2 フリー系投稿者A
日曜日、ボロボロの会社独身寮。
ここは短髪の部屋。部屋の中には短髪とメガネがいる。
メガネが最初の言葉を発した。
「動画投稿者がやるというレビューというものを、なろう作家もしてみむとしてするなり」
「いきなり土佐日記?どうした?」
「いや、レビューのレビューなんて非生産的な内容をこれからやるわけだろ?高尚な口調になればその非生産性を誤魔化すことができないかなと思って」
「……その2文だけでも何か所もツッコミどころがあるぞ。だがまぁ、気持ちはわかる」
昨日、勢いで決めてしまったレビューレビュー作品作り。
一晩寝て冷静になると、その生産性の無さに気づかされた。
とはいえ、ネタのため。一日くらいはこんな休日があってもいいよね、ということで始めることにした。
改めてメガネが自分たちの紹介をする。
「はいこんにちは。‘レビューレビュワー’です」
「レビューのレビュワーか。そのまんまですね」
「分かりやすい方がいいですから」
「そのうち‘レビューレビュワー’をレビューする‘レビューレビュワーレビュワーズ’がでてきたりするかもしれません」
「なんですか、その‘クール/クーラー/クーリッシュ’的なノリは」
「無限に続いていく、終わりがないのが終わり。それがレビューレクイエム」
「レビューの連鎖はどこかで断ち切りたいなぁ……」
ではレビュー対象の紹介をお願いします。
「‘フリー系投稿者A’をレビューします」
「あれ?動画をレビューするのではなく、レビュワーさんをレビューするのですか?」
「はい。そもそも動画単品をレビューするには、我々の知識も語彙力も足りません。よって、レビュワーさんの動画の傾向などを話すことでお茶を濁そうと思います」
「なるほど。動画単品に対するレビューの場合、元作品とレビュワーさんの両方を理解していないといけない。一方でレビュワーをレビューするのであれば、元作品の方の理解が足りなくても問題ない、ということですね?」
「問題ないことはないです。元作品も知っておく必要があります。レビュワーの意見が妥当か判断する必要があるので」
「はいでました。早速の矛盾。作品知識が足りないからレビュワーさんをレビューするのに、作品知識が足りないとレビューできない。どういうことですか?」
「簡単なことです。我々のレビューには問題がある。それだけの話です」
「……開き直りですね」
「取り繕ってもしかたないでしょう。事実は事実と認めないと。レビュワーは誠実であるべきです。読者の皆様はそこをよく理解した上で以降をお読みください」
話を戻します
「‘フリー投稿者A’以降はAと表記します。敬称がないのはご了承ください。さて、この方の動画投稿傾向についてからです」
「サムネをみると、否定的な言葉が多いですね。‘最低’‘最悪’‘ゴミ’……これは辛辣だ」
「Aはなかなかの辛口レビュワーのようですね。ですが、サムネでAが言いたいことが一目でわかるのはグットポイントです」
「キャッチ―なサムネはいいですね。動画をクリックさせなければいけないという点で、目論見は成功しているのではないでしょうか。とはいえ、最近の動画投稿者の皆さまの間では、サムネを工夫するのは初歩も初歩。初級のテクニックだと思います。さて、サムネ一覧の単語を見ると、まれに肯定的な言葉も並んでいますね」
「ええ。Aは辛口一辺倒ではないのではないのかな、ということが推測できますね」
「常に否定ばかりだと、否定しかしないレビュワーと認識されてしまいますからね。時々ほめておかないとオオカミ少年扱いされてしまいます。そのバランスを取っていると思われます。Aも考えていますね」
「私のようなひねくれ者の視点で見ると、Aはわざわざこき下ろすような題材を探してきてレビューしていると思われます。にもかかわらず、ほめるレビューが入っている。レビュー対象選択に不自然感が否めません」
「いわゆる有名作品だとほめる場合もあるようですね」
さて、動画の中身について言及していきましょう。
「最初にレビュー対象について説明していますね」
「題名の読み上げ。いいですね。確かにその漫画のレビューを見ているのだ、ということを確認できます」
