志の低いヒーロー
俺は闇夜にかけるヒーローである。
英雄である。
そんな感じで言えば聞こえはいいものの、対して高い志など掲げてない自堕落なヒーローだ。淡い期待や求める英雄像など期待せぬ事だ。なんなら世界を震撼させるような、それこそ世界など簡単に滅ぼせるような的と戦う直前には毎度の如く、別にこんな世界滅んでもいいのではないかと思っているのだ。数多く描かれるヒーローのうち、多くはそれが悪でも善でも貫き通すと心に決めた信念らしきものがあるようだが俺にはそんなものはないのでそんな物騒な思考になるのである。
だがちゃんと真面目に世界を守れと言われてもそれは土台無理な話だ。何故俺が見ず知らずの誰かのために強大な敵へと立ち向かわなくてはならない。もっともな理由があるなら教えて欲しい。
まあ、綺麗事を並べられるのはお断りだけど。というか他人が他人の意志を変えようと説得する言葉など俺には全て綺麗事にしか聞こえないから、結局他の誰かの指図など受けたくないというのが本音なのだけど。
そもそも、俺がなりたくてヒーローになってるわけじゃないし。他にもヒーローに憧れてる人はたくさんいて、しかしそれを差し置いてお前が選ばれ、お前しか正義を執行出来ないのだからグズグズ言わずにやれ。というのが俺の脳内世間評価なのだが、そんなこと知ったこっちゃないのだ。
俺はヒーローである以前に人間として不完全なのだ。
こんなの考えるに値すらしないわかりきったこと。
そもそも俺は実害が及ぶ前に敵と戦わなくてはいけないから俺の活躍を知る者は現れるはずもないし、これからもきっと現れない。これが実害が出たとて世間の目がある中で歓声でも罵声でもあびせられながらの戦いなら俺も少しはやる気が出たのだろうが、悲しいかな、影で暗躍する平和の担い手こそ我らがヒーローは1人寂しく戦いに勤しむだけなのである。
むしろ今まで俺がこの地球を守ってきたことに自画自賛をしたい。我ながら賛美の嵐。ただ何となく敵を倒せる能力があるから、あるなら使おうという昔からのもったいない精神が謎に発揮されただけ。少しでも気が変わってたらこの地球は敵によって跡形もなく消し去られていただろう。
こんなの他人に言っても可哀想な奴の戯言だと受け流されるだけだろうし、第一話しかけれるような相手など俺には存在しない。
最初こそ他人と変わらぬ日常生活を送りながらも強力な力を秘めている状況に酔ったりしなくはなかったけれど、それはあくまでいつかバレることを期待していたが故の高揚感であっただけに過ぎず、俺が酔いから覚めるのにはそう時間がかからなかった。
これは恥ずかしい話であって考えるのも恥ずかしいけれど、以前の、力も何も持たない俺は、自分がどこか特別だと思っていた。能ある鷹が爪を隠しているのだと、能あるはずの鷹らしきものが深爪をしているのだと、そう思っていた。実際、あれほど妄想していた能力を手に入れてみてどうだろう。こういうのは妄想するから面白いんだと思わざるを得なかった。
どこまでいっても望むのは自分のいる場所の、背伸びしてもギリギリ届かないところで、それは自分の場所がどれだけ高い場所へと上がろうと変わらないと思う。そう、自分に括り付けられた釣り糸の先につく餌を永遠と追いかけ続けている感じ。
事実、俺は能力を手に入れた次週には、今度は何かしらの手違いでコミュ力が手に入らないかな、と授業中に思っていたくらいだった。
ここまででわかった通り、死ぬのが怖いから戦ってるわけでも、守りたいものがあるから戦っているわけでも、ましてや正義のために戦っているわけでもない。戦ってもなんの意味もない。
自分が特別な存在になるわけでもなく誰かに認められるでもない。俺だってこんな物語の中みたいな経験をしているヒーローなのに、来週には進路のプリントを提出しなければならない。俺が戦うのを辞めれば進路なんて考えるのは無駄なことなんだぞ、と内心悪態つきながら先生の問答をさながら海を漂う昆布の如くゆらりと受け流している。
まあ、ハッタリなのだけど。
ならばなんのために戦っているのか。
例えば昨日。この地球を魔の手から救ったのは、今シーズン気になってるアニメがあったからだけであったりする。なので地球を救ったのは良質なアニメを提供してくれるアニメ会社の方たちとも言い換えられるわけだ。
例えば先週。次の日がお小遣いの日だったから地球の崩壊を阻止しただけであったりする。それとは別に、下校途中イチャイチャするカップルを見て、こんな奴らがのうのうと生きてくのであればいっその事この地球なんて崩壊した方が人類のためなのかもしれないという考えが脳裏に過って割と本気に検討していたりする。
ギリギリの拮抗を保ちながら人類は生かされている。せめて俺が明日を生きようと思える活力を貢ぐぐらいはしてほしい。別に陰ながら活躍するヒーローじゃなくとも当たり前にその権利は有してるはずなのに、当の俺は権利が十分に効力を発揮しているとは到底言い難い。おかしい話だ。
いつ終わったって俺は構わない。
こんな世界なんて、未練なんてない。
こんな世界に何も求めてはいない。
だがいざ俺が終わりを決めれるとなると、なんとなくもう一日、と思ってしまう。望んでいたことでもあるはずなのに、夏休みの宿題みたいな感覚になる。この気持ちを分かりやすく言うなら、なんだろうか、あれだけ欲しいと思って買ったのに手に入れたという事実だけに満足して結局そのまま、みたいな。まあ、的は得ていないけど、かと言って外れすぎてもいないか。
