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三頭犬、出会う

 

 懐かしい香りがする。

 それが、最初の感想だった。


「あ、れ」


 木の香りが鼻腔をくすぐり、次いで、パチ、パチという火のはぜる音に耳がピクリと動く。


「あ、れ」

「レフト、起きたのであるか」

「兄者?」


 薄ぼんやりとした意識のままで隣を見れば、そこにはどっしりとした姿勢の兄者の姿があった。


「命拾いしたようなのである」

「……そっか」


 ボクはそっと部屋を見回す。

 薪のくべられた暖炉に、照明の掛けられたレンガで出来た壁と、清潔な絨毯。

 明らかに人の手の入った空間だった。

 ボクたちが納められているのは、毛布の敷き詰められたバスケット型の篭の中で、

 そして。


「あ」


 木の椅子に揺られるようにして、毛布に包まって眠る彼女がいた。


「あのときの」


 まさしく、ボクが気を失う前に見た、あの子だ。

 年齢は十五歳くらいだろうか?

 明るい色の髪を結い上げて結んだ少女。


「あの子が助けて、くれたんだ」

「そのようであるな」


 言いながらも、兄者は何故かその子のほうを見なかった。

 いつもの兄者らしくない態度に、ボクは思わず。


「兄者」

「なんであるか」

「いや、そのなんていうか」

「…………」

 

 兄者はボクの問いかけにも、ぶすっとした顔で答えずどこか不機嫌な様子だった。

 こういう兄者は本当に珍しい。

 なにか、いいたくないことでもあるんだろうか。


「あ、起きたんだ」


 そんなことを考えていると、頭上から影が下りてきて声が聞こえた。


「あ、あの」

「ん?」

「ありが」

「よーし、どうしたんだ」

「あれ」


 ボクの声が聞こえていないかのように、最後まで聞かずに頭を撫でられる。


「や、その」

「まだ立っちゃだめだよ」

「あの」


 言葉、通じてない。


「当たり前なのである」

「え?」

「我らは魔獣である。普通の人間相手に、言葉は通じん」

「それじゃあ」


 お礼も、言えないのか。

 しゅんとするボクに、兄者は素っ気なく言った。


「それは違うのである」

「え」

「礼は言えるのである。言葉が意味として通じずとも、言わぬ理由はないのである」


 言われて、はっとする。

 兄者の言う通りだ。


 例え言葉として伝わらなくても、鳴き声にしか聞こえなくても。

 言わない理由にはならない。


「ありがとう」 

「ん」


 ボクの鳴き声に返事するみたいに、ちょこんと、ためらいがちに頭を撫でながら。


「はやく良くなるんだよ」


 彼女は、優しい声でそう言うのだった。

 

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