生卵ぶつけられて前世の記憶を思い出しました。
「レオン様に近づくんじゃないわよ!この泥棒猫!」
「そっ、そんな!私はただレオン様とお話ししてるだけで……」
「口ごたえする気?」
「あの方はライラ様の婚約者なのですよ!平民の分際で、身の程弁えなさい」
良く晴れた午後、学園の校舎裏で昼ドラの様な台詞が飛び交っていた。
数人の令嬢に囲まれた女生徒は先程から男を取ったと罵られている。
そして、激昂した令嬢の1人が取り出した生卵を女生徒に投げ付けた。
見事頭にクリーンヒット。
その瞬間、私は前世の記憶を思い出した。
平凡な女子高生の私は寝不足の末、フラついて階段から落ちて死んでしまった。享年17歳、なんとも悲しすぎる最期である。
この身体の記憶も混ざって頭が混乱しそうだが、どうやら生前友達がどハマりしていた乙女ゲームのヒロインに転生してしまったらしい。聞いてもないのに話していたから大まかなストーリーは覚えていてすぐに理解出来た。
只今、絶賛いびられ中。
でも生卵とは、
「ちょっとやり過ぎじゃないですかね?」
頭から卵の白身が顔に貼り付いてきた。
ギラリと睨むと令嬢達は一歩下がる。
だか、すぐに体勢を立て直し薄気味悪い笑顔を向けた。
「あらあら、薄汚い平民が何か言っているわ?」
「やだー、こっちに来ないで下さる?穢らわしい」
「いい気味ね、この事告げ口したらただじゃおかないから」
クスクス笑いながら、気が済んだのか令嬢達は帰って行った。
殴ってやりたいが、貴族に手を挙げることは出来ない。
この乙女ゲームのあらすじは、平民の少女ユーリが貴族が通う学園へ奨学生として入学し、様々なイケメンと出会い恋に落ちる。
学園内は平等だと言うが、そうでもないのが現状だ。只でさえ先程のレオンと呼ばれるキャラが攻略対象である公爵様ルートに入っているので、婚約者の悪役令嬢に睨まれている。
怪我がなくて良かったと思い、ハンカチで頭を拭こうとベンチに腰掛けた。
しばらくすると
「どうしたんだ!一体何があったんだ?君をこんな姿にしたのは誰か言ってくれ!」
どこからか例の公爵がやってきて、卵まみれの私を見るなり問いただした。
いや、そこは大丈夫かとか確認してよ。
強いて言うなら卵を投げつけられる前に来てくださいよ。
金髪イケメン、優しく正義感が強い彼は女生徒からの人気も高い。ただ、人の話をあまり聞かないし、思い込みの激しいところもあるんだよね。
「レオン様……いや、何でもないですから。卵を持った方とぶつかってしまって」
何でもなくわけないが、卵を持った方は本当だ。
今日、家から卵を投げつける為にわざわざ持って登校したのだろうか。頑張りが過ぎるし勿体ないだろ。
「あぁ、愛しのユーリ。きっとあの女の仕業だな。今まで情けを掛けてきたつもりだが、今回の事は許せない。待っていてくれ!必ず君を幸せにする!」
レオンは卵の白身が目に入りそうで、伏せ目にしている私が泣いていると勘違いしたのか、何かを決心する様に頷いた。
そして走って何処かへ行ってしまった。
「いや、普通こんな状況の女の子を置いてくの?」
転生に気づいてからレオンに対して何も感じなかったが、今ので完全に冷めた。
別れよう、付き合ってはないんだけど。
そもそも婚約者がいる男と、仲良くなる女がいて良く思わない人が大半だ。
前世でも、二股している男は非難されてたし、不倫の場合だと相手の方も慰謝料の請求をされていた。
とりあえず、距離を置こう。そして、学園内での評価は最悪なので、大人しく暮らそう。
ハンカチで、卵をあらかた取れたがまだ制服もベタベタしていた。殻も付いてたようで、黙々と取っていく。
せっかく可愛い制服なのに残念でしかない。
許すまじ。
すると頭上からタオルを差し出された。
「あの……大丈夫ですか?」
前髪が長く、メガネもかけてるせいか目元もよくわからないモブキャラ的な男子生徒が声をかけてくれた。
「ありがとうございます。本当、大丈夫なので気にしないでください」
差し出されたタオルは水で濡らして絞っていた為、物凄く有難かった。ベタベタがとれる!
