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その2 デスゲームお坊っちゃんの挨拶

 などという話をした翌日、さっそく将馬は曽根崎によって呼び出された。

 曽根崎の仕事の早さは承知しているが、まだ場所も内容も定まらない昨日の今日で声がかかったのにはさすがに驚く。人が揃うのは早くても数日後だろうと踏んでいたから、内容についてはほぼ何も考えていないに等しい。

 まずいなあと思いながら、集まってしまったものは仕方がないと阿波辺邸の庭へ向かう。今から解散という訳にもいかないだろう。ひとまず顔合わせと協力への感謝を伝えるのと、あとは企画のとっかかりだけでも相談できれば御の字である。

 靴を履き正面玄関を出て、見上げた空は良く晴れていた。絶好のデスゲーム企画日和である。

 戦後に建てられあちこち増改築を重ねた、由緒あるといえば聞こえはいいがだいぶ古びている洋館を眺めながら指示された通り東側へ歩いていくと、間もなく見慣れた長身の人影と出くわす。


「おおい、曽根崎」

「こちらでございます、坊っちゃん。本来ならばお迎えにあがるべきところなのですが、どうかご容赦を」

「わざわざ迎えにきてもらう程の距離じゃないし、普通に呼んでもらって構わないよ」


 決まりきったやり取りに将馬は苦笑する。

 自分はその場を動かず主人を呼びつける執事に憤慨するタイプの上流層もいるにはいるのかもしれないが、将馬からすれば、いい大人が連れ立って同じ道を往復する必要もないだろうと考えてしまう。いい大人がデスゲームの企画に取り掛かっている事からはあえて目を背けた。

 庭園へ降りる短い階段のすぐ手前に曽根崎が立っており、その隣にはこれまた見知った顔と、緊張しきった見慣れない顔が並んでいる。


「あっ、タエちゃんも参加してくれるの?」

「はい! 今日はお休みを頂いてますから」

「休みなら行きたい所があったんじゃ……」

「却ってご迷惑でしたか?」

「そんな事ない、ありがとう。助かるよ。昨日あの場にいたから説明の手間も省けるし」

「デスゲームでしたっけ? 楽しみですね!」

「楽しい……んだろうか。楽しいといいね……」


 古めかしい洋館と庭園には似つかわしくない生活感溢れるジャージ姿に一瞬面食らいながらも、知り合いが参加者だった事に将馬は少しホッとする。まだ手探りの段階とはいえ、未知の領域へ進もうという時に初対面の相手しかいないというのは若干心細い。会議やディベートの実践経験に乏しい将馬としては、多少なりとも人となりを知る人間がいてくれた方が落ち着いて事を進められる。

 学業とは別に、人が集まる場での討論やスピーチといった技術は、こうした家に生まれた人間の義務として幼少時から学ばされてはきているものの、やはり向き不向きはどうしても存在するのである。


 次に将馬は、忘れているのでなければ初めて会う相手に注意を向けた。

 確認するまでもなく少年である。将馬や田江よりも更に若い。余程の童顔でない限り中学生か高校生だろう。こざっぱりとしたスポーツカットに、薄いブルーの七部袖のシャツと黒のパンツ。そして動きやすそうなスニーカー。人を外見で判断するなとは言われるが、良家の子息――という雰囲気ではどう見てもない。日曜日の中高生をそのまま連れてきたと言った方が余程しっくりきている。それがいきなりこのような場に大人と混ざって立たされたのでは、もじもじと頻りに落ち着きをなくしているのも無理はなかった。


「あとは……ええと申し訳ない、どちら様でしょう?」

「坊っちゃん、こちら友成さまのお孫さんでいらっしゃいます」

「……友成……ともなり…………ああ、確か庭師さんの?」

「は、はい、そうです。じい……じゃなくて、祖父がいつもお世話になってます。友成優誠です」


 まごつきながらも、しっかりと自己紹介をしてくれる。

 将馬は自己紹介を返しながら祖父の名前を思い出そうとしたが、生憎どうしても出てこなかった。

 庭師の友成。阿波辺邸で働く人間としては曽根崎に次ぐほど長いキャリアの持ち主である。この見渡す限りの美しい庭園も、ちょっとした森林じみている多種多様な樹木たちも、全て友成老の手が入っている筈だ。将馬との親交はほぼ無いものの、両親、祖父母らからの信頼は篤く、彼もまた阿波辺家にとって欠かせない人間の一人だといえる。

 夏になるとつばの狭い麦わら帽子を被り、シャツに汗を滲ませながらてきぱきと枝を落としていく老人の姿を、将馬は思い出した。


「……で、庭師さんの孫がどういう経緯でここにいるんだ曽根崎」

「こちら将来は友成さまと同じ道を志しておられるそうで、家では学業の傍ら造園について学ばれているとか。以前に旦那様が友成さまとお言葉を交わされた際に、それなら早いうちから現場を見ておくのも勉強になるから連れてきなさいと、旦那様の側からお声がかかったそうで」

