14 ユニークの討伐報酬
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん、おかえり、美羽。どうした?」
「やけに嬉しそうだけど……何かいいことでもあったの?」
「うん? そう見える?」
「うん、そう見える」
俺はリビングのソファに座ってニヤニヤと自分のスマホを眺めながら、制服姿で帰宅した妹を迎えた。
妹が玄関から帰ってくる音にも気がつかなかったぐらい、預金口座の数字に夢中だった。
今日の昼に『幻想領域』に足を運んだことは、今のところ妹には言わないでおこうと思っていたので、少しまずい状態だが……流石に顔面に喜びが滲み出すのを抑えられない。
なにせ、さっき倒したユニークモンスターのドロップアイテムが売れたのだ。
────それも即金、「90万円」で。
俺の【幸運値】「1」とはなんだったのか。
いきなりユニークモンスターに遭遇したのは強烈だったし不運と言えば不運だが、結果から見ればラッキーとも言える。
嬉しい誤算だった。
俺がユニークモンスターの『ゴブリンジェネラル』を倒して手に入れたアイテムの詳細はこうだった。
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『精霊の宝玉』 装備品 卓越☆☆
効果:魔法系スキルのクールタイム-10%
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なんと、等級が「希少」よりも上の「卓越」等級。
地味だが有用そうな効果を持つレアアイテムだったが、俺は効果を確認するとすぐに売ることに決めた。
俺が取得可能なスキルは完全に【戦士】と【盗賊】寄りで、残念ながら【魔術師】のような【魔法】スキルはない。
無意味とまで言わないが、当面、持っていても仕方がないアイテムだと思ったからだ。
そういうわけで、俺は政府系の企業が運営する半公営の『アイテムショップ』で取引を行なった。
『アイテムショップ』では誰でも匿名に近い形で自分のアイテムを売りに出すことができる。
手数料は一律で「売値の1割」で、価格設定は売り手の任意だが、自動でアイテムの相場を検索して設定してくれる便利機能もある。
そして、俺が『精霊の宝玉』 を登録したところ、初期値が「100万」になっていた。
流石にこれは当分売れないだろ……とは思ったものの、試しに予測相場で売りに出した数分後、いきなり100万円で買われて取引成立となった。
そうして、『アイテムショップ』と連動させている俺の預金通帳には「90万」の振り込み履歴が記録された。
つまり、俺は初めてのダンジョンでいきなり100万円相当のアイテムをゲットできたということらしい。
全く期待していなかった分、喜びは大きい。
誰だって、これで顔が綻ばないわけがない。
でも、その顔が原因で今、俺は妹に怪しまれ、じっとりとした目で見つめられている。
「……お兄ちゃん。どう見てもその顔、怪しいよ」
「ははは。まあ、気にしないでくれ。そんなに大したことじゃないから」
「……怪しい。まさかとは思うけど……中学生の妹に養われるのが嫌だからって、変なビジネスとかに手を出してないよね? 在宅で誰でも楽に稼げます! みたいなやつ」
「ははは、俺がそんなのに手を出すわけないだろ」
「そうだよね。お兄ちゃん、疑り深いし、そういう系の苦手だもんね。あ、それじゃあ……もしかして、私がいなくなった後に「ちょっと見るぐらいならいいだろ……」とか思って最寄りの低ランクダンジョンに行って運悪く雑魚モンスターと出くわして、なんとか倒して棚ぼたで高額アイテム引き当てた……とか? ……ま、そんなわけないか。昨日退院したばかりだもんね」
「……………………うん。…………そんなわけないだろ」
少し、声が震えた。
手も震えている。
……まずい。
妹の表情が変わった。
いきなりこんなにピンポイントで当ててくるとは思わなかった。
いずれは話そうと思っていたことだったが、どう切り出していいか困る。
妹が真顔で俺の目を見つめ出したが、明らかに自分の目の動きに動揺が出ているのがわかる。
「……えっ、まさか……本当に?」
俺の動揺で、妹の疑惑の表情が確信に変わった。
