22 邪竜ミアハ 2
黒い竜は怒りを露わにしながらも、しばらく襲いかかってこなかった。
あの巨大な目でじろりとこちらを眺めて様子を窺っている。
俺たちを観察して、じっと何かを考えているようだった。
間違いなくあの竜には知性がある。
無駄だとわかった炎のブレスはもう使ってくる気配もない。
今はあの巨体より、知能の高さの方に恐怖感を覚える。
「……今のうちに情報共有しておくわ。私は【ユニーククラス】持ちで、スキル構成は【騎士】と【魔術師】の間ぐらい。通常の【騎士】と【魔術師】ができることなら、大体できるわ。貴方は?」
「俺も【ユニークスキル】持ちで、スキルは……今のところ、『剛力』『剛体術』『疾風迅雷』の三つだけ」
「えっ? 本当にそれだけ?」
「…………そうだけど?」
俺の前で竜を睨みつけていた制服少女は驚いたように振り返り、一瞬、目を丸くした。
「……………………わかったわ」
……なんだろう、今の間は。
何か、とても気を遣われたような気がする。
「それと、装備についても共有しておくわ。これは『炎剣レーヴァテイン』、さっきみたいな炎の攻撃を無効化できる『幻想器物』よ。貴方のメイン武器は?」
「……メイン武器っていうか。俺、これしかなくて」
俺が唯一の武器である『無頼の短剣』を見せると、彼女はさらに驚いたように目を丸くした。
「『無頼の短剣』? ……まさか、今までそれで?」
「そうだけど???」
……むしろ、それすらろくに扱えてませんでしたが、何か?
というか現状、メインウェポンが己の拳説の方が有力まである。
「…………これは私の私物だから。気兼ねなく使って」
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以下のアイテムが譲渡されました。
・『竜殺しの大剣』
・『炎竜の指輪』
・『殉教者の闘衣』
インベントリに格納します。
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事情を深く聞かず、しかも施しまでしてくれる彼女の気遣いに痛み入る。
でも。
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『竜殺しの大剣』 伝説☆☆☆☆
基礎攻撃力+300
効果:竜族に1.5倍のダメージを与える。
(必要ステータス:【筋力値】150)
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『炎竜の指輪』 伝説☆☆☆☆
効果:炎のダメージを大幅に軽減できる。
(必要ステータス:【魔力値】100)
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『殉教者の闘衣』 伝説☆☆☆☆
基礎防御力+120
効果:確率により、致命ダメージを回避する。
(必要ステータス:【体力値】120【精神値】120)
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「……ごめん。せっかくだけど、使えないみたい」
「どうして?」
「単純にステータスが足りてなくて装備できない」
「えっ? でも貴方、今、あれと戦えてなかった?」
「そうなんだけど」
ちゃんと説明したいが、俺の語彙力ではきっと説明は長くなる。
「さっきの不思議なスキル構成と関係してる?」
「……ああ。諸事情であの三つのスキルの効果中じゃないと、まともに戦えない」
「……わかったわ。じゃあ、それで戦闘を組み立てるから」
自覚はあったが、不思議なスキル構成と言われて少し動揺しているところに、黒い竜が動きを見せた。
考えた結果、結局近づいて殴りかかってくることに決めたらしい。
こちらとしてはあの巨体で休みなく殴り続けられるのがシンプルに一番怖いから、多分、それは正解だ。
「────来るわ。まずは私が攻撃を受けるからタイミングを見て援護を」
「了解……へっ?」
黒い竜が地響きを立てながら高速で迫り、圧倒的質量の爪で華奢な少女を襲う。
────不意に洞窟を揺らす轟音。
制服少女が炎の剣で竜の爪を弾き、暗闇を照らす火花が舞い散った。
竜の爪を叩いた衝撃で彼女の足元の地面が割れて陥没するが、体勢を崩したのは竜の方だった。
(……すごっ)
あの子、本当に強い。
あの竜の強烈な攻撃を軽々といなし、時には強烈な火花を散らせながら打ち払い、急な角度から攻撃が来ても完全に見切って危なげなく回避している。
単純な力でも見劣りしてない。
今も、あの巨大な竜の爪を剣一本で受けて真正面から押し合っている。
でも────
『────グァ────』
流石に、あの竜と真正面から押し合うと押し負ける。
「『疾風迅雷』」
俺は竜と押し合う制服少女の脇を走り抜け、動きの止まった竜に突進した。
コイツは俺が一発や二発殴ったところで大してダメージはない。
でも、さっきは一発殴るので精一杯だったが、今回は。
頼れる味方を得て全力で攻勢に転じることができる。
とはいえ現状、俺が頼れる武器は己の拳だけ。
────だったら。
「『剛力』」