さて今日は連日で出勤か。
ここ最近頻度が以前よりも増しているし俺の戦闘力が追いつかなくなっているのが懸案事項ではあるが、しかしどうしようもないって訳でもない。
今日はどうしようか。
今日は何を理由に生きていこうか。
参ったな、思いつかないぞ。
見たい漫画は今のところ無いし、気になってるTV番組も無い。そして明日は定期テストときた。いよいよ地球滅亡が現実味を帯びてきたぞ。視野に入れてかなければ。
どうしようかな。
そこまで考えておかしくなった。まるで俺が明日生きるための理由を探しているようだったから。理由があるから明日を生きようとするのではなく、明日を生きたいから理由を探しているようだったから。俺は思わず笑ってしまったのだ。ちゃんちゃらおかしいではないか、さっきまで世界なんてどうでもいいと言っていた男が無意識に生きようとしているなんて。
だから俺はそんな俺を否定した。
特に理由もなく──理由があるとすれば意地だった。大した価値なんて見いだせない人生に執着してしまう己の弱さを否定するための、そこを譲ってしまえば、生きることに意味があることになり、尚更俺みたいな人間が生きづらくなってしまうことがわかっている上での、しょうもない俺の最後の防衛ライン。
世界なんてどうでもいいとニヒルぶった態度をとっていた俺が実は必死に生きる意味を探していたなんて笑い話にも程がある。
何より恥ずかしい。
なら、戦う意味が見いだせなかった俺が、脅威に立ち向かわずに滅びの運命を受け入れたのかというと、それは嘘で、持てる力を出し切って退けた。意味もなかったのに俺は戦ったのだ。
俺はこれまたおかしな話で、今まで毎回律儀に戦う意味を──それこそアニメが気になるとかそんな程度の──を設定していたのだが、今回は一体どういう要件で俺は戦ったのだろうか。こういう無意味なところで俺の変な神経質な性格が出てくる。
ハッキリさせたかった。
考えたがやはりわからない。
そういえば俺は、地球を終わらせたくない理由もなければ、別に地球を終わらせたい理由もなかった。どっかの敵役みたいにこの世の在り方は間違っている、みたいな崇高な考えなど抱いた試しがない。人間、やらなくてもいいけどやってもいいよと支持されたらどうするか考えてみた。いや少し違うか、この場合、現状の維持かその終わりか、が選択肢に挙げられている。だとすると見えてきたかもしれない。
俺は基本的に事なかれ主義者だ。
とすると俺は変化を避けているのではないだろうか。
うーん、何か違うな。壮大な演説に入ろうかと検討したけれどいまいち確信の得られるものじゃなかった。
などと考えていると連続で世界の敵が突如として猛威を振るってきた。今処理し終えたばかりなのに、一日で連続してくるのは初めてのことだ。ただでさえ頻度が高くなっているタイミングで連続での襲来。更に、確実に強くなっている。最初の頃の余裕は今や失われ、この戦いは敗北を覚悟して挑まなければいけないかもしれない。
ちょっと待てよ、俺が何故覚悟しなくてはいけないのか。俺が勝つも負けるも関係ないではないか。俺の背中は全人類の期待が乗っかるほど大きくなく、かつ、俺の心の器も知らぬ人への罪悪感が入るほど広くない。
ここらが引き時かもしれない。
無理な相手なら黙って傍観していてもいい。
全人類のために身を張るなんて馬鹿らしい。
子供の頃から諦めは早い方だ。
そもそも俺が戦うこと自体が、都合よく利用されてるみたいで癪だ。
そうだ、元々世界なんて俺が最初に戦った日になくなる運命だったのだから、今はボーナスタイム中とも取れるわけで、そうなるとそろそろ終わりが妥当かも。
だけど俺は戦った。
理由なんてよく分からない。ただ言えるのはあんな思考してたけど、最初から多分戦う結論は出てたということ。その理由すら分からない。
また訪れる敵にもボロボロになりながら戦った。理由を求めて戦った。戦う理由を──生きる理由を、戦うことで──生きる途中で探した。見つける時間が欲しくて戦った。まるで理由は存在しないのではなく、どこかに理由は埋もれているのだと言わんばかりの物言いには我ながら驚いている。
そして俺は世界があり続ける理由は、俺が生きる理由は、生きる理由を見つけるために生きるのだと、戦うのだと気がついた。だったら俺が今戦っているのにも説明がつく。腑に落ちる。納得がいく。
きっと俺が今考えていたみたいに、生きる理由をみつけようとするために俺は生きているんだと、生きようとしているのだと思った。ならば、俺に生きる意味がなくたって戦っていいのだ、生きてもいいのだ。そう強く肯定された気がした。
今まで見えない誰かに否定されていた気がしていたんだ。お前が生きる意味を持たないのならば生きる必要は無いと。その誰かというのは他ならぬ自分で──だけど違うんだ。別に意味なんてなくても堂々としてていい。
俺が懲りずに立ち向かっているのは、成程、そういうわけだったのか。気がつけてよかった。こんな状況にならないと気がつけない俺のことを、俺もどうかと思うけど。
つまらない理由をつけて生活が退屈だと文句をつけたあの日も、何も上手くいかなくて不貞腐れたあの日も、全てが報われなくて全て投げ出したくなったあの日も、どの日も生きることに全力だったのだ。そう、全力だったはずなのだ。
俺は中々に手強い脅威に向かって飛びかかった。
その姿は紛うことなきヒーローだった。
そして、それよりも先に、紛うことなきただの人間だった。ただの腐った立派な人間だった。