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25 神皎凛音 1

「無理を言ってごめんなさい。でも、デリケートな話題だから、ご家族といえどあまり聞かれない方がいいと思って」

「うん、まあ。俺は全然、いいんだけどね?」


 突然我が家を訪れた彼女は、俺と二人で話がしたいと言い出し、それなら、と俺は特に深く考えず、俺の部屋に招き入れたのだが。


 ……なんだろう、この緊張感。

 彼女が部屋のドアを閉めた途端、なんだかまずいことをしているような気分になった。

 ここは俺のプライベートな部屋である。

 そこに出会ったばかりの女子、神皎さんと二人きり。

 俺はいいけど、彼女的には大丈夫なのだろうか。

 こちらとしてはもちろん、彼女に何かおかしなことをする気はないが、妙にそわそわして緊張する。逆に彼女の方からは異性として意識されている、という感じはしないので、俺が緊張するだけ意味のないことだと思うのだが。


 彼女の持つ独特のオーラというか、身に纏う雰囲気がそうさせるらしい。

 この子、やっぱり、なんだか特別な感じがする。


 俺の部屋にはもちろん気の利いた来客用の椅子なんてないので、神皎さんには適当にその辺りのクッションを渡して床に座ってもらったのだが、ただ座るでも、一つ一つの仕草というか所作が綺麗で、彼女がそこに座り込んだだけで部屋の明るさが一段階増したような気がする。


「で、神皎さん。話って?」

「ええ、そうね。他人の秘密に深入りすることは避けるべき、というのは分かっているのだけれど……どうして、貴方があの竜をあんなに簡単に倒せたか。一般に公表できる程度の話でいいから、教えて欲しいの」

「一般に公表……? いや、別に秘密にするほどのことなんてないんだけどね」 

「……なら、どうして、あんなことができるの? あの戦いぶり、考えれば考えるほど普通ではあり得ないことだらけのように思えるわ。もし、話せることがあるなら、それだけでも教えて欲しいの。もちろん、情報開示の強制はできないけれど……貴方、レベルは? やっぱり超高レベル帯?」


 俺の真正面から綺麗で整った顔がぐい、と迫ってきて、少したじろぐ。

 あまり深く聞くつもりはないという割に、矢継ぎ早に質問を放つ神皎さん。

 って、超高レベル帯?

 それって、レベル500以上の超人たちのことを指すんじゃ。


「……いやいや、そんなわけないよ。俺、まだレベル31だよ?」

「えっ? 31?」

「あっ……いや。ごめん。それも違った。あいつを倒した時の話なら、レベル1だよ」

「……ちょっと待って。さっきの戦闘で、レベル1……!?」

「俺の場合、色々と説明がややこしいんだけどとりあえず、ステータスは……ほら。この通り」

「……えっ???」


 俺は自分のステータスカードを取り出し、彼女に見せた。


 ---------------------

 御山深人(ミト)【レベル】31


 【筋力値】 1 (* 76.1004)

 【体力値】 1 (* 61.3631)

 【魔力値】 1 (* 0.7)

 【精神値】 1

 【敏捷値】 1 (* 69.0239)

 【幸運値】 1

 ---------------------


 ……うん。

 見れば見るほど、説明がしにくいステータスだった。

 レベルが上がったはずなのに未だにステータスは「1」のまま。


「レベル31……? なのに、ステータスが全て「1」? これは、どういうことなの……? こんなステータス、立っているのもやっと……いえ。生きていることすら、ありえないんじゃ……?」


