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竜と少女は巡り合う

 ─────……うん?なんだ……?体が痛くない?怠さも無くなってる?


 エンシェントドラゴンとの死闘の末、棲家を追われた上、命も尽きようとしていたはずのドラゴン……色欲のヒメルファレンドラッヘと呼ばれているレーヴォルグは、先程までの痛みや苦しさがなくなっていることに気づき、ゆっくりと閉じていた瞼を開ける。

 視界に入るは月光に照らされる色とりどりの花々と、月光を反射する川の水面。

 穏やかな風が頬を撫ぜる感覚を覚えながら、体をゆるりと起こし、辺りを見渡した。


 ─────……オレ……生きてる?なんで?かなりのダメージだったし、意識も無くなっていくのわかったし、口からも大量の血が出るし、体も全然動かなかったし、持ち合わせている治癒力も、全然追いつく気配がなかったのに。


 “しかし、自分は生きている”……あまりにも予想外の展開に、レーヴォルグは混乱する。

 竜種の回復力を以ってしても治すことができない致命傷が、なぜ治っているのか。

 回復魔術など使えない自分が、なぜ今もこうして生きていれるのか、いくつもの疑問を浮かべながら、月夜が見下ろす穏やかな花畑と流水を眺める。


 ふと、そんなレーヴォルグの聴覚をゆるく刺激するように届く声があった。

 声が聴こえるのは今いる場所からそれなりに離れている場所。

 穏やかなメロディーに乗せて、紡がれている言の葉から、どこかで歌を歌っている存在がいるのだとすぐに理解できた。

 歌声の高さから、おそらくは雌のものと思われる。


 ─────……こんな夜中に外で歌を歌う雌がいるのか?声の波長や、歌声が聴こえる方角にある気配から、同族の雌じゃないみたいだが。


 普段ならば気にしない気配。だが、もしかしたら自分を助けてくれた存在がいるのかもしれない。

 自分のような存在を助けるような雌がいること事態珍しいし、いったい何がこの先にいるのか。

 湧き上がる好奇心に身を任せ、レーヴォルグはゆっくりとその場に立ち上がる。


〔ゲッ〕


 その瞬間見えた体の下にあった血溜まりに、思わず表情を歪めた。

 未だに乾いておらず、水気のせいでぬらりと赤く光る草花は、自身が負っていたダメージがどれほどのものであったかを物語る。

 こんなことになっていたのか……あまりにも凄惨な状況になっている小さな命を眺めながら、少しだけ顔を青くする。


 ─────……ごめんな、お花ちゃんたち。オレの血でとんでもないことにしちまった……。え?これ大丈夫か?死んだりしない?それとも死んでる?オレが潰しちゃったお花ちゃんたちは死んでるかもしれない。


 ふつふつと湧き上がる罪悪感に苛まれ、レーヴォルグは内心で謝罪する。

 だが、自身は命を奪うことや壊すことはできても、命を与えることや治すことはできない。

 それらは全てエンシェントドラゴンの役割であり、破壊に特化しているレーヴォルグらには備わっていない機能なのである。


 ─────……この歌声の主である雌が治すことを得意としてる雌なら、お花ちゃんたちも治せないか聞いてみよう。話を聞いてくれるかはわからないが。


 自身が周りから疎まれている存在であることは、嫌と言うほど理解していた。

 実際、レーヴォルグはいくつか国を滅ぼしたことがある厄災竜であり、多くの命が逃げていく。

 たまに挑んでくる命もあるが、それらは自身が生きるために滅ぼしており、厄災竜と呼ばれる所以の一つにもなっていた。

 色欲の力を持ち合わせている……と言うのも否定はしない。何度かそれを使って、人間を狂わせたこともあった。

 ゆえにレーヴォルグの悪名は世界中に広がっており、例え子供であったとしても、悪名高い厄災の名を知っている。

 つまり、レーヴォルグに攻撃する気はなくても、近寄っただけで相手に逃げられるか、恐怖を振り払うためだとか、自身の栄光を高めるためだとか、自身の名を世界中に知らしめて、永遠の名誉を得るためだとか、そんな理由から攻撃されてしまうと言う二択しか存在していないのだ。


 ─────……オレを助けてくれた子なら、話を聞いてくれる可能性ある?いや、でもな……見ての通りオレは図体がでかいし、明らかに宿してる力はおかしいし、世界中にこの国薔薇(こくしょうび)は知られちまってるし……無理か?


 もし逃げられたらどうしよう……とりあえず、軽くどこかを咥えるか、押さえつけるかして逃げられないようにするべきか……?

