初めてのダンジョン探索(終) 2
「いやいやいや、済まなかったね!」
テーブルの上には二つのはティーカップ。
「まさか、あそこまで大変なことになるとは、この私の慧眼をもってしても予想外だったとも!本当さ!」
学内トップギルドを率いる男は、未だに包帯だらけの体で、それでも晴れやかな声で、前回と同じように優雅に紅茶を嗜んでいる。
「ま、いくつかの事故はあったが、なに、おかげで君の実力はよーっく分かった。確かに、言う程のことはあるようだ」
学内トップギルドの主は、大仰な仕草で楽しそうに語る。
「我が副官も召喚術師も、君のことは非常に高く評価しているよ」
「……ありがとうございます」
「ふむ、この私が褒めているというのに、実に浮かない顔だ」
ニヤニヤとした笑い。
ああ、全く、全部お見通しって顔だ。
「嬉しくはないのかね?」
「高く評価していただいたことは、嬉しく思いますよ」
勝手に紅茶を口にする。
なるほど、こだわりを感じるいい茶葉だ。
クライム先輩の紅茶を淹れる腕もいいんだろう。
前回は、味も何も分からなかった。
「今回、君を呼び出させて貰ったのは他でもない。試験の結果を伝えるためだ。けれど、結果は分かっているだろう?私は、不合格を出した者にわざわざ会ったりはしない!」
結果は、そう、分かっている。
「無論、合格だとも。君は私たちに、その優秀さを十分に示した」
「…………」
「君は晴れて、この学内トップギルドに入る権利を手に入れたというわけさ。これから私が起こす偉業のその特等席を、それも、唯一の一年生という特別な立場でだ。君はきっと、君を受け入れなかったすべての者を見返してやれるだろう」
このギルドに身を置けば、それは簡単なことだろうと、この人は語る。
「けれど」
くく、と、僕の表情を見て、笑みを浮かべながら。
「権利は、あくまで権利だとも。それを行使するかどうかは、君次第だよ」
ピシリ、と指を差されて。
「聞こう。君の、選択を」
問われる。
「さて、どうする?」
どうする、どうする、か。
僕は。
『なら、あのさ!』
……僕は。
「……特別に試験まで受けさせていただいたのに、こんなことを言うのは失礼だと分かっているのですが」
答えは、決まってる。
「僕は」
◇◇◇◇
私の目の前には、空になったカップ。
結果を言えば、まあ、それだけだ。
「良かったのですか?」
「言っただろう」
カップを突き出し、気分よく紅茶の二杯目を有能なる我が副官に要求する。
「一年にも満たない期間しか存在しないギルドに、新入生を入れるような所業はしたくないのだよ」
思い出す。
「あれは、辛かったからね」
私がまだ、一年生だった時のことを。
私を導いてくれた先輩のことや、共にダンジョンで肩を並べた同輩のことを。
あれから三年が経ち、カクガネもようやく重い腰を上げた。
「行くがいいさ、マギアス」
あの女狐がここまで考えて今回のことを仕組んだのだとすれば実に巧妙だ。
うち以外のギルドに、彼を入れないよう秘密裏に圧力までかけて。
「なに、私にとっては得しかない」
この程度のお楽しみで生徒会への貸しが出来るのであれば、願ったり叶ったりとさえいえる。
今回手に入れたものは、私の為すべき偉業にとっては大きな前進だ。
「きっと素晴らしい一年になるよ」
クライムによって再び注がれる紅茶。
一度交わった線、彼の物語の始まり。
「乾杯」
私はその全ての結果に満足して、一人杯を天へと掲げた。
◇◇◇◇
「再試験とはな」
カク先輩が愚痴るように零す。
「これもすべて、お前がおかしなことに首を突っ込むからだぞ」
「えっと、ごめんなさい」
「おかげで」
ギルドの机にデーンと置かれた、一枚の書類と一本の羽ペン。