「いえいえ、もしかして取り巻き達にやられたんですか?」
面白半分ではなく驚いて心配している声に安堵したのか涙が流れた。
「本当に気にしないでください。私に関わると貴方まで悪い噂が流れますよ」
言っていて惨めになってくると同時に怒りも湧いてきた。
卵を投げつけられたり暴言を吐かれたりしたのも最初は驚いたけど、ショックだったのかもしれない。
毎回ヒロインはこんなイジメに耐えてたの?
メンタル強すぎだよ。
「なっ泣かないで、どどどどうしよう」
目の前でオロオロしている彼にぶちまけてしまう。
「生卵ぶつけるなんて酷くないですか!?確かに私も悪い部分も有りました。ですが食べ物投げつけて、打ちどころが悪かったらもう一回死んでたんですよ!?」
この数分で起きた事を誰かに話したかったのかもしれない。
「そもそも、さっき前世の記憶を思い出したばかりでこの間まで普通の女子高生だったんです。なんでこんな事になったのかわからないし、今の自分と昨日の自分が別人になったみたいなんです!わかりますか!?」
「え、えっと、君はユーリさんじゃないって事?」
「ユーリではあるんですが、ユーリじゃないんです。前世は『小泉 みお』って名前だったんです。いきなりこんな事言って頭がおかしい女だったと思うでしょうが、本当なんです。信じてもらわなくても良いですけど……」
私も目の前で前世がどうだとか喚いて女がいたら近づきたくない。
ごく普通の女子高生で、本当だったら今頃友達と放課後に遊びに行くか相談してたかもしれない。それなのに乙女ゲームに転生したなど、まだ夢を見てるのかと思ってしまう。
「えっと、信じるよ。信じられないけど、嘘ついてるように見えないし。生きていれば色んな事があるってお婆様が言ってたし」
手をあたふたと動かしながらフォローするように言われた。
色んな事で片付けられる問題なのか。
「この世界がゲームって言う架空の世界で私がそれを見ていたとしても?最終的には婚約者がいる男性と結ばれて婚約者は嫉妬に狂う未来がわかってるとしても?」
「う、うん。そんな未来が待ってるの?君凄いね」
オドオドしながら感心した様に私を見つめる。
モブであろう彼にこれまでの事を話しても大丈夫だと思い、これまでの前世の記憶とさっきまで何があったのかを説明した。
「ーーーーって事がありまして。そもそも私がレオン様に近づかなければ、ライラ様も怒りませんし、いじめられる事もないと思うんです」
「そうですね。でも、君がレオン様から離れるのって現状難しいかもしれないですよ。そのゲームっていうのはどこまで進んでるんですか?」
「えっと、さっき思い出したばかりなので記憶が曖昧なところがあって。確か、生卵事件の後に本来ならレオン様に泣きついて慰めてもらうんです。そして、数日後に食堂で断罪イベントが始まって、ライラ様と婚約破棄。晴れてヒロインとハッピーエンドです」
「断罪イベント?ハッピーエンドならそれで良いんじゃないですか?良い暮らしもできるし、皆んなの憧れのまとじゃないかな」
「それは違います。良い暮らしは今もしてます。今世もですけど、仲のいい家族がいて家があって、友達はいないけど、憧れの生活は望んでません。前世であっけなく死んでしまった分、今世は長生きしたいんです!」
公爵と結ばれたら社交界やら貴族教育とかやる事はたくさんありそう。それに比べると平民として今の家族と仕事をしながら穏やかに過ごしていきたい。出来れば結婚もしたい。欲を言うとイケメンとしたい。
「そっか。決めつけてしまってごめんなさい。自分の幸せは人に決めつけられるものではなかったね」
素直に謝る姿を見て、なんだかこっちもかしこまってしまう。
本当にちゃんとした人だ。この少しの間に卵をぶつけてくる人や話も聞かずに何処かへ行ってしまった人を見たからかもしれないけど。
「いえ、色々と聞いて頂きありがとうございました。私はこれから平穏に暮らす為、レオン様から離れなきゃいけないんです。そもそも、前世の記憶を思い出してから好きじゃないですし。今世の私、男見る目なさ過ぎですよ」
とりあえず、レオンは婚約者のライラに何かする様子だったから止めなくては。
「タオルありがとうございました。洗って返しますね。今更なんですけど、お名前伺っても?」
