間章 シズクちゃん、悩む 前編
「さて、なにから話したもんか」
腕を組んでうんうんと頷くフェイ先生のお言葉を。
「「「………」」」
あたし、パドちゃん、キリエちゃんは黙って俯いて神妙に沙汰を待つ。
「前回、言ったな?簡単な試験だって。そんで今回も試験始める前に言ったよな?不合格になる奴の方が珍しいくらいだって」
「「「………………」」」
フェイ先生の側に立っているのはアウル君とカク先輩。
この二人が顔を引き攣らせているのはさっき見たので知っている。
もう気まずくて仕方ないので、三人とも顔を伏せて現実から目を逸らし続ける。
「不合格になる奴もな、大抵はダンジョンの空気に合わなくて、って感じの奴が多い。お前らはその点は問題ないのは前回ので分かってた。だから、後は戦闘試験だけでさ、オレは思ってたよ。まあ、軽く、本当にかるーく合格出してくれるだろうって。いや、まさか」
「「「…………………………」」」
「揃って不合格ってどういうことだよ?」
「「「「………………………………はい」」」」
ギルドを正式に立ち上げてから数日。
アウル君加入のおかげで『役職』問題も解決し、後は資格だけ、と、意気込んで。
『前回のこともあるし、特別に取り計らってやるぜー』ってフェイ先生が気を利かせてくれて、ほとんど間を開けないで試験を実施してくれて。
そこまでは良かった。
そこまでは。
そこであたしたち、資格なし三人組は戦闘試験に入って。
あっさりと、不合格を貰う運びとなりまして。
めでたくダンジョン入口で、フェイ先生からのお説教タイムなわけです、はい。
「まずキリエ!」
「……おす」
呼ばれて、おずおずと前に出るキリエちゃん。
「お前なんで雄たけび上げてモンスターに突っ込むの?」
「いや、その」
駄目だしされたキリエちゃんは、気まずそうに答える。
「冒険者って、そういうもんかなって」
「間違ってはねえよ?確かに野良の冒険者って大半がそういう感じの奴らだよ?でもお前は術者だろうが!ゼロ距離で何する気だったんだよ!」
「……こう、拳で殴って」
「魔術科で何を学んでんだぁ!あぁ!」
「……すんません」
テンションに身を任せて、身一つで突っ込んだキリエちゃん。
当然、不合格。
「そんで、次にパド!」
「……はい」
「お前、今日何発撃った?」
「……えっと、今日持ってきた弾倉が全部空になるまでなので」
「32発だよ!低階層の雑魚相手に32発!相手穴だらけだよ!!」
「けど、今日の試験で撃った分は学園側が補填してくれるって言うから、撃たないと、損かなって」
「限度があるわボケェ!途中から試験だってこと忘れてバカみたいに撃ちやがって!」
「けど、全部当てたし……」
「そこが問題じゃねえよ!」
フェイ先生は目を見開きながら肩で息をして、それはもうお怒りのご様子。
パドちゃんは表情からは読み取りづらいけど、やり過ぎたことを反省してる模様。
キリエちゃんに続き、こちらも不合格。
「そんで、シズク」
「……はい」
最後は、あたし。
あたしは、特に問題は起こしていない。
そう、問題は。
「―――ある意味、お前が一番の難題だ」
他二人と違って、低い声で問いかける形。
これはこれできつい。
「なんでなにもしなかった」
「えっと」
あたしは問題は起こさなかった。
問題は起こさなかったけど、フェイ先生の言う通り。
あたしは本当に、なんにも出来なくて。
「その、どうしていいか、分かんなくって」
突っ込んでくキリエちゃんと、撃ちまくるパドちゃんを前にして。
おろおろするばっかりで、なんの行動も起こせなかった。
「本当に、ただ狼狽えてただけってことか」
「えっと、はい」
「……普通なら、基礎科に入った一年なんざ、まあ、そんなもんだって言ってやりたいとこなんだけどなぁ」
フェイ先生はうーんと額を押さえて、頭痛を抑えるような仕草をしてからあたしたちを見る。
「さて、オレとしても非常に困ったことに、これじゃあ合格なんてとても言えないわけで」
「あの、これどうなるんです?」
試験は不合格。
それも、三人ともなんて。
「もしかしてギルド、解散なんてことに……」
「そこまで心配する必要はねえよ。ここは学校なんだから、そういう切り捨て方はしねえって」
それを聞いて、ちょっとほっとする。
パドちゃんとキリエちゃんも、心なしかほんの少し表情を緩ませた。
「とはいえ、何も無しじゃねえぞ。出来ないなら、出来るようにする」
つまりは。
「補習だ」
そう、フェイ先生はあたしたちに告げた。
◇◇◇◇
「カクガネ!」
「はい」
まず最初に、フェイ先生はカク先輩を指名する。
「お前がパドのこと見てやれ。オレよりもよっぽど適任だろ」
「分かりました」
カク先輩も頷いて、それを了承。
「頼んだぞ。支援戦闘の基礎、しっかり叩き込んでやってくれ。それから」
フェイ先生が、今度はアウル君の方に目を向ける。
「アウル、悪いがお前にも手伝ってもらう」
言われて、アウル君はちょっと眉をひそめる。
「……いいんですか?僕も彼女たちと同じ一年ですよ」