「おっと、いきなり下ネタですね。字幕は正常なのに、読み上げた言葉は別の言葉です」
「これは酷い。女性であればこの時点でブラウザバックしたくなるかもしれません。しかもこのネタ、ほぼ全ての動画に入っています。何を目的としているのかが分かりません」
「ちょっとしたジョークじゃないでしょうか?」
「これを面白いと感じる感性を持つ人がいるというのが驚きですね。ですが、毎回鋭いツッコミを入れるAです。これが定番になっているということは、世の中にはそういう人が多いという判断をし、それを動画にも取り入れているのでしょう」
「自分の動画の視聴者の特性を考慮して入れているということですね」
動画の続きを見ます
「Aの特徴の一つが、動画の画面に出てくる絵にあります」
「一般的な‘ゆっくり’ではないですね。しかも、それ以外の絵が……なんでしょうか?パソコン初心者がペイントで書きました、と言っても通じそうなピクトグラム?的な何かですね」
「これには原因があるようですね。以前投稿削除されたことがあり、その原因が権利絵の流用だったらしく、ある時から完全フリーなものしか使わなくなったようです」
「なるほど。そのため‘フリー系投稿者A’なんですね」
「この投稿削除されたことがAのその後を決定づけることになりました。削除されたレビューで対象としていた作品、その関係者に対して執拗な攻撃をするようになったのです」
「なるほど。自分の作品が消されたことが、Aのモチベーションになったのですね」
「そういう意味では、動画削除はある意味正解だったのでしょう。動画削除ということは少なくともサイトは権利侵害を認めたにもかかわらず、自分の正当性を主張するというのは見苦しいですが、Aの支持者にとってはこれも権力への抵抗に見えるのかもしれませんね」
動画の続きです。
「途中、嘔吐の表現が出てきますが、これは……?」
「これは、Aが特にひどいと思った箇所を表現する手段のようですね。これもよく考えられていますよ」
「どういうことでしょうか?」
「お金を出して買った作品がひどいクオリティだった。それに気づいた際、あなたならどうしますか?」
「どうする……そうですね。作者は何考えているんだ、と呆れる。こんなものに金を使ってしまったことを情けなく思う。出版社に対して憤る。そんなところでしょうか」
「嘔吐しますか?」
「嘔吐は……しない、と思います」
「そうですね。嘔吐というのは気持ち悪いという感情と紐づけられることが普通です。Aは作品が気持ち悪いと言っているわけです」
「ふむふむ」
「この気持ち悪いというのが絶妙ですね。いちエンタメ作品の登場人物の思考回路に対して気持ち悪いと言っている。この意見にケチをつけることは難しい。気持ち悪いと思ったと言えば他人は否定しようがない」
「私なら、作品中にゲスい登場人物がいればゲスいなぁ、で終わるだろうけど、ゲスさに気持ち悪さを感じる、という人を否定することはできません」
「グロ画像を見て気持ち悪くなる人は多いと思うが、逆に興奮する人がいるかもしれません。個人の感情を否定することはできないんですね。その上での嘔吐。これが素晴らしい」
「というと?」
「表向き、他人を攻撃していないのです。先に述べたような感情は、外へ向かうものと内へ向かうものに分かれます。外へ向かうものとしては、憤った挙句興奮して暴力的な行為を行う、他人へ暴言を吐くなんかですね。一方の内へ向かう物としては、体調が悪くなる、気分が沈むなどです」
「ほう」
「外へ向かう感情というのは周囲からの反発が大きい。普通の人は殴られたら殴り返したくなりますから。一方で内へ向かう感情は受け入れられやすい。だれにも迷惑かけていないですから。フーン、そうですか、大変だね、可哀想だねという同情を呼び、周囲に受け入れられやすいのです」
「ほほう」
「Aは、気持ち悪いと作品を攻撃している。しかし、被害を受けているのは自分であるということを嘔吐で表現することによって、動画視聴者はあたかもAが被害者であり、作品が加害者であるという錯覚を起こすのです。また、嘔吐という滅多に起きない事象を使うことで、作品がとてもひどいものであることを強調できる。暴言という作品への攻撃と、嘔吐という作品からの攻撃に偽装した作品への攻撃を織り交ぜて作品をタコ殴り、これはよいテクニックです」
