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決して消えないものならば


「では、本日の講義はここまでとする」


「…………」


 ノートを閉じて、筆記用具を鞄にしまって。

 

「あーやっと終わったー」


「ギルドの申請、なかなか通らないですね」

「仕方ない。地道に。やる」


「外出許可とってどっかいく?」


「二年のギルドにスカウトされちゃってさー」


「…………」


 聞こえてくるのは、楽しそうな同級生達の声。

 先生の退室した後の講義室を包んでるのは、解放感とかで。

 けど、あたしが感じてるのは周りみたいな明るい気持ちじゃなくて。


 それは、ちょっとした。


(やめよう)


 言葉にしたら、また落ち込みそうだから、喧騒の中を一人席を立って講義室から出ていく。

 声をかけてくれる人は、当たり前だけど誰もいなかった。


 あたしの気持ちみたいな灰色の空の下で、今日もなんとか一日が終わる。


(あーあ)


 自室に戻っても手持無沙汰だしで、足はとある場所に向かっていた。


(なにやってんだろ、あたし)


 学園の裏にある森のちょっと開けた広場みたいな場所。

 そこは、何があるわけでもないんだけど、なんとなく落ち着く場所だった。

 多分、家が田舎にある森の中だったから、こういう所が自然と落ち着くんだと思う。


「……帰りたいなあ」


 馴染みの切り株は、ここに通ってるうちにとっくに見つけてある。

 あたしは、そこに座り込んで、頬杖を突きながら森の音に耳を澄ませる。


 ああ、やっぱり、こういう方が落ち着く。


「…………」


 学園に入って一か月くらい。

 そろそろ色々なことに慣れてもいい頃なのに、いまいち、馴染めない自分がいる。

 勉強も訓練も、ついては行けている。むしろ、授業は知らなかったことを知れるから楽しいくらい。


 だけど。


「……むう」


 友達の作り方だけは、お母さん、教えてくれなかったしなあ。

 だから、こうして放課後は時間を持て余すことが多い。


 寮生活だし、お金もあんまりないから外出の許可もまだ一度も取ってない。

 街のほうに興味はあるけれど、一人で外出届を出してまで行くのには気が引ける。


「家にいた時は、街ってのに興味津々だったのになあ」


 身勝手かもしれないけど、こうしてみれば今はひたすら故郷の森が恋しい。

 けど、それ以上に。


(やっぱり一人は)



「あら」



 ちょっと自分の中のネガティブに没頭しすぎてて、その足音と声が聞こえるまでその気配に気が付くことが出来なかった。


「誰かいらっしゃるとは思いませんでした」

「あ」


 不意のことで数秒固まってしまう。

 はっとするような美人だった。

 束ねられた長い黒髪に、オーブのような紅の瞳。ミステリアスな雰囲気の中に理知的な色が宿ったその瞳には、はっきりとした見覚えがあった。


「えっと、あなたは確か」


 そう、あれは確か入学の時、壇上で。


「会長、さん」


 目が、合ったのを覚えてる。


「ふふふ、覚えていただけてるとは嬉しいですわ。あなたはシズクさん、でしたかしら?」

「うぇ”」


 不意打ちに、思わず変な声がでちゃった。


「な、なんで、あたし、なんかのこと!」


 あたしが会長のことを知ってるのは、別に不思議じゃない。壇上で挨拶してたし、目立つ美人さんだし、一度見たら忘れないよな強烈な印象の美人だし。


 けど、逆はおかしい。

 あたしは今年はいったばかりの、それも目立たないような新入生なんだから。


「もしかして、一年生の顔と名前、全部覚えてたりするんですか!」


 それなら、あたしのことを知ってるのも無理はない。無理はないけど、いくら何でも凄すぎる。けどこの人ならやりかねないと、そんな印象の人なのだ。

 けど、会長さんはクスクスと笑ってそれを否定した。


「まさか。そんな無意味なことは致しませんよ」


「で、ですよね」


 間違いにちょっと恥ずかしくなって赤面してたあたしに、会長さんは追撃でもするかのように続けた。


「あなたのことは、なんだか気になって調べていただけですわ」

「え、それって」


 どういう?


「ふふふ」


 会長さんは笑っているだけで、答えは返してくれない。


(冗談、なのかな?)


 きっと、笑ってるからそうに違いない。

 だってそもそも、あたしに注目されるようなことなんて一つもないんだし。


「それで、こんな所で何をなさっていたのですか?」

「あ、それは」


 あたしは少し言い淀んだ。この人に、ぼっちだって知られたくなかった。初対面だし、恥ずかしいし。


「……あたし田舎の出身で。ここに来ると、故郷のこと思い出すんです」


 だから、嘘でも本当でもないようなことだけ言ってその場は逃げた。


「あら、そうでしたの」


 会長さんが私のことを疑った様子はない。

 嘘ついたわけじゃないけど、ちょっと、罪悪感。


「それで、あの、放課後はここに寄って、ちょっと剣とか振ってから帰ることにしてるんです」

「うふふ。自主練とは感心ですね。けれど、今日はやめておいた方がいいと思いますよ」


 会長さんがふっとあたしから目線を切って、空を見上げる。


「雨、降りそうですから」

「あ」


 会長さんがそう言うと同時にぽつりと、鼻の頭を雨粒が打った。


「やば」


 教室からこっち、直接来たから傘なんて勿論持ってない。


「急いで戻らないと」


 こんな時期に風邪でも引いたら大変だ。

 そんな慌てるあたしのことを見て、会長さんはクスクスと苦笑しながら。


「よければ」


 パン、と手を叩くと。

 いつの間にかその手には傘が握られていて。


「へ、あれ?」

「入っていかれますか?」


 優雅に、そう微笑んだ。




◇◇◇◇



「シズクさんはまだ基礎課程ですよね?将来は剣士を志望で?」


「はい、あ、いえ。えっと、あの」


 最初は断ってたのに、いつの間にか、あたしは会長さんの傘に入って、会長さんの隣で、会長さんと並びで、寮への帰り道を歩いている。


(あれ、あれー?)


