2話 逆ギレ男とゴーレムの悩み
あの後、僕には正当防衛が認められ、罪には問われなかった。
だが、マジカルアーマーは男の蹴りと「プレデター」の反動で壊れてしまい、使い物にならなくなってしまった。
レイラやエギル達には回復魔法をかけられ、今は十分登校できるぐらい体力が戻ったようだ。
学校はというと、一週間の間休校になり、今日ようやく登校できるようになった。
先生方からの話によると、僕達が居た場所だけでなく、学校全体にモンスターと襲撃者がいたらしく、被害はかなり酷かったらしい。行方不明者が何人も出て、校舎三階にある音楽室は跡形もなくなってしまったそうだ。
そして僕は今、先日男と戦った廊下に来ていた。血痕は極力拭かれてはいたが、かすかに残っている。
「ごめんなさい」
僕はぽつりと呟くと、少しの間手を合わせる。それが終わった後、奥からエギルがやってきた。
「何故、俺を助けたんだ! あいつぐらい俺でも倒せたに決まってる!」
エギルは凄い剣幕で僕の胸ぐらをつかみ、僕にまくし立てる。
「いや、どうみてもやられそうだったじゃないか!」
僕も語気を強めて反論する。感謝の言葉など少しも期待はしてなかったが、逆ギレされるのは心外だ。
「うるせえ! いいから俺と決闘しろ、期日は俺の怪我が完治する一週間後だ!」
「そんな、滅茶苦茶だよ!」
決闘。魔法使い同士で行われるスポーツの一つで、魔法を撃ち合い戦うものだ。
しかし、僕は魔力を持たない非魔法使いだ。勝てるわけがない。
「武器は好きに持ってくればいい。その代わりこちらも武器の使用は許可させてもらう」
「待って、僕はそんなのやりたくないよ!」
「知ったことか。来ないならあのブスエルフに決闘を申し込むまでだ」
「……分かった。その決闘、受けてたとう」
僕は今すぐエギルに殴りかかりそうなぐらい腹が立っていた。普段ならこんな勝負絶対に受けないだろう。
だが、僕はともかくレイラまで侮辱する発言は到底許すことができなかった。
「フン……」
エギルは鼻を鳴らしてどこかへと行ってしまった。止めようとも思わなかった。
「あ、いたいた。アレス大丈夫?」
エギルが去っていった方向の逆から声が聞こえ、僕は振り返った。するとそこにはレイラが立っていた。
「少し大丈夫じゃないかな。レイラこそ怪我はもう平気なの?」
「うん。内蔵がやられたみたいだけど、治癒魔法でなんとかなったよ。それで、何か悩んでいるの?」
「実は……」
そこで僕はレイラに先程の出来事を話した。レイラは話を聞いていくうちに怒りだし、僕の肩を掴んだ。
「正直腹が立って仕方ないけど、こらはチャンスよ! あのボンボンの大馬鹿野郎にお灸を据えてやりましょう」
「うん!」
「あら、随分やる気じゃない。この前は私利私欲には使わないって言っていたのに」
「まあ、自分を曲げてる自覚はあるよ。それでも許せなかったんだ、あいつが」
僕はエギルの発言を思い出し、拳を握る。僕達は命がけで彼等を助けた。なのにあの男はレイラを侮辱した。
もちろんエギルのあの発言は本人には伝えていない。伝えたところで嫌な気持ちになるだけなのが分かりきっている。
「まあ、私としては是非ともぶちのめして欲しいから文句はないけどね」
「ははは……」
僕はレイラの満面の笑みを見て苦笑いをする。
「あ、それでさ。今日アレスの家に遊びに行っていい? この前のお礼もしたいからさ」
「構わないけど、楽しくないかもよ?」
「きっと楽しいから大丈夫だよ。それじゃ!」
それから放課後、僕は家でレイラが来るのを待っていた。僕の両親は共働きで、基本的に一人なのでレイラが来るのは嬉しかった。
しばらく待っていると、玄関からチャイムが鳴った。僕はすぐさま玄関のドアを開け、レイラを出迎えた。
「お待たせアレス。これお土産ね」
レイラは白色のワンピースを着ていて、手には有名なシュークリーム屋の箱が握られていた。