 さらに嫌われること待ったなしと言いたくなるようなことを脳内に浮かべながら、レーヴォルグは歌声の方へと足を運ぶ。

 すると、視界にあるものが見えてきた。小さな魔物たちの群れだ。

 今いる場所がどこなのかは知らないが、この地域に住んでいる生き物たちであることは間違いないだろう。

 そして、その魔物たちの群れの中心に、別の生き物の影がある。

 その影はレーヴォルグもよく知る生き物の影だった。

 時に自身から逃げていき、時に自身に挑んでくる……どちらかの行動を取る知恵を持つ生き物、“人間”だ。

 人間が魔物たちに囲まれている。だが、別に襲われている様子はなく、むしろ魔物たちはどことなく楽しげな様子を見せている。

 おそらく、辺りに響くこの歌声が原因だろう。

 穏やかなそれは、魔物たちに囲まれている人間が発生元だったのだ。


 ─────……この魔力……水のフォルスティアが大半を占めてるな。この子、水属性の力を得意としてる子なのか。


 “だとしたら、オレを回復してくれた可能性が高い”と考える。

 なぜならレーヴォルグは知っていた。水属性の魔術の中に、回復魔術がいくつか含まれていることを。

 それを知った経緯は、自身を討伐しにきた人間の中に、水属性を得意とする魔術師と手を組んでいる人間を見たことがあるからと言う殺伐とした理由なのだが、いつものことだし、別に気にしていない。


 ─────……頼むから逃げたり剣を向けたりしてこないでくれよ。


 そんなことを考えながら、レーヴォルグは人間の雌を囲う魔物たちの群れに近づいていく。

 魔物たちがこちらの気配に気づく様子はない。辺りに流れる歌声に、全員が聴き惚れているようだ。


 ─────……ここまで近づいて気づかないって、この魔物たち大丈夫?ちゃんと生きていけるのか?普通こんなに竜種が近寄ったら悲鳴みたいな鳴き声をあげて全体的に散り散りになるだろうに。


 それだけ歌声が綺麗なんだなと考える。

 実際、近くまで来て目を閉じれば、まるで飲んだらすぐ体中に染み渡るような、飲みやすくて美味しい水を口にしたかのような清澄な気分に見舞われて、受けていたダメージも気にならない心地よさを覚えた。


 ─────……こんな歌声を持ってる人間がいるんだな。それとも、人間の雌はみんなこんな感じなんだろうか?ふぅむ……これまで人間の雌にあったことなかったからよくわからない。


 魔物たちの群れから少しだけ離れた位置に座り込み、無意識のうちに歌声に聴覚を傾ける。

 話しかけるつもりだったのだが、あまりにも心地良い歌声を止めるのはなんだか勿体ないと思ってしまい、言葉を飲み込んでしまった。

 こんなことを考えるとは思わなかったな……と独りごちる。

 だが、すぐにその思考を閉ざし、瞼を閉じて少女の歌声に聴き入る。


「ピィ!?」


「!!」


「みぃ!?」


「みぃ!!みぃにゃあ!!


〔あ、ちょ!?キミら静かに……〕


「ぎゃう!!がう!!きゃうん!!」


「きゅうん!!きゃいん!!」


 しかし、突如歌を聴いていた魔物たちが騒ぎ出してしまい、歌を聴いている場合ではなくなってしまった。

 どうやら、いつのまにか近づいていたレーヴォルグのことを視界に入れてしまったことにより、魔物たちがパニックを起こしてしまったようだ。

 近づくんじゃなかった!!とレーヴォルグの中に後悔が芽生える。

 こんなことになるくらいならば、もう少し離れた位置で腰を下ろし、歌が終わるまで待てばよかったと。


 小型の魔物たちがバタバタと慌てて辺りを駆け巡る。

 レーヴォルグに気づいた際に魔物が悲鳴のように鳴き声を出してしまったせいで、歌声は既に止まっていた。


〔ま……!!オレはただキミらと同じように歌を聴いていただけで……!!〕


 パニックを起こした魔物たちをなんとか落ち着かせようとして、必死に声をかける。

 だが、一度こうなってしまったら、生存本能が強い魔物たちが落ち着くはずもなく、1匹、また1匹とその場からいなくなってしまい、気づけば魔物は1匹も残っていなかった。


 ─────……ああ……やってしまった。


 完全にやらかしてしまったと理解し、レーヴォルグは頭を抱える。

 四足歩行の生き物が立ったまま頭を抱えるなど物理的に無理があるのだが、心境はまさにそんな感じだった。

 きっと伏せていたら、丸太のように太く、鱗に覆われたこの前足を、角の折れた自身の頭へと回していただろう。


「……まあ、ヒメルファレンドラッヘが知らない間に近くにいたら、臆病な生き物たちや、弱い生き物たちはこうなっちゃうよな。」


 あー………と間抜けな声を出して落ち込む中、レーヴォルグの聴覚を刺激する声がその場に響く。

 すぐに声の方へと目を向けてみれば、先程まで歌を歌っていたと思わしき人間が、魔物たちが逃げていった方角を見つめていた。


〔……キミ、逃げないのか?〕


 てっきり逃走していった群れの中に紛れて、人間の少女もいなくなってしまったと思っていたため、予想外のことに驚いてしまう。

 それに反応したのか、足元にいた人間は、ゆるりと顔を上げて、こちらへと目を向けた。

 その瞬間、レーヴォルグは目を見開く。白銀の髪に、グランディディエライトを思わせるブルーグリーンの瞳を持つ少女が、あまりにも美しかったために。




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