 あたしは頭に疑問符を浮かべたような状態で、色々と、いっぱいいっぱいになっていた。


「……どう、でしょう。まだ自分が何に適正あるかなんて、分からないですし。一応、基礎魔法は全部覚えられましたけど、ここからどういう道に進むのかはまだ、ちょっと。あ、けど」


 あたしは、腰につけてる短剣をそっと撫でる。


「それでも、剣は手放さないかな、とは漠然と思ってます、お母さんから教わったのも、主には(これ)、でしたから」

「そうですか」


 会長さんが、近い。


「とてもいいと思います。そういう心根は」


 やっぱりちょっと恥ずかしがりながらも、それ以上に、断然この人にそう言われたことが嬉しかった。


「あはは。ありがとうございます」


 こんなにも美人で見た目は少しクールで怖そうな感じの人なのに、いざ話してみると、なんだかとても話しのしやすい人だった。


(なんでだろ)


 この人と話してるの、少し心地がいい。懐かしいというか、なんというか。

 自分でもよく分からないけど、相性みたいなのがいいのかもしれない。

 それとも、会長さんが異様に器が大きくて話しやすいタイプの人なのかな?

 よく、分かんないや。


「それで、会長さんはなんでこんな……」



「クゥーン」



「え?」


 聞こえた。


「……鳴いてる」

「どうなさいましたか?」

「行かなくちゃ」


 あっちの奥。

 もっと



「あ、ちょっと、シズクさん!!」


 その、どこか魂を揺さぶられるような唐突な鳴き声に、あたしは居ても立ってもいられなかった。

 自分が濡れることも厭わないで、冷たい雨から私を遮ってくれていた傘の下から、飛び出す。


 よく、分からない感覚だった。


「はぁ、はぁ」


 すごく遠くから聞こえた、あんな弱々しい声があたしの耳に届いたことも。

 今まで感じたことないようなこの焦燥も。


「はぁ、はぁ、あ」


 そこにいる、なんていう、確信も。


「大変」


 頭が三つもある、赤毛の子犬、だった。

 見たことない、多分、魔獣の種類なんだと思うけど。



 あたしは、その子に駆け寄って、その雨に濡れて、冷え切った体を抱きしめる。


「こんなに、弱って」


 ぐったりしてる、以上に、弱り切ってる。

 まるで、その体に灯った命の火が風に煽られて、消えかかってるみたい。


「……そっか」


 けど、そんな中で、そのうちの一匹が。


「……クゥーン」


 鼻をならして、擦り付けて、必死に訴えているみたいだった。

 生きたいって。


「……生きようとしてるんだ」


 あたしは決意する。

 この子を、絶対に助けるんだって。


「シズク、さん」

「会長さん」


 この人は、急に駆けだしたあたしのこと、心配して追ってきてくれたんだ。

 偶然に出会ったばかりにあたしのことなんて、無視しても、よかったのに。


「会長さん、あたし」


 そんなあたしの内心とは裏腹に、口が、意志を言葉にしていた。


「この子を、助けたい」

「……!!」


 会長さんは一瞬、すごく驚いたような顔をしたけど。


「……お任せください」


 すぐに、真剣な顔で応じてくれる。


「多頭種。魔獣の子供、でしょうか」

「多分。けど、すごく弱ってる」

「……この雨で体力を失い、それに伴って魔素の漏洩を起こしたのでしょう。少なくとも、このままでは危険ですね」


 そう言うと、会長さんは傘を手放してパン、と柏手(かしわで)を打つ。そうすると、その手の中に赤い液体の入った瓶が。


「ひとまず、この薬を飲ませてあげてください」

「……どの頭に?」

「多頭種であるならば、基本的には中心で良いかと」


 薬瓶を受け取って、あたしは慎重な手つきで中央の子の口の中に薬を流し込む。

 飲んでくれるか心配だったけど、喉が鳴って、ほんの少しだけ薬を飲んでくれた。


「あとは、すぐに医務室へ」

「えっと、ごめん、場所、どこ?」

(わたくし)が先導いたします。なるべくその子を濡らさないようにして、ついてきてください」


 会長さんはそう言うと、自分が濡れるのも構わずに学園の敷地内に向けて走り出した。


「ありがとうございます」


 会長さん、凄くいい人だ。


「……待っててね」


 あたしは、上着とかを駆使して抱き込むようにしてその子たちを抱えあげて、会長さんの後をついていく。


 どうしてか、その体はとても冷たいのに。


(本当に、なんだろう)


 小さな炎でも抱えているみたいな。

 そんな、不思議な感覚だった。


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