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26 神皎凛音 2

 俺は強制入場させられた『トレーニングルーム』でしばし茫然とした後、神皎さんの声でふと我に返った。


「ここは一体、どこなの……?」

「『トレーニングルーム』。これが俺の【ユニークスキル】なんだ」

「これが、あなたの?」


 神皎さんは不思議そうに部屋の中を見渡した。

 俺も一緒に部屋の中を見渡すが、そこには一見、不思議としか言えない光景が広がっている。

 ……誰だよ、こんな意味不明なトレーニング器具の配置をしたやつは。

 ────俺だな。


「とりあえず、すぐにここを出よう。巻き込んじゃってごめん……あれ?」


 すぐに神皎さんを外に出そうとしたが、いつもの『退室』のウインドウが出ない。

 代わりに。


──────────

チュートリアルプログラム

「『トレーナー』と『トレーニー』」を開始します。

スキップする場合は、NOを選択してください。


YES / NO

──────────


「チュートリアル……?」


 俺が怪訝な顔をしていると、神皎さんがそんな俺の顔を覗き込んだ。


「どうしたの? 何か、問題が?」

「いや、問題ってほどのことでもないんだけど。神皎さんには見えてないと思うけど、『精霊の声』のウインドウに「チュートリアルを始めるかどうか」って選択肢が」

「チュートリアル?」

「俺の【ユニークスキル】についての説明みたいなんだけど。こんなの、俺も初めてで」

「……なら、このまま説明を受けておいたら?」

「いいの?」

「私は構わないわ。既に何かに巻き込まれているのなら情報は少しでも多く得た方がいいから」

「それもそうだ。ならお言葉に甘えて」


 さすが、神皎さん。

 頭の回転が速いし、判断も早い。

 こんな異常な状況で微塵も動じない男前さに憧れる。

 俺の方は初めてのことで戸惑ってばかりだが、お言葉に甘え、(YES)と念じる。


──────────

それではチュートリアルプログラムを実行します。

チュートリアルを行う前にスキル保持者の保有概念を図書館(ライブラリ)へアップロードします……基礎概念の更新(アップデート)・最適化完了。


スキル保持者のシステム理解度の解析(スキャン)により、まず、基礎概念『努力値』の説明を行います。

──────────


「……え? 『努力値』?」


 さっき聞いたばかりの言葉がシステムの中に取り込まれているのに違和感を覚える。

 まさか、さっきの更新(アップデート)で?


──────────

肯定。

スキル保持者の保有概念を図書館(ライブラリ)へアップロードし、システムの再構造化を行った結果、新概念を構築。以後、システムの基礎概念として用いることが管理権限者により承認されました。

──────────


「……なるほど?」


 内容はよく理解できないが、俺の疑問に『精霊の声』が丁寧に答えてくれた。

 だが、親切さが逆に不気味だった。

 こんな反応、今まで一度も見たことがないんだけど。


──────────

では基礎概念『努力値』の仕様説明を行います。

『努力値』とは以下のことを言います。


・システム接続者(ユーザー)が保有する『経験』概念を数値に変換し、六つの要素【筋力値】【体力値】【魔力値】【精神値】【敏捷値】【幸運値】に振り分けたもの。

──────────


「『努力値』の……仕様? システム接続者(ユーザー)……?」


 俺はしばらくウインドウの内容に戸惑っていたが、神皎さんも俺と同じように目を見開いているのに気がついた。


「もしかして、目の前のウインドウ、神皎さんにも見えてる?」

「ええ……見えるわ。さっき、急に現れたの。これは、あなたと同じものを見ているの?」

「多分、そうだと思う。俺のにも『努力値』って書いてあるから」


──────────

チュートリアルを続けますか?

中断する場合は「NO」を選択してください。


YES / NO

──────────


 そして『精霊の声(システム)』が、こちらの状況を把握して聞いてくる。


「神皎さん。このまま続けていい?」

「ええ。お願い」


 俺は「YES」と念じ、チュートリアル続行を選択する。


──────────

【ユニークスキル】『トレーニングルーム』は基礎概念『努力値』を伸長することを意図して組まれたプログラム群となります。


基本的には【ユニーククラス】『トレーナー』が登録された『トレーニー』を対象にトレーニングを行い、基礎概念『努力値』の伸長を手助けする、という用途を想定しています。

──────────


「ええと……つまり、ここで俺が『トレーニー』の神皎さんを『鍛える』ってこと?」


 とはいえ、神皎さんは俺が鍛える必要のないぐらい強いと思うけど。

 ……いや、レベルとは全くの別の概念の『努力値』で成長することを手助けする、ってことか。


──────────

肯定。

スキル保持者の想像の通り、【ユニークスキル】『トレーニングルーム』は『レベル』とは別個の成長をもたらすことを意図して製作されました。


『トレーニングルーム』でトレーニングを受ける『トレーニー』には以下の恩恵が与えられます。


・『トレーナー』の努力値を上限とした『トレーニー』の努力値の上昇。


代償として、トレーニングを行う『トレーナー』には次のペナルティが与えられます。


・『トレーニングルーム』外でのステータスの常時低下(ALL -100)

・獲得経験値の大幅低下(1/10000)

──────────


 そこはなんとなく、俺が想像していた通りの仕様ではあったが。

 でも、ちょっと待ってほしい。

 最後の『トレーナー』の経験値の大幅低下とか、聞いてない。

 しかも(1/10000)って?