「お礼は結構ですよ。自分はゼノンと申します。ミオさん、頑張って下さい」
「はい!」
私は校舎に向かって走り出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その頃、中庭では絶賛修羅場が繰り広げられていた。
「ライラ!君はユーリになんて事をしてくれたんだ!」
「私は、何もしておりませんわ!第一、レオン様に軽々しく近づくなんていくら庶民とはいえ、無礼ではありませんこと?」
「ユーリほど特別な女性など、この世にいない。貴様の様な性悪な女と結婚など望まない!この場で婚約破棄させてもらーーー」
「その婚約破棄ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」
「ユーリ!?」「小娘!?」
全力疾走が久々で息が完全に上がってしまった。リラックス。リラックス。
驚いているレオン、ライラ、並びにオーディエンスの皆様しばしお待ちを。
「ふっー。その婚約破棄お待ち下さい。まずはライラ様、度重なる無礼申し訳ございませんでした。私はレオン様に学生の範囲内で仲良くさせて頂いておりましたが、学友としても何もかも釣り合って無いと気付かされました。今後は一学生として慎ましく生活していきます」
一気に捲し立てるように宣言する。
「えっ!あら、そうですの。そっそう言う事ならこちらも少々誤解してた部分もあったかも知れませんわね」
ライラは戸惑ったような顔をして扇子を仰いでいる。
そんな、2人の前をレオンが割り込む。
「ユーリ!この女に無理に言わされているんだろう?あんなにも僕の話を聞いて微笑んでくれたじゃないか!それに、落ち込んだ時もそっと抱きしめてもくれたのは嘘だったのか?!」
くっ、そうだ、そんなイベントスチルも見せられたことを思い出した。実に厄介だ。
「えぇ、レオン様の素晴らしいお話をクラスの方々と聞けてつい、顔が綻んでしまいました。また、レオン様がお顔が芳しくないご様子で廊下を歩いていたのを支えて救護室にまで連れて行きましたよね」
ギリギリだ。ギリギリの戦いを私は今している。ものはいいよう作戦。
「ユーリさんも、そう言ってるではありませんか。卒業したら、私と夫婦になるのです。在らぬ騒ぎを起こされては困りますわ」
すかさずライラが援護に入る。
出来る悪役令嬢は違うなと感心してしまう。
「だ、だか私はユーリを愛していて……」
尚も食い下がるレオン。
ヒロインの私も思わせぶりな態度を取っていたし、このまま行けば2人は愛し合ってハッピーエンドなので申し訳ないが、平穏ライフは譲れない。
「そうですよ。そもそも、本当に愛がありましたら、卵まみれの女性を1人残して走りさったりしませんもの」
「そっそれは!」
この言葉に思い当たったレオンはガクりと項垂れた。
すまん、レオン。
ライラは性格は難ありだけど、胸もあるし、美人だよ!
そして尚も追い討ちをかけていく。
「レオン様、レオン様はとてもお優しいので私が世間知らずで、中々言い出せなかったのですよね……私を、いえ私達市民を愛してると言ってくださるなんて、この国の未来も安泰でしょう。その気持ちは慈愛に満ちたものだったと感じます。親切にして頂いてありがとうございました。これからもライラ様と末永くお幸せに過ごしていけるよう、心から願っております!」
演説かのような迫力と身振り手振りで伝えたのが功を奏したのか、周りの生徒達から何故か拍手と歓声が上がった。
とどめと言ってもいいこの攻撃に、思い込みの激しいレオンは、自分の気持ちが民を愛する慈愛の精神だったのではないかと思ってきたのか、ニコニコと生徒達に手を振りはじめた。
正直、思い込みが激しいのがここまでくると不安になってきた。彼が公爵家を継いだらどうなるのやら。
ライラの方はレオンの腕をガッチリと組み、にこやかな笑顔で手を上げ、レオンを引っ張るように退散していった。
まぁ、彼女がいれば大丈夫だろう。
周りで見ていた生徒も事態が終息するとゾロゾロと校舎へ戻っていく。
私は、一息つきながら今後のプランを考えてみた。
まずは友達を作って、学園を卒業し、一般市民として働きながら普通の結婚をして平穏に暮らす!