これはもう、隠せないし、言い逃れもできない。
俺が覚悟を決め、今日の出来事を正直に話すことにしたところ、妹の背後にあったソファの上に置いてあったクッションがものすごい勢いで俺の顔に飛んできた。
「……美羽?」
俺があまりの威力に驚いて妹の顔を見ると、もう目にいっぱいの涙を溜めていた。
「────なんで、いきなりそんな危ないことするの? 絶対に無理しないでって、言ったのに……もし死んじゃったら、どうするの……!?」
さっきまでの様子から一転、ガチ泣きだった。
……まあ、そうなる。
俺はこの子に寂しい思いをさせたばかりだった。
二ヶ月前、家族全員が家からいなくなって、自分一人だけ取り残される側になった。
やっと一人帰ってきたと思った翌日に、また俺がいなくなるかもしれないという事態。
……これはどう考えても、俺が悪い。
「……お兄ちゃんは、私が養ってあげるって言ったじゃん」
消え入るような声と同時に、二つ目のクッションがどすん、と俺の顔面に押し付けられた。
妹の表情は確認できないが、クッションの圧からして相当に怒っている。
「……お兄ちゃんにも、何か理由があったのかもしれないけど。家族なんだから、そういうの、ちゃんとしてよね。もう、誰かがいきなりいなくなるのなんて、嫌なんだから。ついこの前に、あんなこともあったんだし……本当に、やめて」
「……悪かった。次はちゃんと相談するから」
美羽は涙声で淡々と、自分が怒っている理由を説明する。
妹はこういう時でも理性的だ。
それだけに申し訳なさが大きくなる。
俺はひとまず、顔に押し付けられるクッション越しに謝ったが、美羽はしばらく泣き止む様子はない。
俺は妹の顔色を窺いつつ、押し付けられるクッションを少しづつずらし、 顔が半分ぐらい出たところで、今日、美羽が帰ってきたところで言おうと思っていたことを言った。
「……あの、美羽さん。一つ、提案があるのですが」
「……何?」
「────俺と今晩、飯にいかないか?」
まだ怒っている様子があるものの、俺の口から出る言葉が予想外だったのか、美羽は涙が溜まっている目をパチクリさせた。
「……それって、外食ってこと? もしかして、お兄ちゃんの奢りで?」
「そう。今回のお詫びも含めて」
「それ、ダンジョンで稼いだお金でってことじゃないよね?」
「それは……その?」
俺の現在の仕様上、それ以外の金ではあり得ないんですが。
「……いいよ。行こう。せっかく、お兄ちゃんが自分で稼いだんだしね」
妹はまだ完全に俺を許してくれているわけではないと思うが、こういうところが優しい。
そして、ほんの少し笑顔になった。
「……お兄ちゃんに奢ってもらえるの、初めてな気がする」
「いや、前にもあっただろ、確か?」
「そう? あんまり記憶にないけど……?」
思い返してみると、それは大昔の話で、お菓子をひとつ買ってあげただけだった。
それも当然、親にもらったお小遣いで。
「いや……今のは忘れてくれ。俺の勘違いだ」
「で、今日はいくら稼いだの?」
「そうだな……言えないこともないけど、今日は内緒にさせてもらっていい?」
「どうして……?」
「まあ、別に秘密にする必要もないんだけど……聞いたらびっくりすると思うし」
……それを話すと、どうしてもユニークモンスターに出くわした話になり、絶対に余計な心配させてしまうので。
「ふうん……? じゃあ、言えるようになったら、言ってね。それで、どこに連れっててくれるのかな? コンビニ? パンぐらい買えそう? もし、お金足りないなら私が出すから大丈夫だよ」
「……なあ、妹よ? 流石にもうちょっと期待してもらってもいいんだけど?」
……そっちの、低くてびっくりする方じゃない。
とは言えなかった。
家庭内での兄の信用力は未だに低い。
そうして、俺がどうせならお値段高めの普段行かないようなレストランでもどうか、と言ったら、妹はそういうお店は予約が必要だし、普通のところがいい、と、逆に家から歩いて数分の手頃な価格帯の中華料理店を提案された。
俺としては妹の希望に反対する理由もないので、その店に決め、妹が制服から私服に着替えを済ませるのを待って、一緒に歩いて向かった。
その料理店は、まだ他の家族がいた頃によく行っていた店だった。
「この店、久しぶりだね」