「おー、ありがとう! 大した物ないけど上がって」
「お邪魔しまーす!」
僕はレイラをリビングに連れて行き、テーブルに向かい合って座る。そして紅茶とクッキー、それから先程もらったシュークリームを出した。
「それで、この前の話だけど……大丈夫なの?」
レイラは不安そうな顔で尋ねる。恐らくわざわざうちに来た理由はこの話をするためだろう。
「……正直気分は良くないよ。悪人だったとしても殺したくはなかった」
「まあそうよね……あの時私がやられなければ生け捕りも可能だったんでしょうけど」
「いや、それでも厳しかったと思うよ。あの状況じゃ助けが来るまで時間を稼ぐこともできなかっただろうし」
「そう、かしら」
レイラは微妙そうな顔をする。まだ納得していないようだ。
「そうだよ。レイラが気にすることじゃない」
そう言って僕はレイラにクッキーを勧める。あれは少なくともレイラのせいではない。
「……分かった。それにしても、あの男の暴走は一体なんだったのかしら?」
「魔法薬の類で暴走したんだと思うけど、それ以上は分からないね」
僕は肩をすくめてみせる。今の所あの男に関する情報を僕達はほとんど知らない。だから今この話をしても進まない。
「やっぱりそうよね。それで、これからどうするの? マジックアーマーは壊れちゃったんでしょ?」
レイラもこの話の終わりが見えたのか、話題を変えてきた。
「他の武器とシルを繋げられないか試すとするよ。どうせ決闘まではマジックアーマー修理終わらないし」
「なるほどね。シルは今どこなの?」
「ここにいます」
シルは僕のポケットから飛び出すと、テーブルに立ちポーズを取る。
「あの時は空気でしたからね。ここでお二方に私の有能性をアピールしなければ!」
「シ、シル?」
僕は自分のゴーレムの突然の行動に困惑する。この子は一体どうしたのだろうか。
「……空気を凍らせてしまい申し訳ございません」
「シル!?」
本当にどうしてしまったのだろうか。盛大に空回りしているようだが、何をそんなに焦る必要があるのか。
「……もしかしてシルって人見知り?」
レイラが横から呟くと、シルはビクッと鋼鉄の体を震わせる。図星らしい。
「その、お二方にどう接していいのか分からないのです」
「いや、別に普通に接してくれればいいのよ?」
「その普通が分からなくて困ってるんですよ! あなた達ヒューマンの常識なんてまだ全然知りません!」
シルはレイラに怒り、腕をブンブン振り回す。かわいい。
「そ、そうよね。アレス、どうしよう?」
「僕に振られてもなぁ。僕もそういうの苦手だから分からないよ」
僕は昔から友達が少なかった。魔力云々以前にコミュニケーション能力が低いのだ。
「そこをなんとかできませんか、マスター?」
「無理だよ。そもそも今はこうしてちゃんと話せてるじゃないか」
「それは今はお二方と交互に話せているからです。これが3人で話すとなるともう詰みです。私は高度な計算はできますが会話に入るタイミングなど知ったこっちゃありません」
シルは感情が高ぶっていて、どんどん口調が適当になっていっている。僕はそれを見て少し笑ってしまった。
「それ僕も分からないから知りたいよ。レイラ、教えてくれない?」
「えぇ!? えっと……なんかいい感じのタイミングで話してなんかよくなさそうな時は黙ってればいいのよ」
……駄目だ、全く分からない。説明がいくらなんでも抽象的すぎる!
「その説明で分かる者がこの世にいると思いますか、レイラ様?」
「だってこう答えるしかないのよ!」
うん、やっぱり普通に会話できてるじゃないか。
僕は心のなかでそう呟くと、レイラとシルの言い争いが終わるのを待っていた。これから約2時間、二人は僕を置いて話し続けるのだが、それは別の話だ。
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