「問題ねえよ。見たとこ、その辺の高学年よりよっぽど基礎が出来てるくらいだ」
フェイ先生がそう太鼓判を押して。
「お前はキリエのこと見てやれ」
「先生がそう言うのでしたら」
それで、こっちも一組成立。
「うし、そんで」
フェイ先生が最後に一人残ったあたしに。
「シズクは、オレが見る」
そう言った。
「へ?」
「なんだ、意外そうな顔して」
「いえ、えっと」
そもそも。
「あたしって、基礎科の生徒、ですし」
それで、フェイ先生は戦闘技術科の先生で。
「今更気にするようなことか?」
「それはそうなんですけど」
「ここまで見れなかった戦闘の腕を見てやるってんだ。有難く思え」
「お、お願いします」
あたしはたじたじと頭を下げる。
「うし、そんじゃ、今日はここまで。補習は、明日から行うこととする」
そういう感じで、その日は解散となった。
◇◇◇◇
「うーん」
あたしは寮に帰る気にならなくて。
ギルドルームの机に突っ伏して、頭を抱えていた。
「シズク殿、元気を出すのである」
「あはは、ありがとうねアニキ君」
机の上に乗ったアニキ君が、落ち込むあたしの頭にポンと手をのせる。
「けどさ」
それでも、気分は落ち込み気味なまま。
「あたし、分かんないんだよね」
「何が、であるか?」
「自分に何が出来るのか」
思えばこれまでのやってきたことって、全部カク先輩やアウル君に指示されてのことだった。
「だから、いざ指示してくれる人がいなくなっちゃったら何していいのか分かんなくてさ」
「……そう気に病む必要はない」
今度はライト君があたしを慰めてくれる。
「……あの教師も言ってただろう。シズクはまだ一年で、冒険者になったばかりなんだ」
基礎科の一年生なんて、そんなもん。
確かにフェイ先生も、そんなこと言ってたけど。
「でも、多分、それじゃあダメなんだよ」
だって、あたしは。
「自分でギルドを作って、自分でダンジョンに挑むって選択をしたんだから」
フェイ先生が言いたかったのは多分そういうこと。
普通の一年生と同じじゃきっとダメなんだ。
「あー」
そんな風にあたしが悩んでいたり、落ち込んでいたりすると。
ガラリと、ノックも無しにギルドルームの扉が開かれた。
「あり?」
「なんだ、ジズクか」
「カク先輩」
突然の来訪者にあたしは視線だけをそっちに向ける。
「入るぞ」
「なんかご用事ですか?」
「そういう訳ではない。ただ、なんとなく寄っただけだ」
「へー」
暇なのかな?
「……俺のことはいい。それより、お前こそ何をしている」
「見て分かりませんか?悩んでるんですよ」
「全くそうは見えん」
失礼な。
机にグデーっと突っ伏してるその様は、客観的に見て思い悩んでる乙女そのもの、のはず。
「意外だな」
「……あたしだって悩んだりしますよ」
「そうではない」
カク先輩は近くの椅子にどっかりと腰を下ろして。
「お前が動けない、ということがだ」
そんなことを言った。
「これまでの経緯を考えれば、あの程度の戦闘、難なくこなせただろう?」
「そうなんですか?」
「自覚がないのか」
「自分じゃ分かりませんよ」
これまでの全部は、必死だっただけ。
その時その時に出来ることだけやって、何とかしてきただけなんだから。
「そもそもあたし、分かんないんです」
「……ふむ?なにがだ」
「なんていうか、自分が、何が出来るのか、とか」
もっと言えば。
「あたしが、何をしたいのか、とか」
明確なビジョンがないまま冒険者学校に来たから。
他のみんなが持ってる、鍛えたい技術とか未来の展望とかがない。
だから、何すればいいのか迷うばっかりなんだ。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって」
「単純な話だ」
「えっと」
「自分で集めた人間のことを考えろ。例えば」
カク先輩はギルドメンバーの名前を挙げて、一本ずつ指を上げていく。
「俺は戦闘支援科。パドも、来年はそっちに進むだろう。それと、キリエは魔術科で、アウルは魔導科だ。つまり」
最後に、残ったのは。
「前衛が、圧倒的に足りていない」
あたし。
「じゃあ」
あたしに、出来ること。
「そっか」
「普通は、こういう偏り方をしないものなんだがな」
「そうなんですか?」
「ギルド入りする人間なんて、必然的に好戦的な戦闘技術科の奴が多くなる。だから、前に出る人間は余りがちで、他が足りなくなるものなんだが」
このギルドは、見事に逆だなと、カク先輩は呟くように言った。
「きっとフェイ教諭が、その辺りのことも考えてくれるさ」
そう締めくくって。
「全ては明日の補習次第だ」
本当に用事なんて無かったらしく、立ち上がってそのままギルドルームを出て行く。
「あんなのだが、フェイ教諭も戦技科の教師だ。しっかりと学んで来い」
「はい」
「ではな。なるべく早く寮に戻れよ」
そんなことを言って、去っていくカク先輩の背中を見ながら思う。
カク先輩のおかげで。
ちょっとだけ、見えた気がする。
「…………よし」
なりたい、自分の、その形が。