 少なくとも、スキルの説明欄にはなかった気がする。


──────────

肯定。

そこは説明欄のスペースの都合で書ききれませんでした。

──────────


 ……なんだろう。

 やっぱり、『精霊の声』の様子がいつもと違う。

 なんだかいちいち、返答が人っぽい。

 ねえ……もしかして、中に人、入ってる?


──────────

いえ。

中に人なんて、いませんよ?

──────────


……いやいや、いるだろう絶対。その反応。


──────────

続けてもいいですか?

中断する場合は「NO」を選択してください。


YES / NO

──────────


あからさまにはぐらかされたが、もちろん、「YES」だ。


──────────

では説明を続けます。

当該プログラム『トレーニングルーム』では、『トレーナー』が『トレーニー』の『努力値』上昇を手助けするだけでなく、逆に『トレーニー』が『トレーナー』の『努力値』上昇を手助けすることも可能です。

──────────


「……と、いうと?」


──────────

一方の【筋力値】【体力値】【魔力値】【精神値】【敏捷値】【幸運値】に該当する『努力値』がもう一方を上回った場合、低い方を引き上げる為のトレーニングが可能、ということです。

これは説明するより、実際に見てもらった方が早いでしょう。

──────────


 そういう配慮、非常にありがたい。

 俺は長い説明を聞いているとだんだん眠くなるタイプなので。


──────────

それでは『トレーナー』御山深人と『トレーニー』神皎凛音の解析(スキャン)を行います……解析(スキャン)完了。


『トレーニー』神皎凛音の【魔力値】の努力値が『トレーナー』御山深人を一定値上回っている為、設備『自習室』が開放されます。

──────────


「……おお?」


 窓もドアも何もなかった無機質な『トレーニングルーム』の壁に、突然、木製のドアが現れた。

 あれが『自習室』?


──────────

肯定。

設備『自習室』は『トレーニー』神皎凛音が『トレーニングルーム』内に存在する場合のみ、利用可能となります。

──────────


「なるほど」


 この場合、俺が神皎さんの手を借りて【魔力値】の『努力値』を伸ばせる、ということらしい。

 やったな、俺の【魔力値】の横の数値。

 ……と思ったが、そもそも神皎さんは忙しそうだし、俺に付き合ってくれるなんてことはないか。

 マイナス補正からのスタートだから、先は長そうだけど。

 それはともかく、新要素が発生だ。


「神皎さん、試しに覗いてみていい?」

「ええ」


 そうして俺と神皎さんがドアに近づき、開けて覗き込むと。

 ドアの内部には驚くべき光景が広がっていた。


「────おお、これは」

「……想像より、ずっと広いわね」


 そこは『自習室』というより、巨大な『図書室』のようだった。

 体育館の数倍はありそうな広い部屋の中に、見上げるような本棚が所狭しと並んでいる。

 本棚の中には様々な材質の本が詰まっていて、試しにその中の一冊を手に取ってみるが、中身は俺には全く理解できない言語で書かれていた。


「神皎さん、これ、読める?」

「いえ。私もわからないわ……少なくとも、私が知っている地球上の言語には似たものは思い浮かばないし、解読するのも難しいでしょうね」


 俺としては、即座に解読するorしないの発想に至るのがすごいです。

 さすが【魔力値】の努力値が素で『3.68』なだけある。

 とりあえず、よくわからない大量の本棚はインテリアか何かだと思うことにして、部屋の中を見渡すと、図書室の真ん中に小さな机と椅子がふたつ。


「あそこで勉強しろってことかな……?」


 この『自習室』、どうやら勉強らしきことができそうな場所ではあるけれど、具体的にはどういう使い方すればいいんだろう。


──────────

回答。

設備『自習室』は【魔力値】を含む『努力値』を上昇する手助けをするプログラムとなります。

設備『自習室』内で知性を刺激する行為を行えば、その行為の程度に付随した『努力値』の上昇が見込まれます。

書類・器具類の持ち込みは可。

──────────


 ……じゃあ、好きな漫画とか持ち込んで読んでても大丈夫ってこと?


──────────

肯定。

それで、スキル保持者が満足するのであれば。

──────────


 ……なんだろう。

 気軽に聞いてみただけなのに、ちょっと嫌味を言われた気がする。


──────────

補足。

先述の通り、『自習室』内部で行う行為によって『努力値』の上昇幅は変動します。

仮に負荷が著しく低い場合、望むほどの成果が見込めないことがあります。

──────────


「なるほど」


 嫌味とか言って、ごめん。

 妙に含みのある言い方だった気はするけれど。

 ……やっぱり、中に人、入ってるよね……?


