17 母(まま)を訪ねて三万年 1
妹にお弁当を持たせて玄関から送り出した後、俺はまた『トレーニングルーム』に篭り、黙々とトレーニングを続けた。
そうして、昼過ぎまでずっとトレーニングに励んだ結果、【筋力値】、【体力値】、【敏捷値】の右側の数値はこんな感じになった。
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御山深人【レベル】1
【筋力値】 23 (* 76.1004)
【体力値】 25 (* 61.3631)
【魔力値】 10
【精神値】 18
【敏捷値】 26 (* 69.0239)
【幸運値】 19
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病院にいた時とは比べ物にならない上昇効率で、もう退院時の倍ぐらいになっている。
これだけでも戸惑いを覚えるぐらいの状態だが、さらにもう一つ、とんでもない事実が判明した。
俺の『スキルポイント』はなぜか最初から「81」もあった。それから『疾風迅雷』で「50」使い、一度もレベルアップしていないので残りはあと「31」……だとばかり思っていたのだが。
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取得可能スキルリスト - 残りSP 156
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……どうしてこんなことに。
今の俺の現在の残り『スキルポイント』はいつのまにか「156」になっていた。
一度もレベルアップもしないまま、スキルポイントだけが増えまくっている。
これは流石におかしいと思い、トレーニングを続けながら色々と数字の動きを調べてみた結果、どうやら俺の『スキルポイント』は例の謎の数値ときっちり連動しているらしかった。
謎の数値が「1」上昇するタイミングに合わせて、SPが「1」増え、『疾風迅雷』で使ったSP「50」と、「156」を足すと、謎数値を足してみるとちょうど「206」と同じになる。
普通ならレベルが1上がるごとに「1」しか手に入らない『スキルポイント』が、あの謎空間で延々と筋トレするだけでどんどん貯まっていっていることになる。
これはトレーニングを続ける限り、実質【スキル】が取り放題、ってことになるのでは……?
と、一瞬期待に胸を膨らませかけたが、そう都合よくいくとも限らない。
謎の数値は今でこそ調子よく上昇しているが、もし『上限値』があったらそこまでだ。
いくらでも貰えるだろうと調子に乗って貴重なSPを使いまくり、いざというときに足りませんでした……なんて話になったら、とてもじゃないが笑えない。
俺は自分の状況を少し考えみて、この大量のSPは本当に必要になるときまで温存しておくことにした。
トレーニングの効率を考えると取りたい【スキル】はいくらでもあったが、 SPを消費して新たな【スキル】取得するのは必要性に迫られてからでも遅くはない。
幸い、今のところステータスの右側の数値は順調に伸びているし、伸び方に不足は感じない。このまま現状維持でトレーニングに励んでも、何も問題はなさそうだった。
「……よし。じゃあ、もう一回『トレーニングルーム』に戻るか」
そうして、俺が夕飯の仕込みを手早く終わらせて自室に戻り、もう一度『トレーニングルーム』に入ろうとした時だった。
《…………………………》
(……ん?)
突然、耳の奥から何か奇妙な音がした。
注意して聞いてみると、それは誰かの声のようにも思えた。
《……まま》
「…………まま?」
俺は驚いて、思わず部屋の中を見回した。
当然、俺の他には誰もいない。
でも、確かに聞こえた気がする。
幼い女の子のようなか細い声で「まま」と。
念の為、もういちど周囲を見渡しても誰の姿もない。
……まさか、幽霊?
(…………ま、そんなわけないか)
もしかして、幻聴か何かだろうか。
俺は幽霊の類はあまり信じない。
でも、あまりに生々しい声に薄気味悪さを覚え、さっさと『トレーニングルーム』に逃げ込もうと思っていると、また頭の中で同じ声がした。
《……まま、そこ、いる?》
……いる。
やっぱり、そこに、何かいる。
今度ははっきり聞こえた。
これは幻聴じゃない。
俺の頭がおかしくなったんじゃなければ、確かに、何かが俺の頭の中に直接声を響かせている。
《……やっぱり……ままの、におい。まま、そこ?》
再び、問いかけるような声が頭の中に響く。
どうやら、この声の主は「ママ」を探しているらしい。
でも、やはり俺の部屋の中を見渡しても、どこにもそれらしい姿は見えない。
もちろん、声の主らしき少女の姿も。
……通りすがりの親子の幽霊?
じゃあ、ないか。
ともかく、女の子の声は必死に母親の姿を探しているらしかった。
《……まま。どこ? いない?》
(……どうしよう……)
俺は頭に響く声を聴きながら、しばらく様子をうかがっていた。
普通の女の子であれば声をかけて一緒に探してあげるところだが、この状況はどう考えても異様だ。
この奇妙な声はまだ俺のことを認識していない。
よくある怪談ではないが、なんとなく、俺はこの女の子の声に答えてはいけないような気がした。
《……まま。いない? やっぱり、ミアハ、いらないこ……?》
でも、その女の子の声の必死さと、あまりにも寂しそうな様子から、どうにも放っておけないような気がした。
「……ねえ、君。お母さんを探してるの……?」
俺は結局、その得体の知れない存在に声をかけた。
つい、返事をしてしまった。
すると途端に、全身が凍えるような強烈な悪寒。
《《《 まま、いた 》》》
「────え?」
姿の見えない少女の囁くような声が、ぐるり、とこちらを向いたのがわかった。
《《《《《《 いた。みつけた。やっと、あえた 》》》》》》
消え入るようだった少女の声が突然、雷鳴のような大音響となり頭の中でガンガンと暴れた。
同時に視界がぐにゃり、と歪み、頭が割れるように痛む。
(……なんだ……これ……)
一瞬で視界が暗闇に包まれ、いきなり空中に放り出されたような浮遊感。
俺は自分の部屋にいたはずなのに、何故か足の裏がどこにも触れておらず、まるで重力のない場所を漂っているかのようだった。
直後、強烈な力で何処かに身体を引き寄せられる感覚と、気を失いそうなほどの目眩と吐き気。
俺がわけもわからず、全身に襲ってくる異様な感覚に耐えていると、次第に何も感じられなかった視界に一条の光が見えた。
そしてものすごい勢いで何かに近づいたかと思うと、突然、俺の身体は固い地面に投げ出された。
「────痛ッ────!?」
ちゃんと地面を触れられた安堵感と不安感を一緒に覚えながら、ふらつく脚に力を入れてなんとか立ち上がると、俺はそこで目にしたものが信じられず、思わず自分の目を疑った。
「どういうことだ……これ……?」
そこは薄暗い洞窟の中だった。
まるでファンタジー世界のような非現実的な光景だが、俺はこの場所には見覚えがある。
「……昨日の『幻想領域』……?」
家の中にいたはずの俺は、いきなり、昨日訪れた神社の『幻想領域』に立っていた。
(本日あともう一話投稿します)