前世では若くして途中退場だったから、今世ではおばあちゃんになるまで生き抜こう。
「おめでとうございます。ミオさん、無事別れる事が出来ましたか?」
上の空で考え事をしていると突然声をかけられた。
「あっ、ゼノン様。正直なところ成功するとは思えませんでしたが、無事終わりました。明日から、平穏に暮らしたいと思います!」
そうだ!友達。
女の子の友達が欲しいんだけど、この際誰でもいい!ゼノンもストーリーには出てきてなかった気がするし、何よりとても良い人だ。
「それは、良かったですね。あと、様は付けなくて大丈夫ですよ。なんだか僕にはちょっと苦手で」
また下を向いたので前髪がバサッと揺れる。
ちゃんと前を見て歩けるのだろうか。
「分かりました。あの……その……」
この歳で友達になって下さいって言うの恥ずかしすぎる。
高校の時とかもっと自然に話しかけられた気がするけど。
ゼノンは私が1人でアワアワしているのを不思議そうに待っていた。
「私と友達になってくれませんか?」
ひぇー、恥ずかし過ぎて逃げたい。
「えっ、良いですよ。僕この国であまり友達がいないので凄く嬉しいです。よろしくお願いします、ミオさん」
「本当ですか!ありがとうございます!敬語いらないので、普通に接して貰えると助かります」
「じゃあ、よろしくミオ。それともユーリの方が良いかな?」
ハニカムように照れながら言われる。
呼び捨てにされてしまった。
レオンには散々ユーリの名で呼ばれてたけど、思い出してからこの名前で呼ばれると照れてしまう。
「みおが良いです。よろしく、ゼノン」
2人で照れ合っているとまた別の男子生徒がやってきた。
「ゼノン、探したと思ったらこんな所にいたのか。一体何してたんだよ、急にタオル持って走っていったと思ったら…おっと、君は噂のユーリさんかな?」
こちらもモブにしてはイケメンな黒髪男子だ。
チャラそうに見えるのでつい苦手意識を持ってしまう。
「あっ、そうですが……」
どうせ良くない噂なんでしょうね。
「よせ、彼女は僕の友人だ。用がないならさっさと行けよ」
砕けた態度で話すゼノンに黒髪男子はニヤニヤ笑う。
「はーい、邪魔者は消えますよー。それにしても、君は本当凄いね!可愛いし、この世界のヒロインなんじゃない?」
楽しそうに言いながら、校舎へ戻っていった。
どう言う意味?ヒロインだけど、なんでその事を知ってるの?エスパーとか?
頭の中がハテナで一杯になっていく。
「彼の言う事は気にしなくていいからね、昔からあんななんだ」
呆れたようにため息を付くゼノン。
「仲が良いんですね。羨ましいです。私も前世でとても仲良しな友達がいて、この世界もその子がきっかけで知ったんですよ。きっと、今の状況を知ったら羨ましがるだろうなー」
突然死んでしまって、友達はおろか家族にさえお別れを言えなかった。その事が心残りでもある。
「そうなんだね。その子もレオン様が好きだったの?」
「いや、名前は覚えてないんだけど、留学してきた隣国の王子様でーーー」
その時2人の間に風が吹いた。
ゼノンの前髪がふわりと上がり顔全体がわかる。
私、この顔知ってる……
「留学してきた隣国の王子様?」
思わず疑問系で繰り返す。
「あー、えー、今、留学してきた王族は1人しかいないと聞いたし、その、多分僕が留学してきた隣国の王子って事だね」
メガネを取り、気まずそうに前髪を整える絶世の美男子がそこにいた。
攻略対象全ルートクリア後に現れる超絶イケメン隣国王子。難度も桁外れに高く、彼を狙うたくさんの女性たちもいる。
友達になろうと自分から言った手前、無下には出来ない。
これから起こりうる事を考えると眩暈がしてきた。
「もしかして生卵持ってたりする?」
「えっ?どうして?」
驚くゼノン。
生卵を持ってる方がいらっしゃったら、怒らないので私の頭にぶつけて欲しい。
前世の記憶を消して下さい!!
読んで頂きありがとうございました。