23 幻想器物『邪竜ミアハ』 1
気づけば俺は見慣れた自分の部屋にいた。
「さっきまでの出来事は……夢?」
巨大な黒い竜を女の子と一緒に戦って倒した……なんて。
あまりにも非現実的な光景だったから、そんなふうにも思えたが。
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◇所持アイテムリスト
・無頼の短剣
・黒竜王の鎧
・絶剣バルムンク
・アダマスの鎌
・天之瓊矛
・アロンダイト
・クラウソラス
……
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「…………うわぁ。入ってる」
俺のインベントリには見知らぬアイテムがずらり。
まちがいなく、さっきの黒い竜を倒して手に入れたものだ。
しかも、世界各地の神話に出てきそうな、なんだかすごそうな名前の武器だらけ。
……どうなってるんだ、これ?
アイテムの数はざっと見て数十はある。
取り出して一つ一つ調べてみたくなるが、でも、やっぱり一番気になるのは────
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◇所持アイテムリスト
……
・天之麻迦古弓
・倚天剣
・岩融
・フラガラッハ
・邪竜ミアハ
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「……あった。ていうか、なんでここに?」
いきなり『精霊の声』の挙動がおかしくなった時にアイテムに追加された、『邪竜ミアハ』。
『邪竜ミアハ』という名前はさっき俺と神皎さんが二人がかりで倒した黒い竜のことのはずだった。
それが、なんで俺の所持品リストに当たり前のように入ってるんだろう……?
と思って、謎のアイテムの詳細画面を確認しようとすると。
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『邪竜ミアハ』 荳肴★☆ュ」縺ェ◎繝??繧ソ
効果:譛ェ謇ソ隱阪?繝??繧ソ
蜊ア髯コ縲∝ョ溯。御ク崎?
────────
……また、文字化けだ。
直感的にやばいと思い、すぐに情報ウインドウを消そうとしたのだが、『精霊の声』がなぜか、俺の操作を受け付けない。
「────え?」
代わりに、『精霊の声』が赤く明滅する。
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:: ! FATAL ERROR ! ::
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【 ── 警告 ── 】
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莉ョ諠ウ邂。逅???ィゥ髯舌〒繝励Ο繧ー繝ゥ繝?繧貞ョ溯。後@縺セ縺吶°?
YES / NO
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真っ赤なウインドウに読み取れない文字が並び、不穏な『警告』のメッセージ。
その下に、YES、NOの選択肢が表示されている。
……何も読めないのに、どう判断しろと?
なにが起きているのかさっぱり理解できないが、どちらを選んでも絶対に何か良くないことが起きる気がした。
俺が慌ててこの不気味なウインドウを消せないかと試行錯誤していると、急に「YES」の部分の文字の色が変わり、その後も奇妙なメッセージが表示され、「YES」、「NO」の選択肢。
その度に何度も「YES」が選択されたようにチカチカと瞬いた。
「……な、なんだ……!?」
俺は何も操作をしていないはずだった。
……まさか、『精霊の声』が勝手に動いて「YES」を選択した?
そんなわけがないとも言い切れない。
よくわからないが、まずい状況になっているのではないかと焦っていると異常な『精霊の声』の画面は急にプツリと消えた。
代わりに新たなウィンドウが表示される。
幸いなことに今度の文字列は正常だった。
でも、そこに表示された内容は俺が全く理解できないものだった。
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副次管理者権限により《図書館》への新規概念のアップロードを実行……完了。
上記に伴い、次元間統合プログラム群を全更新、再起動……完了。
幻想器物『邪竜ミアハ』をインベントリから取り出しました。
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「……幻想器物? ……取り出した?」
直後、部屋の中に異変が起こった。
俺のベッドの上に突然、アイテムを取り出す時に見るような光と共に人の形をしたものが現れた。
そして────
「まま」
聞き覚えのある声が、頭の中からではなく聴覚を通し、部屋の中で響いた。
「…………まま?」
そこには薄紫色の長い髪を流した一糸纏わぬ姿の少女がいた。
少女は俺のベッドにぺたりと座り込むと宝石のような瞳で真っ直ぐに俺を見つめ、首を傾げた。
「……やっぱり、ままじゃない? でも、ままのにおい、する。なんで?」
「えっと……君は?」
俺はあまりの事態に反応が追い付かず、質問に質問で返した。
「ミアハ、じゃりゅう。じゃりゅう、ミアハ」
「じゃりゅう……?」
ああ、邪竜。
『邪竜ミアハ』。
やっと頭の中で少女とあのアイテムの名前が繋がった。
「まま、ミアハにそういった……もう、わすれた?」
少女の翡翠色の瞳が揺れ動く。
あまり表情の変化は見られないが、とても悲しげな雰囲気は伝わった。
「……ごめん。俺は君のままじゃない。だから、わからない」
「まま、ちがう? なら、なに?」
「御山、深人」
名前だけで答えた俺の顔を、少女は不思議そうな表情で覗き込む。
「ミヤマ……ミト? でも、ミト、ままのにおい、する。なんで?」
「……君、もしかして、さっき、俺たちと戦ってた竜?」