(ありったけの拳をぶち込んでやる)
俺は今、『疾風迅雷』『剛力』の同時発動によって、10秒間だけ『トレーニングルーム』と同じ動きができる。
俺を「まま」と呼んでくる奇妙な竜だが、何度も殺されそうになった上、今や絶対に死なせてはならない味方ができた。
妙な同情をして容赦なんかしない。
異空間サンドバッグ仕込みの拳乱打をお見舞いする。
(喰らえ)
────とりあえず、竜の腹に全力で百発。
そして衝撃で仰け反る竜に前進して追いつきながら、また百発。
そのまま同じ場所に二百。
三百、四百と繰り返してくと硬い竜の鱗にも少しヒビが入る。
俺の素手攻撃じゃ、一発あたりろくにダメージは通らない。
それでも一撃一撃は無駄じゃない。
触れるたびにほんの少しづつ竜に拳がめり込む感触がある。
いつもサンドバッグを相手にしている調子で、無心でありったけの拳を撃ち込んでいく。
……いつもの感じというと、ついバーベルが欲しくなるところだが。
「────吹っ飛べ」
全力で連打し、10秒経過。
無呼吸運動をやり切った俺の『疾風迅雷』タイムが終わる。
【敏捷値】爆上げのスローモーション状態が終わった竜の身体は真横に吹っ飛び、激しく音を立てて背中から壁の中にめり込んだ。
『グゥアゥ……!!』
痛みなのか、竜が呻き声をあげる。
今のはダメージが通った感触がある。
「……すごい」
ふと振り返ると少女が驚きに目を見開いている。
ほんの少しドヤ感を漂わせたい状況だが、もちろんそんな余裕はない。
ここはいつもの『トレーニングルーム』じゃない。
急激な無酸素運動に息が切れて、立ちくらむ。
……これはちょっと、まずい。
「……わ、悪いけど。俺がああやって攻撃したら、五秒ぐらい時間を稼いでくれると助かる。俺の『剛体術』で耐えられるの、10秒だけだから」
「わかったわ。クールタイム十五秒分は私が稼ぐからタイミングを見計らってまた攻撃して。攻撃能力は貴方がずっと上みたいだし、私は防御と補助に徹するから」
「ああ、それ、すごく助かる」
俺が呼吸を整えていくうちに即座に役割分担が決まる。
初対面の相手と咄嗟の連携で、ほぼ阿吽の呼吸だ。
もしかして……俺って結構、戦闘センスある?
と、思わず勘違いしそうになるが、この子が凄いんだと思う。
たったあれだけの説明で俺の状態を即座に理解し、上手く合わせて立ち回ってくれるのでめちゃくちゃやりやすい。
なんていうか、すごく戦い慣れしている感じがする。
「来るわ」
「おう」
俺と制服少女は竜の次の動きを見守りながら、並んで立つ。
その後も竜は襲ってくるが、二人でなら危なげなく戦えた。
少女が竜の攻撃を受けて上手に時間を稼ぎ、俺がひたすら殴る。
初めてだが、とてもいい感じで連携ができている。
効果的で安定した攻撃ルーチンの完成。
非常用の防御手段として『剛体術』はずっと温存できている。
次第に俺たち二人の攻勢に、竜の硬い鱗が割れ落ちていく。
《《《 まま 》》》
でも、何度も頭が割れんばかりに響く、少女の声。
《《《 ……どうして? やっと、あえたのに。やっぱり……ミアハのこと、きらい? 》》》
正直、今、キツいのはこっちの精神攻撃だ。
俺はお前の「まま」じゃない。もちろん「パパ」でもない。
なのに、なんで俺を見ながらそんなに悲しそうな声を出す?
「……どうしたの?」
「……いや。大丈夫」
でも、この竜がどんなに可哀想な声を出していても、こいつは俺とこの子にとって生命への脅威に他ならない。
倒す以外の選択肢なんてない。
それに……こっちの体力も無限じゃない。
一方、ダメージは与えているはずなのに相手の動きは鈍らない。
既にお互いの体力勝負になっている。
……だとしたら、攻撃の手を緩めればジリ貧で押し負ける可能性がある。
同情してる余地なんて、ない。
「────今、調子がいいように見えるけど……このままだと、いずれ体力的に押し負けるわ」
「だな」
「だから、一つ提案があるわ」
「言ってみて」
隣の子も同じことを考えていたようだった。
「私はこれから、私の【ユニークスキル】を使うわ。でも、これから貴方が体験することは出来れば、秘密にして欲しいの。【スキル】の詳細なんて、他人に知られてあまり良いものじゃないから」
彼女が言っている意味はわかる。
彼女が俺の【ユニークスキル】のことを聞いてこないのも、こんな状況でも俺に配慮してくれているからなのだろう。
単に、あれ相手にそんな暇がないからかもしれないが。
「わかった、約束する」
「できれば、ここで私に会った、ってことも」
「オーケー。どっちも秘密にする」
「……ありがとう。じゃあ、簡単に説明するわ。私の【ユニークスキル】の効果は『ステータス上昇』。効果時間は三十秒間。発動後はしばらく使用不能になるから、使えるのは一度だけだと思って」
「わかった」
「準備はいい?」
「ああ」
「じゃあ、行くわ」
即断即決。
あまりに潔い彼女は俺の返事からノータイムで【ユニークスキル】を発動させた。
「『戦乙女の咆哮』」
途端に、俺の体が羽根のように軽くなる。
そして────
(なんだ……これ)
遅い。
全ての時間が止まったように思える。