 神皎さんは不思議なものを見るような表情で俺の顔を見た。

 その顔、医者にも同じ顔をされたなぁ。

 やっぱり、彼女にも右側の数値は見えていないらしい。


「そうだね、普通はそうなると思う。実際、俺も一度死にかけたし……でも、ほら、この右。何か見えない?」

「……いえ、何も。もしかしてそこに何か書いてあるの?」

「そう。俺以外の人には見えないらしいんだけど、ここには別の数値が書いてあって。俺が動けてるのはたぶん、その数値のおかげ」


 俺はステータスカードの右側を強調するように指さして、神皎さんによく見えるように近づけたのだが。


「……やっぱり、何も見えないわ。でも、貴方にはそこに何が表示されているのかが見えるのね?」

「うん。誰にも信じてもらえないけど」


 誰がなんと言おうとあるんです。

 俺のステータスの横の数字は、あります。

 彼女はまだ疑っているようだったが、否定もしなかった。


「そこには、なんて書いてあるの? 秘密を探るようで悪いけど」

「別にいいよ。秘密にしたいと思ってるわけじゃないし。たとえばだけど、【筋力値】の横には『*』っていう星みたいなマークの横に『76.1004』って表示されてる」

「星のようなマーク? 『76.1004』……?」


 俺がそこにある数字を伝えると神皎さんは床を見つめながら考え込んでいたが、しばらくするとスカートのポケットから金属製のカードを取り出して俺に見せた。


「ねえ、御山くん。これは私のステータスカードだけど、こっちも見てもらえる?」


 それは、神皎さんのステータスカードだった。

 そこには、こうあった。


 ──────────────

 神皎凛音(リオン) 【レベル】371

 【筋力値】 426 (* 1.01)

 【体力値】 424 (* 1.03)

 【魔力値】 726 (* 3.68)

 【精神値】 465 (* 1.09)

 【敏捷値】 351 (* 1.77)

 【幸運値】 391 (* 0.97)

 ──────────────


「……れ、レベル、さんびゃくななじゅういちっ!?」


 思わず声が裏返った。

 神皎さんのレベルはなんと371。

 ステータス値も全て、軒並み高スペック。

 俺と同い年のはずなのに。これは一体、どうなってるんだ。

 さっきまで神皎さんが驚いてばかりだったが、今度は俺が驚く番だった。


「……どういうこと? そこでそんなに驚くの? いえ、でも、そこじゃなくて。あなたの言っている、カードの右側を見て欲しかったの」

「ん? ああ、なるほど……あっ、ほんとだ。ある。一番大きいのは『3.68』って書いてある」

「『3.68』? ……それって、【魔力値】の横だったりする?」

「うん、そう。【魔力値】の横」

「なら……もしかすると」

「何か、心当たりでも?」

「ええ、少しだけ」


 神皎さんは腕組みをして深く考えるような仕草をしてから、その小さな顔を上げ、口を開いた。


「もしかすると、その数値、『努力値』と呼ばれているものかもしれないわ」

「……努力値?」

「昔から、ある程度の経験を積んだ探索者たちの間では、ステータスには現れない『見えない補正』の存在が噂されていたの」

「見えない数値?」

「そう。その『見えない補正』は、その人が歩んできた人生の道のりに関連があるとされていて、さまざまな研究で立証されているわ。例えばだけど、オリンピックの短距離走に出場するような人が『探索者』に転身した場合、同じステータス値でも明らかに普通の人よりも【敏捷値】に優位性が見られるの」

「……それってつまり、レベル以外の『経験』がステータスに反映されてるかもってこと?」

「単純に言えばね。他にも、重量挙げの選手だったら【筋力値】、身体を酷使するプロレスラーだったら【体力値】、ある程度の学歴を持った人なら【魔力値】────と、それぞれ培った経験によって得られたと思われる『見えない補正』が確認されているわ。最近は何かのゲーム影響で『努力値』と呼ぶ人が増えてきているようだけど」


