三頭犬、食い扶持を稼ぐ 4
包囲は、抜けられた。
抜けられた、けど。
「追ってきてる!」
それで終わり、なんてそう都合よくは行かない。
あれで諦めてはくれたりは、しなかったらしい。
「このままでは追いつかれるのである!」
アニキ君の言う通りだった。
あたしも足は速い方だけど、獣よりも早いはずもなく。
振り返って、あたしたちを追ってくる魔物を視認する。
狼型の、魔獣。
確か、冒険者用の教科書で見た覚えがある。
「ウェアウルフ!」
特徴は、群生、高い知能、高機動、人に懐かない。
それから、えっと。
「火に弱い!!」
「我ら火は吐けぬのである!!」
「それなら!」
走りながら、印を切って魔力を練り。
「篝火!」
振り向きざまに、魔術を解き放つ。
火の基礎魔術、篝火だ。
(これで!)
あたしの放った魔術は、背後の魔獣に向かって膨れ上がり。
あっさり避けられて、そのまましぼんで消えてしまう。
怯ませるどころか意にも解されなかった。
「うそー!」
「意味がないのである!」
基礎魔術じゃ、コケ脅しにしても威力が全く足りてない。
「……シズク、もっと、別の魔術は無いのか」
「一応、初級魔術の勇火も使えるけど!」
「けど?」
「一回立ち止まって、魔力練って、二節分の詠唱がいる!」
「それは使えるとは言わぬのである!」
言ってる間に、群れの中から突出した二匹が、すぐ背後まで追いついてくる。
「やば!」
「させぬ!!」
アニキ君が素早くあたしと狼の間の割り込み。
「『魔導障壁』!」
詠唱の瞬間、不可視の障壁が創り出され、二匹魔獣の侵入を阻んだ。
「ありがと、これなら……」
「駄目である!」
「……強度に問題はなくても」
「今の我らでは、そう長く維持ができないのである!」
アニキ君達の言葉通り、障壁は数秒もしないうちに勝手に崩れ落ちて。
「うわーん!」
あたしは、結局必死に足を動かすしかなくなる。
「森の出口まであとどれくらい!?」
「まだ、結構ある!」
一番奥で囲まれたのが響いてる。
いや、きっとあたしが森の奥の奥まで足を踏み入れるのを待ってたんだ。
「どうしてこうなるのー!」
この森は安全だって言ってたのに!
「次が来たのである!」
背後から同時じゃあ壁に防がれるって学んだらしく、今度は左右から挟撃だった。
「シズク殿!」
「大丈夫!」
視線を巡らせて、一瞬で判断をつけて、
「左、お願い!」
「心得た!」
契約紋のおかげで、意思疎通は問題無い。
「――――!!」
凶悪な牙を剝き出しにして、こっちに襲い掛かってくる魔獣。
けど。
「てりゃ!」
その鼻先に店主さんから貰った粉袋を投げつける。
「ギャウ!」
見事、命中。
あたしのことをただの獲物だと侮っていた魔獣は思わぬ反撃に叫びをあげて鼻を押さえて、それ以上は追って来なくなる。
「ガァ!」
もう片側の方は、アニキ君達がきちんと弾いてくれる。
よし、この隙に。
「逃げるよ!」
「……うん」
「賛成!」
「合点である!」
お母さんは言ってた。
逃げるが、勝ちと。
「なんとか、今みたいな感じで」
なるべく戦うのは避けて。
「森の出口まで、ごまかしていけば」
前後左右を警戒しながら、走る。
◇◇◇◇
それから途中、何度か小さい衝突はあったけど、向こうも警戒の色を強めたのか、遠巻きからこっちの隙を伺っているような様子で、あんまり積極的に襲っては来なくなった。
「もう少し」
あたしは、油断はしてないつもりだった。
「もう少しで」
ちゃんと注意して、走ってたつもりだった。
「多分」
けど、あたしはこの森に入るのは初めてで。
「出口の、はず」
相手は、魔物であっても狩りを生業とする者で。
「う、そ」
あたしは、警戒が、足りなかった。
「行き、止まり」
真っすぐ、出口に向かって走ってた、つもりだった。
なのに、走って走って、行きついた先は。
「崖に、なってる」
それほど高いわけじゃない、けど。
今から準備もなしに上るには、難しい。
まずい。
追い詰められてたんだ。
「シズク殿!」
そして、当然ことここに至って、それまで遠巻きだった魔獣たちが、じりじりと包囲を狭め始めていた。
(しまった)
あたしは息が上がり始めてるし、アニキ君達も消耗してる。
向こうがまだこっちを警戒してるから一気に襲ってはこないけど、これは。
「……本当にまずいかも」
控えめに言って、絶体絶命ってやつ。
「アニキ君達『咆哮』もう一回出来る?」
「出来はするのである。しかし、あのように警戒されていては効果は薄そうなのである」
「そう、だよね」
さっきのはあくまで奇襲だから上手くいっただけで、もう多分あそこまで上手くはいかない。
「…………」
一度目を瞑って、ゆっくりと息を吸って。
そうして、息を吐く間に覚悟を決めて、剣を握りなおす。
「みんな、防御、お願い」
「シズク!?」
「やるしか、ないみたい」
勝算は、あんま無し。
一匹二匹なら対処できるけど、一斉に掛かられたらアニキ君たちに頼るほかなくなる。
それでも。
「諦めてなんて、やるもんか」
逃げる隙くらい、どうにかしてやる。
「あたしだって、冒険者の端くれなんだ!」
そのあたしの叫びが引き金になって、戦端が開かれる。
魔獣が意志を統一して、一斉に襲い掛かろうと牙を剥き、地を蹴ろうとする。
その、瞬間だった。
「『風刃』」
三本の風の刃が頭上から降り注いで、三匹の魔獣を切り裂き。
「よく吠えたな、後輩」
同時に、あたしの目の前に一織の影が飛び降りてくる。
「水棲亭の店主の依頼でお前の救援に来た」
身体を黒一色の装束で固めた、その人は。
「俺の名はクゲタチ・カクガネ。お前と同じ学園の支援科の四年だ」
そう、名乗った。