──────────

規定のチュートリアルは以上となります。

もう一度、最初からチュートリアルの再生を行いますか?

「NO」の場合、チュートリアルプログラムを終了します。


YES / NO

──────────


「……いや、もういいかな。神皎さんは?」

「ええ。私も大丈夫」

「じゃあ、「NO」で」


──────────

管理者との接続を解除し、チュートリアルプログラムを終了します。

お疲れ様でした。

──────────


「ああ、色々とありがとう」


 相手はあくまでも『精霊の声(システム)』だが、人っぽい反応をするので一応、お礼は言っておく。

 そうして、いつもとは違う雰囲気の『精霊の声』が消え、代わりにいつものウインドウが現れる。


──────────

 一人目の『トレーニー』を得たことにより、

 称号:『はじめてのトレーニー』を得ました。

 称号取得に伴い、

 【ユニークスキル】『マッスルアップ2』を取得しました。

 『マッスルアップ2』取得に伴い、下位互換スキル『マッスルアップ』は削除されます。

──────────


「マッスルアップ……『2』?」


 神皎さんが『トレーニー』として登録されたことで、ご無沙汰だった称号がもらえたらしい。

 そして一緒にスキルも更新。

 その効果を確認してみると。


──────────

『マッスルアップ2』 

 効果:【筋力値】が2.5倍になる。任意に発動が可能。クールタイムなし。

 筋力量も任意でさらに増大。

 さらに。筋力量増大時には【筋力値】ボーナスに0.5倍の補正を追加。

──────────


「……なんだろうな、この説明文」


 効果説明としては、『マッスルアップ』の単純強化版。

 でも、最後の広告の宣伝文句みたいな説明に違和感を覚える。

 何やら、俺の筋肉を何が何でも増大させてやろうという強烈な意志のようなものを感じるが。

 ……悪いけど、やらないよ?

 相当に追い詰められでもしなければ。


「……また何か、表示されてるの?」

「うん。今回は俺の取得スキルと称号。こっちは神皎さんには見えてないんだね」

「ええ……って、称号? あなたの【ユニークスキル】にはそんなものもあるの?」

「やっぱり、普通はないんだよな」

「……ええ、そうね。少なくとも私は聞いたことがないわ」


 スキル取得を最後に『精霊の声』のウインドウは消えた。

 試しに『退出』のウインドウを開いてみると、今度はちゃんと機能した。


「もう出られるみたい。付き合わせて悪かったね」


 と、俺が巻き込んでしまった神皎さんに謝ったら、逆に彼女に謝り返された。


「……いえ、こちらこそ、ごめんなさい。私としてはここまで立ち入るつもりはなかったのだけれど」

「いやいや、神皎さんが謝ることはないって。むしろ、巻き込んじゃったのは俺のスキルだから」

「……それでも、貴方のスキルの根幹に関わるような情報を知ってしまったのは、私の意図するところではなかったから。この状況ではあなたが一方的にリスクにさらされることになるわ。でも……だからと言って、私の【ユニークスキル】の情報をこれ以上貴方に開示するつもりもないから。今の謝罪は、それを含めてのこと」

「それは別にいいよ。神皎さんなら、変に言いふらしたりしないだろうし」

「甘いわね。私が誰かにこの情報を漏らさないとは限らないでしょう」

「だったら、それはもう、しょうがないよ。知られたら知られたでその時考えることにする」

「ずいぶん、楽観的なのね。もちろん私としても他人の秘密を無闇にばら撒くつもりはないけれど」

「そこは信用してる。美羽の憧れの先輩だしね」


 と、言いつつ、俺は彼女にまだ言っていないことが幾つかあることを思い出す。

 別に隠そうというつもりもないのだが、説明に困ることが多すぎる。

 特に、ミアハのこととか。

 ……多分、これから顔を合わせることになるんだよなぁ。


「とりあえず、今日はもう出ようか。あまり長く家を留守にすると美羽が心配する」

「ええ。その方がよさそうね」


──────────

『トレーニングルーム』を退出しますか?


 YES / NO

──────────


 唐突に新要素が色々と入ってきて、まだ確かめたいことは沢山あるが。


(YES)


 俺は『精霊の声』を起動し、神皎さんと一緒に『トレーニングルーム』を後にした。

続きます。


このまま続きを読んでみようかな、と思ってくださった方はブクマと広告の下の【★★★★★】ボタンで応援いただければ更新のモチベーションにもつながります。

(また、感想ありがとうございます。基本的に返信しておりませんが、全て読ませていただいてます!)

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[良い点] 読みたかったファンタジー像そのもの。 [一言] 更新何時までも待ってます!
[気になる点] …中に誰もいませんよ? を思い出した
[一言] 鍋敷きさんはじめまして。 50過ぎのおじさんですが、今までたくさんの作品を読んできましたが、 ふと目に留まり、一気に楽しく読ませていただきました。 早く続きを読みたいなと思っています。 これ…
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