学園の科の中では最も規模が大きいが、その分希望者も多く、花形でもある。さっきも言ったが、この科に進むための試験は実技一本だ、強くなければ入れない」
あたしがこれから進もうとしてるのがここ。
「バカで粗野な奴が多い。というか、ほとんどの奴がそうだ」
「いやいやいや」
というか、あなたさっきあたしに向いてるとか言ってましたよね。
あれ、どういう意味です?
「次に『戦闘支援科』。支援戦闘や、ダンジョンでは生存のため重要となる斥候技術、地図作成技術なども教えられる。必ずしも高い戦闘技能は求められないが、それでも一定以上の戦力は要求される」
カク先輩が所属してるのがここ。
「……反面、先の面接でも分かっている通り、クズが多い。自分は安全な後方にいて、利益だけは欲しがるような連中だな。優秀なのとそういうのが半々くらいだ」
「あー」
言われてみれば。
先日の面接での面々を思い出せば、うんまあ。
ちょっと、あれな人が多かった。
「それから『魔術科』。先ほども言ったが、魔術を扱う連中の入る科だ。絶対的な実力の世界で、才能がある奴しか入れん。が、その分傲慢で他の科の人間を見下す奴が多い。そのくせ、頭でっかちの役立たずも星の数ほどいる。見極めが大事だ」
「なんかさっきからちょくちょく偏見でモノ言ってません……?」
「失敬な。全て経験談だ。そもそも、冒険者志望の奴にまともな性格を期待するほうが間違っている」
いやー、絶対穿ち過ぎた見方だと思いますよ?
「最後に『普通科』だな。冒険者として適性が無いと判断された者が行く科ではある。戦技科の奴らなんかには見下されがちだが、勘違いしてはいけない。入る難易度は実は結構高めだ」
「なんでですか?」
「入るための試験が全て筆記だからな。バカには入れん」
なるほど。
「教えるのは主にギルド職員になるための勉学だ。書類仕事や帳簿の付け方、計算などなど。ちなみに戦闘もそこそこやらされはする。冒険者ギルドに関わる以上、全く戦えん者にはしないというのが基本方針だ」
ここに、最初に説明された『魔導科』が含まれて六つ。
「そして、学内ギルドというやつはこれらの科の中からなるべくバランスよく人数を調整していくのが理想とされる。現在の学内トップギルドはそう言った意味では実にバランスがいい」
「この間アウル君が試験を受けてたとこですよね」
「そうだ。しかし、逆のパターンもまた存在する」
「逆ってことは、バランスが悪い、ってことですか?」
「ああ。現在の学内二位のギルド、ここはトップギルドとは真逆の方針を取っている」
カク先輩が黒板に一つの名前を書く。
「戦闘技術科の人間を中心にした、荒くれもの集団。戦闘技術科で最も強いとされている男、つまりは学園生の中で最強の男が率いる、武闘派ギルド、それが」
一つだけ、わざわざ赤いチョークで書かれたそのギルドの名前は。
「『赤猫の戦団』」