頭上から振り下ろされた竜の尻尾がまるで空中で、静止したように見える。
『疾風迅雷』とは比べ物にならないほど周囲の速度がゆっくりだ。
そして軽く地面を踏んだだけで地面が割れ、恐ろしいほど身体が前に進む。
とてつもないステータス上昇の恩恵を感じる。
これなら、やれる。
あいつを仕留められる。
なら────
この三十秒、全力で使い切る。
「『疾風迅雷』」
俺は自前のスキルでもバフを重ね、竜に向かってさらに足を踏み出す。
とんでもない【筋力値】に上昇しているおかげか、一足踏み込んだだけで竜の身体が目の前に現れる。
……どんだけすごいんだ、この子のスキル。
俺は目前に迫った黒い竜の腹に、思い切り拳を叩き込む。
「『剛力』」
すると竜の硬い鱗に俺の拳がめり込み、今までにない手応え。
遅れて、拳を叩きつけた衝撃で周囲の竜の鱗が陥没し、亀裂が走る。
今までろくにダメージが通る気配のなかった竜に、明らかな致命打撃。
────これなら、やれる。
勢いづいた俺はさらに10、20と全力の拳を撃ち込んでいく。
《《《 まま やめて 》》》
一発殴るたびに竜が仰け反る。
俺はゆっくりと後ろに吹き飛ばされる竜を追いかけ、また殴る。
そのまま殴って殴って、殴り続ける。
激しい運動に呼吸が苦しくなり酸素が欲しくてたまらないが。
俺は攻撃を絶対に緩めない。
────絶対に倒し切るまで、竜を殴るのをやめない。
「────ぷはぁッ」
そして、永遠のように長い30秒間が終わる。
無酸素運動の果てにやっとの思いで息を吸う。
『────グァ』
同時に硬い鱗を粉々に砕かれた黒竜は轟音を立てて壁に叩きつけられ、そのまま眩ゆい光の粒子となって散った。
暗い洞窟の内部が一面、光で満たされる。
黒い竜の巨体に突き刺さっていたであろう金銀色とりどりの武器たちがバラバラと、洞窟の床に散らばって音を立てていく。
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『邪竜ミアハ』を討伐しました。
討伐者には報酬として、以下のアイテムが付与されます。
・黒竜王の鎧
・絶剣バルムンク
…………
アイテムをインベントリに格納します。
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床に落ちた無数の武器が淡い光となって消滅し、数え切れないほどのアイテムが一気に俺のインベントリに入ってくる。
表示が早すぎてメッセージが追えない。
なんだ、これ。
あの竜に刺さっていたのは全部アイテムだったっていうことだろうか。
俺が戸惑っている間に大量の光の粒子は消え去り、辺りはまた暗闇に戻った。
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レベルが31に上がりました。
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そして、レベルアップ。
一気に「31」に上がった。
「「──────」」
俺と隣の制服少女は一連の出来事を眺めて、しばらくの間、呆然としていた。
でも不意に互いに目を見合わせると、彼女ははっと何かに気がついたような表情になり、俺に向き直る。
「……助かったわ。貴方がここにいてくれて。私一人じゃ倒し切れなかったと思う」
「こっちこそ。君がきてくれなきゃ、俺なんて今頃、消し炭になってたよ」
俺は安堵のあまり笑顔で彼女に答えた。
すると、ずっと硬い表情だった制服少女もほんの少し顔を綻ばせ、『炎剣レーヴァテイン』をインベントリに格納した。
炎の剣が消える瞬間、わずかに火の粉が舞い散って彼女の顔を照らすのが格好いい。
「今度、ちゃんとお礼する。俺は御山深人」
「私は神皎凛音。お礼はいいわ。私は自分の仕事をしただけだし、結局倒したのは貴方だから」
「仕事?」
彼女の名前はどこかで聞いたような名前だった。
そう、確かに聞きいたことがある。
……どこだったかな?
俺がその記憶の出どころを思い出そうとしていると。
《《《《《 まま 》》》》》
────また、あの声が頭に響く。
「………………え?」
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アイ繧、繝?Βを獲縺励◆縲しました。
・邪竜ミアハ
アイ繝ウ繝吶Φをインベントリに格セ縺吶シ邏阪──
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そして、目の前に血のような色の『精霊の声』のウインドウが現れた。
ウインドウの内容が激しく文字化けしている。
……なんなんだ、いきなり。
同時に、視界が激しく歪む。
身体にも強烈な違和感。
手足の感覚がなくなっていく。
「待って、身体が……!?」
神皎さんの驚くような声が聞こえる。
見れば、俺の身体が消えた黒竜と同じような光に包まれている。
そして────
────軽い吐き気と、身体が浮遊するような感覚。
「……あれ? ……ここは?」
次に気がついた時、俺は元いた自分の部屋にいた。