「全く何も揃っていない状態でこいつを書く羽目になった」
「まあ、そうかもですけど」
『ギルド発足申請書』
「罰則とかは特にないんですよね?」
「無い、が、見栄えが悪い」
「あはは」
「笑い事じゃない。申請の期限ギリギリだからこれで提出するが、ギルドのスタートがこれでは先が思いやられるぞ」
「……はい」
メンバーの内、カク先輩以外はダンジョンに潜る資格なし。
その上、『回復役』もいない。
本当に、前途多難だ。
「まあ、いい。お前が最初だ」
「はい」
あたしはペンを執って、その欄の一番最初に自分の名前を書いていく。
必要なことを書き終わったあたしを見て、カク先輩は満足そうに頷いた後。
「次はパド、お前だ」
「はい?ボクなんですか?」
パドちゃんに向かって、そう言った。
「カクガネ先輩じゃなくて?」
「……俺は最後だ」
「まあ、別にいいですけど」
「はい、これ」
「うん、ありがと」
あたしからペンを受け取って、パドちゃんが私の名前の下に、自分の名前を書き連ねていく。
「そんじゃ、次はアタシか」
三番目は、キリエちゃん。
受け取ったペンをきりっと回して、意外にもとっても奇麗な文字で自分の名前を書いていく。
「よし、俺だな」
カク先輩が署名をして。
「ふむ、それから」
未だに空白の、一つの欄を指さす。
ギルドの、名前。
「こいつは、決まっているのか?」
「ああ、それなら」
誰にも言ってなかったけど。
「あたし、もう決めてて……」
その時だった。
ピクリと、アニキ君の耳が動く。
「シズク殿」
「へ?なに?」
「ドアのまえに、誰かいるのである」
「あり?」
なんだろう。
「お客さんかな?」
けど、それなら、なんでノックの一つもしないのか。
申請書は一旦置いておいて。
ちょっと駆け足気味で、ドアの前まで行ってノブに手をかけて。
「あ」
「あ」
そこで、バッタリと顔を合わせたのは。
「アウル君」
「…………やあ」
やりきれない、というか、ちょっと気まずそうな顔をしたアウル君が。
「なんで、ここに」
「あのさあ」
特徴的な切れ長の紫紺の瞳を明後日の方に向けて。
その前髪をいじりながらアウル君は言った。
「あの約束って、まだ有効なわけ?」
「あの約束、って」
言われて、あたしは。
「どれ?」
咄嗟にそう答えちゃって。
「はぁ!?」
「いや、あの、あはは」
アウル君に、信じられないものでも見るような目を向けられる。
「君、言っただろ!試験、落ちたら自分のギルドに来ないかって!」
「あ、それのこと」
すっかり頭から抜け落ちてた。
アウル君が不合格になるなんて思ってもみなかったから。
「だから、それ!まだ有効かって聞いてるんだよ!」
「あの、それって」
「あっちの試験は不合格になるし、もうこんな時期じゃあどこも編成は終わってるし!僕はどっかに所属しなきゃいけないしで!仕方なく、本当に仕方なくだけど」
「このギルドに、入りたいって言ってるんだよ!!」
呆気にとられたのは、一瞬。
あたしは。
「それで、どうなのさ?」
なんでだか、肩で息をしてるアウル君の。
「そんなの」
その手を掴んで。
「決まってるじゃん!」
「あ、おい!」
絶対逃がさないって気分で。
「みんな!朗報!!」
パドちゃん、キリエちゃん、カク先輩。
「紹介するね!!」
遠巻きにそのやり取りを眺めてた、みんなの前に。
「あたしの知ってる中で最高の魔術師で!回復役が出来て!」
引っ張り出す。
「五人目の!ギルドの仲間!アウル君!!」
こうして、連なった最後の署名と、最後の仲間。
前回は中断されたけど、今度こそ、ほんとのほんと。
「これが、あたしたちのギルド!!」
これにて、結成!!