 そのゲームなら知ってる。

 個体厳選とかしまくるやつね。


「つまり、俺のステータスの横に見えてるこれは、その『努力値』かもしれないってこと?」

「おそらく、そう考えてもいいと思う……『76.1』なんて、そんな努力値の倍率、聞いたことがないし、それが「見える」なんて人も初めてだけれど」


 ……ああ。

 やっぱりあれ、『倍率』なんだ。

 ってことは、このままトレーニングして数値を伸ばしていけば、もしかしたら、すごいことになるかもしれない。

 あくまでも頭打ちせず、このままの調子で伸びてくれたらの話だが。


「ちなみに。その『努力値』って普通はどれくらいなんだ?」

「普通は『1』よ。通常はステータスの数値そのままがその人の発揮できる力になるわ。反映されるとしても、誤差程度。でも、努力を怠ると『1』未満になることもあるらしいし、世界記録を出すような一流のアスリートのステータスに掛かる努力値は最大で『3』程度と言われていて幅があるわ」

「えっ。最大で『3』?」

「あくまでも今までの事例からだけど。だから、貴方の『76.1』は正直、異常と言えるかもしれない」


 それを言ったら、神皎さんの魔力値の『3.68』も十分すごいと言えそうだが。

 俺のはきっと、あの『トレーニングルーム』での異常なトレーニングによる上昇なので、これが自分の努力の結果かというと、あまりそんな実感が湧いてこない。


 ……そういえば、俺、【魔力値】は素で『0.7』のマイナス補正かかってるんですけど?

 そう考えると地味に凹む。


「……ありがとう、御山くん。もう、十分よ。というか、こんなにすんなりと秘密を開示してくれるなんて、思いもしなかった。私も多少の開示はしたけれど……この情報交換、あなたにリスクが大きすぎない?」

「そう? 相談に乗ってもらえて助かったけど。謎の数字の意味もわかってスッキリしたし」

「聞いたわたしが言うのもなんだけど。今みたいな情報はあまり、第三者に知らせるべきじゃないわ。知られたところで貴方にとって何も利益はないし、むしろ、不利益になるようなことが起こることが多いから。貴方のステータスカードのこともできれば誰にも知られない方がいい」

「……わかった。伝える人は選ぶようにする。そういえば俺も神皎さんのステータス見ちゃったけど、それはいいの?」

「貴方があんまり無防備に見せてくるから公平(フェア)じゃないと思っただけ。あれぐらいの情報なら、仮に漏れたとしても大丈夫な範囲だと思ってるから」

「俺は誰にも言わないよ。約束する」

「そうね。私はあまり他人の言葉を信用しないタイプだけれど……なんだか、貴方の言葉は不思議と信じてもいい気になってくるわ。あの美羽さんのお兄さんだものね」


 どうやら、学校での妹の信用力は高いらしい。


「神皎さんは美羽と知り合いだったんだね?」

「ええ。妹さんとは以前、生徒会の役員会の仕事で一緒になったことがあって。あの学校で私にまともに話しかけてくる人なんて珍しいから、よく覚えてたの。その時は【ユニークスキル】で倒れてしまったお兄さんのことを話してくれて、私にしては珍しく長い時間話した覚えがあるわ」

「へえ、そうなんだ」


 美羽が生徒会の役員とか初めて聞いた。

 神皎さん、俺の知らないところで美羽の相談相手になってくれていた、ということか。


「その時は、もう二度と立ち上がれない、という話だったから。最初は貴方のこととは結びつかなかったんだけど。苗字が同じだったし、もしかしたらと思って。思い切って家を訪ねてみたの」

「あ、なるほど。それでうちに来れたんだ」

「素性を探るような真似をして、ごめんなさい。だけど私の関わっている仕事上、どうしても興味が湧いて。急いで話をしないと、と思って。今日貴方から聞いた話は誰にも言うつもりはないから、悪く思わないで」

「そこはなんとも思ってないけど。俺も色々と教えてもらえたし」


 やはり神皎さん、ミアハと戦った時の即断即決の判断力もものすごかったが、即日に家を訪ねてくる行動力も常人離れしている気がする。

 そこで、ようやく思い出す。

 やっぱり、俺は彼女の名前には聞き覚えがある。


「……ねえ、間違ってたら悪いけど。もしかして神皎さんって、あの(・・)?」

「あなたが誰のことを想像しているかはわからないけど……多分そう。私の名前はメディアにも出るから、目にしたことがあるかもしれないわ」


 何度か、なんてもんじゃない。


 ────『英姫』、神皎(かみしろ)凛音(りおん)