「あー、言いそうだなあ。頑張ってる少年少女に弱いから……」


 お世話になってます、と優誠少年がやや上擦った声で繰り返す。

 だいぶ無理をしているのが伝わってきて、他人事のような気がしない将馬は気の毒になってきた。


「そんなに緊張しなくていいからね。

むしろ職場見学しに来てるのに巻き込んでしまってすまないとしか……」

「だ、だいじょうぶです!」

「それにしても、もう将来どうするかを決めているなんて凄いね。僕よりずっと立派だよ」

「確かに庭師を志望して学生のうちからコツコツ勉強に励む少年と、23にもなってデスゲームをやりたいと思いつく青年とでは勝負になりませんな」

「せっかくいい感じに交流してるんだからそこには触れないでくれ曽根崎」


 とはいえその為に集まったのだから、触れないままという訳にもいかない。

 先程から何度か出ているデスゲームの単語に、優誠が特に反応する様子はなかった。


「念の為に確認しておきたいんだけど、優誠くんは今日ここで何をするかは聞いているんだよね?」

「あ、はい、曽根崎さんから聞いてます。デスゲームの打ち合わせっすよね。じゃない、ですよね」

「……デスゲームって何かは知ってるの?」

「ちらっとだけなら。漫画のやつですよね? ちゃんと読んだ事はないですけど。

でも資産家の世界ってすごいですよね、イベント考えるにしても庶民とはスケールが違うっていうか。本当にそんな題材でやってるんだって驚きました。

……あ、すいませんなんか遠慮なしに喋っちゃって。――っていうかすいません! 口調……」

「だから気にしなくていいって。ほら、僕がこんななんだし。

他の人相手だとそうはいかないかもしれないけど、僕にはそんなガチガチにならず自然体で話してくれていいよ」

「は、はい。っす」


 曽根崎の方をちらちらと気にしながら頷く優誠に、将馬は心の中で溜息をついた。

 そうくるか、と。

 完全にデスゲームを模した運動会か何かだと思っている。

 あれは、大金持ちともなるとイベントひとつ取っても凝った趣向にしないと満足できないのだろうと納得しきっている目だ。

 デスゲームをやるぞなどと聞かされたらそう考えるのがまともな感覚なのだが、一体曽根崎はどう説明をしたのか。そして何故彼に決めたのか。先程の反応からしてデスゲームについて造詣が深いからという理由でもなさそうとなると、選定基準がまったくの謎である。


「なあ曽根崎、お前の事だからちゃんと理由があるんだろうけど、従業員の身内ったってほとんど外部の人間だろ優誠くんは。こんな事やらせちゃって良かったのか? やっぱりもっと別の……ああごめん、優誠くんじゃダメだって言ってる訳じゃなくてね」

「その事なのですが、坊っちゃん、少々こちらへ」

「?」


 いつの間にか三人から距離を取っていた曽根崎が、将馬を手招きしている。怪訝に思いながらも、ちょっと待っててねと二人に告げると、彼は呼ばれるまま曽根崎の元へ向かった。

 充分に離れたところで、曽根崎はそっと背を屈め、抑えた声で耳打ちをしてくる。


「何故この曽根崎めが、彼をメンバーに選抜したのかですが」

「選抜って大袈裟な……それで?」

「彼は外部の人間で、研修という名目で阿波辺に出入りを始めたばかりです。つまりはこの屋敷の敷地や構造に不慣れ故、思わぬトラブルに見舞われても不思議はありません。そして祖父は長らく当家に勤めている、いわば阿波辺に大きな恩のある人間」

「うん……うん?」

「敷地内で事故があったと言い張れば強くは出られますまい――最初の犠牲者として選ぶのにぴったりであるかと」

「いや殺すなよ!!」


 反射的に叫んでから、不思議そうにこちらを見てきている二人に、将馬は慌てて笑いながら手を振った。幸い曽根崎の話は聞かれていないようである。


「ほほほ、もちろんジョークですとも坊っちゃん。デスゲームにおける体力面での基準を定めるにあたり、適切な人材だと判断したからです」

「どう見ても目付きが本気だったんだが、この件はここで終わりにするぞ怖いから」

「ただ、早い段階で血と死体に慣れる必要はあるでしょうな。彼のものでなくとも」

「だからやめろって。あと死体言うな、ご遺体」


 デスゲームがデスゲームである限り参加者の死は避けられないどころか、その死に様こそが最高の見せ物となるのだが、幾ら何でも第一回のテスト段階で死人を出そうとするなと。しかも勤続年数トップクラスの従業員の家族から。