「ああ、まだやってたんだな」
俺と妹は前に来た時と同じ、いつものメニューを注文した。
その料理は昔の記憶と全く変わらない、いつも通りの味がしたが、こんな量あったっけ、と思えるぐらいに皿に盛られた料理はボリューム満点だった。
食い切れるか不安になったものの、妹も大きくなったし、今日は予算がふんだんにあるので追加でもう一皿頼もうとしたら、「無理しなくていいよ」と言われたので、逆に意地になって無理矢理頼んだ。
そうして俺は不安そうな妹が見守る中、腹が膨れるほど食べたのだが、それでも会計はお手頃だった。
二人合わせて、たったの2420円。
奢ってやる、と見栄を切った割には、ささやかな出費だった。
だが兄は今日、ささやかな目標を一つやり遂げたのだ。
自分で稼いだ金で妹に料理を食わせてやる、というささやかな目標を。
とりあえず、今日はそれだけで満足だった。
◇◇◇
「……じゃあ、おやすみ、お兄ちゃん。今日はごちそうさま!」
「ああ、どういたしまして。ちゃんとお詫びにはなったかな?」
「う〜ん、久しぶりの外食だし、美味しかったけど……やっぱり、まだ許したわけじゃないからね? あ、それと。明日はお兄ちゃんが作った料理がいいな。慣れてるし」
「おう、任せろ。もう献立はきっちり組み立ててある」
「じゃあ、楽しみにしてる」
「じゃ、おやすみ、美羽。また明日」
俺は寝巻き姿の妹が自分の部屋がある二階に上がって行く足音を聞きながら、残りの家事を片付ける段取りを頭の中で組み立てた。
予定より長くダンジョンに行っていたせいで少しばかりやることが溜まっているが、それも今日は一瞬で終わる。
なぜなら────
「『疾風迅雷』」
俺は今日取得したスキル、『疾風迅雷』を発動させた。
すると、辺りの時間の進みが格段に遅く感じられるようになる。
(これ、めちゃくちゃ家事にいい)
俺は『疾風迅雷』の効果時間の間にいつもの掃除をテキパキと手順通りに済ませ、洗濯モノの仕分をして、洗濯機に放り込みつつ、乾いた洗濯物を取り込む。
そうして、十秒の【スキル】効果時間が切れると、あらかじめ温めておいたアイロンで乾いた洗濯物をじっくりとプレスする。
所要時間、ジャスト五分。
────全てが完璧。予定通り。
だからどうなんだ、という話だが、時間きっかりにいくと気持ちがいい。
そして、掃除洗濯が終わったら明日の朝食の下拵えもしておく。
火を使う作業では残念ながら、『疾風迅雷』は使えない。
でも、俺の作る料理は適度にパターン化されている為、手間も労力も少ない。
あくまでも下拵えなので、それほどの時間はかからない。
そうして、家事を工夫して浮いた残りの時間は、もちろん。
「……『トレーニングルーム』、だな」
今日はあまりにも反省点が多すぎた。
初めてダンジョンに入るというのに油断し、初見で危うく死にかけたのもそうだし、ユニークのゴブリンと対峙してからも焦りまくって幾つものミスを犯した。
運が良かったから勝てたようなものの、一歩間違えば帰らぬ人となっていた。
そして何より、また妹をあんなふうに泣かせてしまった。
もう二度と、妹にあんな顔はさせられない。
だから、俺はこれから、もっともっと強くならなければならない。
どんな理不尽な目にあっても、余裕で生き残れるぐらいに鍛えなければならない。
俺はリビングの明かりをけし階段を上がって自分の部屋に入ると、一つ大きく深呼吸をして『精霊の声』を呼び出した。
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『トレーニングルーム』に入室しますか?』
YES / NO
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幸い、俺はあそこでは眠くならない。
疲れもしないし、休息の必要もないので、俺は他の人が寝ている時間帯にも目一杯、『トレーニング』ができる。
そうして、今よりも何倍も、何十倍も強くなってから、あの『Fランク』ダンジョンに正面から堂々と挑むことにする。
それが一番、俺にとって一番合理的で安全だということが、今日、わかった。
「YES」
そうして、部屋から自分の体が消えていくのを感じつつ、俺は一日ぶりにあの謎空間へと戻った。
 