 国民の期待を一身に背負う、現状、世界最強候補と目される一人だ。


 ……どおりで、あんなに強いわけだ。

 あのレベルとステータスに加えて、あの強烈なバフを与える【ユニークスキル】。

 俺が身をもって体験したあのスキルの威力は確かに、世界最強候補と言うに相応しいように思えた。

 彼女が妹と同じ学校に通っていることは知っていたが、まさか、今日の昼に出会(でくわ)した人物だったとは。


「通りで、名前に聞き覚えがあると思った。そんな有名人に助けられたなんて、つい、自慢したくなっちゃうな?」

「助けられた、というのは私も同じ。私が誰かに助けられることなんてほぼないんだけどね」

「だろうねぇ……あ、そういえば」


 俺は机の上に置かれた紙の束に目をやった。


「俺が入院中に妹からもらった手紙に「憧れの先輩に相談にのってもらった」、って書いてあったんだけど。あれ、今考えると神皎さんのことだったんだね」

「……憧れ?」

「名前は書いてなかったけど多分、神皎さんのことだと思う。学校のアイドル的存在だから、聞けばびっくりすると思うけど、俺には秘密、って書いてあったから。ほら、この手紙」


 俺は机の上に置いておいた妹とやりとりした手紙の束から、話題の手紙を抜き出して神皎さんに見せた。


「……本当。私はアイドルではないけれどね」


 神皎さんは手紙を読むと、少し照れたように顔を背け手紙を俺に返したが、俺はその綺麗な横顔に見惚れてしまい、うっかり机の上の何枚かの紙を床に舞わせた。

 

「これ、大事なものでしょう。はい」

「ああ、ありがとう」


 神皎さんはすぐに床に落ちた紙を拾い集めて、俺に手渡してくれた。

 その紙の中には俺が入院していた時、美羽に手紙として渡した紙もあった。

 元々はあの怪しい『トレーニングルーム』の内部に突然現れた、『入会届』とだけ書かれた奇妙な紙。

 俺はその裏側に美羽へのメッセージを書き、動かない身体のまま現実(こちら)側にせっせと運んでいたのだった。

 今となっては懐かしい記念品みたいなものなので、一応全部取っておくことにしている。

 だが俺がそれを神皎さんから受け取った瞬間、視界がぐらり、と揺れ動く。


「……え?」


────────

『神皎凛音』からの『入会届』の受理を確認しました。

『神皎凛音』を『トレーナー:御山深人』の新規『トレーニー』として登録します。


 チュートリアルの為の転送を行います。

────────


 唐突に目の前に現れる『精霊の声(システム)』のウインドウ。


 ……トレーニー?

 チュートリアル?


 戸惑う俺の視界から、自室の風景が消えた。

 そして────次の瞬間。


「……御山くん……?」


 俺と神皎さんは二人一緒に『トレーニングルーム』にいた。


「ここは? 今、何が起こったの……?」

「ごめん、神皎さん。これ、俺の【ユニークスキル】のせいだと思う」

「……どういうこと? この異様な環境も?」

「ううん、それはどちらかというと俺のせい」

「???」


 俺たち二人は、俺が無茶苦茶な改装をしたおかげで無数のサンドバッグがジャングルのように吊り下がる、なんとも説明しづらい状況の『トレーニングルーム』を見渡し、しばし途方に暮れた。

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[気になる点] ふーんえっち
[一言] ガバガバ入会届で草 人を鍛えるためならば誘拐も辞さない!
[一言] 主人公が強くなる物語だと思ってたら、主人公が強くする物語だった?!
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