 それを抜きにすれば、曽根崎の人選は適切なものだといえた。

 発案者の自分。進行役の曽根崎。残りの二人はゲームのテスト役と、この段階でもう大雑把に割り振れる。10代後半から20代前半という最も体力が充実している年代でありながら、プロのスポーツ選手や格闘家という訳でもない二人を基準にすれば、ゲームの難易度も調整がしやすくなるだろう。

 それに、なんといってもデスゲーム参加者の中心となるのは田江や優誠くらいの層なのである。そう思うと本番のシミュレーションもしやすい。


「……で、これで全員か。タエちゃんと優誠くんに、僕と曽根崎を入れて四人だな。うん、最初だからこのくらいの人数がいいね。あんまり大所帯になっても収拾がつかなくなるし、中身が固まってきてから増やしていけば――」

「いいえ坊っちゃん、まだおられますよ」

「うん? どこに?」


 曽根崎の言葉に、将馬はきょろきょろと左右を見回し、


「やあ」


 背後からの声と共に肩を叩かれ、今度こそ飛び上がった。


「に――」

「久し振りですね、ショーマ。元気にしていましたか?」

「兄様ぁ!?」


 束の間置かれた状況も忘れ、将馬は腰を抜かさんばかりに驚いていた。

 化け物にでも遭遇したかのような反応を示す将馬に、柔らかに巻いた髪の青年はさも心外だとばかりに両目を見開く。


「何ですその驚きようは。帰国している事は数日前に連絡しておいたでしょうに」

「知ってるよ! それは知ってるけど――いやなんで兄様がここにいるの!?」

「無論、私が声をお掛けしたからでございます」

「曽根崎いいぃ!!」


 約二年ぶりとなる実兄との、思いがけない、それもこんな形での再会に、将馬は頭を抱えた。

 曽根崎と並ぶ程の長身。癖のない将馬の髪とは違う、生まれつきの緩い天然パーマ。優れた能力とは掛け離れた、どちらかというと日向でぼんやりしているような柔和な顔立ちの持ち主だが、駆け引きや論戦が必要となるビジネスの場に入って、その今ひとつ内面の読めない茫洋さにはますます磨きがかかったような印象を受ける。


 阿波辺家当代の長男、いわゆる跡取り息子。阿波辺 類。将馬にとっては4つ上の兄に当たる。


 年少児より学業に秀で、長じてからは同年代間で際立ったリーダーシップを発揮する事目覚ましく、加えて語学にも堪能。現在は国内と海外を往復しながら仕事で自分を磨き、かつ大学にも籍を置いて研究を続けているという、一体どこからその体力と気力が湧いてくるのかと驚嘆せざるを得ない、まさに高貴にして優秀なる血の体現者である。

 名家の長男たるものかくあるべし。

 将馬が重圧を背負う事なく自由にしていられるのも、間違いなくこの兄の存在があるからだと断言できる。

 そんな同じ血を受けながら別世界に生きる兄が、今にも泣き出しそうな顔をして目の前に立っている。


「自分の家に帰ったらいけないんですか? ここはもう貴様の家ではないから出ていけと……」

「そういう事を言ってるんじゃなくてね、おいちょっと本当に何してくれてんだ一番こういうのに巻き込んじゃいけない人に!」

「えっ、仲間はずれですか。兄さんなのに仲間はずれにするんですか? もう二人組は作ってしまったからお前の入る班はどこにもない? 兄さんなのに? そんな……」

「確かに合計五人になったけどね! 僕が言うのも何だけど仲間に入れられて大喜びするようなもんじゃないというか……あの、趣旨分かってます? 聞いてる?」

「デスゲームでしょう? ショーマがやりたがってると曽根崎から連絡がありましてね。これは兄として助力しなければと大急ぎで駆け付けた次第です、ははは」

「そこは放っておくべきなんじゃないかな。っていうか仕事は!?」

「とっくに終わってますよ。元々こちらに顔を見せる予定でしたから、それが多少早まっただけです。田江さんもごくろうさま」


 朗らかに労う類に、呆気に取られていた田江が大慌てで地面にくっ付かんばかりに深々と頭を下げた。この二人は面識がある。田江が阿波辺邸で働き始めた時、まだ類は家にいたのだ。

 続いて棒立ちでいる自分に気付いた優誠が、事態についていけないまま、ぺこりとお辞儀をした。優誠の事は、この流れならおそらく曽根崎から既に聞いている筈である。


「これで役者が揃いましたな。さあ皆様、まずはどうぞお掛けください」


 完全に悪役の台詞を口にしながら曽根崎が恭しく指し示した先には、テーブルと人数分の椅子、そしてお手本のようなアフタヌーンティーセットが用意されていた。



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