「やりますねぇ」
動画を続けます。
「Aは作品のダメなところについて、明確に理由を述べてダメだと言っていますね。ここには好感が持てます。ダメだと言いっ放しではないですし、責任感を感じます。何ならどうすればいいか、自分なりの意見まで言ってますね」
「それのどこがいいのですか?」
「ダメなところを指摘して対案を出す。非常に建設的ではありませんか?」
「おっと、待ってください。考えて欲しいことがあります」
「なんでしょうか?」
「作品のダメなところとその理由についてのAの主張は分かりました。改善案も分かりました。では、短髪、貴方の意見はAと同じですか?」
「いや、その作品呼んだことないし判断できません……というか、レビューってそういうものでしょう?」
「自分で言っていて、矛盾を感じませんでしたか?」
「?」
「これはレビューというものの性質上仕方のないことですが、レビュー動画に対し否定的意見は持ちにくいのです」
「??」
「その作品を読んだことのない視聴者にとって、その作品の情報はAが話す内容から類推することになります。その時点で視聴者はAと同一になるのです」
「???」
「Aが、ここが矛盾している、という点を具体的に上げて説明します。なるほど、それは矛盾でしょう。ですが、その矛盾がAが説明しなかった場所で解消されている可能性はありませんか?実はその矛盾こそが複線であったという場合は?」
「それは……事実、Aが全編通して説明がなかったと言ってますし、そうではないのですか?」
「あなたのようなピュアピュア時代が、私にもありました。……ともかく作品を読んでいない視聴者にとって視聴中、Aは絶対的な存在になっているのです。Aの評価を覆す情報を持っていないのですから。そうなると、Aが表現を少し変えるだけで視聴者に与える印象を操作することができる」
「Aは嘘を言っている?」
「そういうことではありません。負の面を殊更に強調することは容易である、ということです」
「仮にそうであった場合、作品を知らない視聴者はそれが事実がどうかを判断できませんよね」
「その通りです。なので漫画レビューというのは真面目に聞いてはいけません。話半分に聞いとけばいいんですよ」
「この企画を否定するような意見はやめてください」
「事実ですので」
「自分だったらこうする、という対案については?」
「これは、Aが自分の意見を補足する内容でしかありません。確かに説明では筋が通っているかもしれません。が、それによって作品が伝えたかった内容がダメになってしまうかもしれない、ということは考えられませんか?」
「なろう系作品はそんな重いテーマ考えてないと思う」
「私もそう思う」
「……」
「……」
「……」
「……ともかく、作品を知らない視聴者を煙に巻くことは容易だということは認識しておいてください。では、作品を知っている視聴者に対してはどうするか?これはさらに簡単です。何もする必要ありません。作品を知っている視聴者はAの意見に多少の間違い、違和感を覚えたとしても抗議なんてしません」
「え?」
「投稿者が矛盾点を指摘し、同意コメントが溢れる動画を見て、一見さんがその流れを否定できると思いますか?訓練されたフォロワーたちですよ?」
「ファンネルに撃墜されちゃいますね」
「Aはそういう作風で売っているのです。多くの視聴者はその作風を知っていて、それを期待して動画を視聴する。そこにはコミュニティが存在し、そのコミュニティに適応した者だけが生き残る。本当、漫画レビューは地獄だぜ。フゥーハハハ」
「……」
「失礼しました」
動画終了
「さて、今回のレビューレビュー如何でしたでしょうか」
「このなろう小説では、皆さまにレビューしてもらいたいレビューを募集しております」
「今回のようなしょうもない話ではありますが、レビューしてほしいという方、お待ちしております(嘘)。動画投稿者の皆さまのことをあまり知らないので、次回投稿まで時間が空くと思いますが、気長に待っていただければ幸いです」
「最後に、今回の内容を総括すると…?」
「‘人が集まると意見は先鋭化する’」
「「ありがとうございました」」