「そう。ミアハ、おぼえてる。ミト、さっき、ミアハとたたかった。ミト、つよかった。……なかみ、だせない」
「……言っておくけど、俺の中にはなにもいないと思うよ? ……俺からなにかの匂いがするの?」
「────する。とっても、いいにおい。ままの、におい」
自分のことを『ミアハ』と呼ぶ少女は長い髪を靡かせとてつもない速さで起き上がると、俺の首筋に鼻を近づけた。
「────え」
「……うん。やっぱり、ミト、ままのにおい、する。でも……ままじゃない? なんで……?」
そうして、少しの間俺の首周りの匂いを嗅ぐと、長い髪を揺らしながらまたベッドの上に戻って座り込んだ。
一瞬、襲われるかとおもって身を固くしたが、そういうつもりはないらしい。
さっきと違って暴れる気配はない。
「…………やっと、みつかったとおもったのに」
今はただ膝を抱え、悲しむように顔を下に向けているだけだった。
「……君はその「まま」を探してるの?」
「…………そう。あいたいから」
悲しげな表情で俯いていた少女だったが、俺が声を掛けると少し顔をあげて、ゆっくりと自分のことを話し始めた。
「……ミアハ、ずっと。ず〜っと、さがしてた。ままに、うんでもらってから、ずっと。このせかいの、じかんだと……さん、まんねん? ぐらい……でも、みつからなかった。きっと……ミアハ、わるいこ、だったから」
「……どうしてそう思うんだ?」
のんびり話を聞いている状況でもない気がするが、少女が真剣に語る様子に、思わず聞き返してしまう。
「ミアハ、ままにうんでもらったとき、いらない、っていわれたから」
「……いらない?」
「そう。ミアハ、ままの、いらないもので、つくった、って。いちばん、わるいものあつめて、うまれた、って。だから、じゃりゅう、なんだって。まま、そういった……だから」
少女は少し顔を上げ、微笑んだ。
「……ミアハ、がんばった。ままに、いる、って、いってもらいたかったから……でも、だめだった。まま、どこか、とおくにいなくなった」
……それは、もしかして。
この子は生みの親の「まま」に捨てられた、ってことだろうか。
俺はさっき、この子に殺されかけたばかりだ。
でも、表情や仕草をみていると、もう悪いものとも思えなくなっていた。
多分、この子、本当に母親をさがしてただけなんだろう。
その過程に、どういうわけか俺がいた。
悪気はなかった、で済む話じゃないが……もう、憎めなくなっている自分がいた。
「……でも、ここ、ままのにおい、する。それだけで、しあわせ」
ミアハは部屋の空気を吸い込むようにして、天井を仰ぎ見ながら笑う。
「じゃあ、俺も一緒に探そうか? その、「まま」を」
少しもの悲しげに見えるその表情に、俺はつい、余計なことを申し出た。
するとミアハはまた不思議そうに首を傾げ、俺の顔を見た。
「ミト、いっしょにさがしてくれる? なんで?」
「……なんでもなにも。君、お母さん探してるんだろ? なら、会えた方がいいと思って。他の理由は特にない」
口をついて出た言葉だったが本当にそれ以外の意味はなかった。
俺も両親を亡くしているし、この子に気持ちはわかる。
もちろん、この子にとってお母さんに会うことがいいこととは限らない。
でも、もし会えるなら、会って真意を確かめないとこの子の場合は前に進めない気がした。
俺がミアハの返事を待っていると、ミアハはじっと俺の顔を見つめた後、満面の笑みを浮かべた。
「……うれしい。ミト、つよい。ミト、ままの、においする。きっと、まま、みつかる」
そうして、ミアハは嬉しそうにぴょん、とベッドの上で体を縦に揺さぶった。
この子、だいぶ素直な性格らしい。
三万年生きているという割には単純な思考だと思ったが、俺の方もさっきまでこの子と殺し合いをしていたわけだから人の事は言えないかもしれない。
随分な約束をしてしまった気もするが、一緒に母親を探してあげたいのは本心だし、ひとまず、さっきのように互いに戦わずに済むようで、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「なあ、ミアハ。それはそれとして」
「……なに?」
そうして、一つの大きな問題が解決したところで。
俺は次の大きな問題に取り掛かる。
「とりあえず、服、着よ? そのままだとちょっと、あれだし」
「ふく? なに、それ?」
俺の予感は当たった。
さっきから、あまりにも無防備すぎる自分の格好を全く気にする様子がないので、なんとなく心配になって聞いてみたのだが「ふく? なにそれ?」と返された。
俺はその時点で色々と諦め、即座に自分のクローゼットからTシャツを取り出して不思議がる幼女に無言で被せた。
「これ、なに? とってよい? じゃま」
「よくない。お願いだから、それは脱がないで?」
「なんで?」
「……お願いだから」
「……わかった。ミト、まま、いっしょにさがしてくれる。だから、ミアハ、これ、がまんする」
「……ありがとう」
薄紫色の髪の少女は渋々、といった様子で俺の着古したTシャツを受け入れてくれた。
とはいえ俺のシャツではサイズがブカブカすぎて、少し動くたびに色んなところの防御力が危うくなる。
────色んな意味で、緊急事態だった。
この子がまたあの竜の姿になって暴れでもしたら、という心配はとりあえずはなさそうなものの、この状況、既に絵的に色々とまずい。
俺には決してやましいことはないはずだが、なんの説明もなしにこんな現場を妹に見られたら、何か大きな誤解を生みそうな気がする。
早めに服をなんとかしてあげないと。
「あれっ、お兄ちゃん? もう家に帰ってたの?」
タイミングよく部屋の外から階段を登ってくる足音と、妹の声がする。
「────おう、いいところに来てくれた。美羽。ちょっとお願いがある」
「うん、なに?」
「今は何も聞かず、お前が小学生の時に着てた服をありったけ持ってきてくれ。なるはやで」
「……お兄ちゃん?? いきなり、何言っているの……???」
我が家の廊下にしばらく妹の困惑した声が響いた。




