春のうららと歌って君は、歩み目指した岬の先を
いえーいお前ら、元気してる!
俺?
俺はちょーーーーぜつ憂鬱だぜ!
世間の奴らがなんだとかんだと浮かれ騒いでいるのを見ると殺意が込み上げるぜ!
だって季節が――春だからーーー!!!
「だからさぁ、ふざけた話だと思わねぇか? 俺がこうしてきちんと仕事をしてるっていうのに世の中の連中はそれに構わずもっと仕事を増やすんだぜ?
だからさぁ、春っていらなくない?」
目の前の人物に向かってあーだこーだ管巻いてる俺。
しかしこれも立派な仕事の一つなのである。
ここは俺の住んでる家の前に通っている一本道、この道の先にはとある有名な場所がある。
とはいえそれは観光名所とかそういう明るいものではない。
寧ろ逆も逆、その真逆の場所がこの先にはあるのだ。
近隣住民がどころか全国各地のマニアですらこぞって震え上がる自殺の名所。
春のこの季節にだけ来客者が増大する自然の力が生み出したアンチパワースポット。
そしてほとんどの人は正式ではなくこう呼ぶのだ――『呼び声岬』と。
「――駄目ですよ! 春は楽しい季節です! そんな風に言っちゃいけません!!」
そんな奴らの相手を毎年し、もうそろそろ嫌になってきた俺。暗い顔して夜遅くから朝早くに掛けてやってくる人生に疲れた一般ピーポーをこの世の地獄へ送り返すのはもうこりごりになってきたところさ。
しかし今日、そんな俺のところにやって来たのはそんな社会のブラックをかき消すような眩いホワイトスマイルの少女だった。
彼女は早朝霧の中、歌を唱いて現れた。
季節の熱に魘された、調子っぱずれの鼻唄まじり。
こっちの頭が痛くなるような、陽気そのものとでも言えば聞こえはいいが、耳障りにはかわりなく。
というかその前に。
「それ、君が言うことじゃないから」
全くもってそのツッコミは的はずれと言わざるを得ない。
「ていうか、君も死にに来たんだろうが? あんましふざけたこと言ってるんじゃねぇぞ?」
「はい! そうなんです!!」
「―――私、明るく死にたい!! 楽しかった思い出と一緒に死にたいんです!!」
キラキラとした笑顔で前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からないことを宣う少女、たぶんだけど頭のネジが外れてる。これは下手な根暗よか質が悪い。
これまで会ったのとのないタイプとの出会いで正直対処なんてしたくもなかったがこれも仕事。おとなしく業務を遂行するため仕事道具を取り出す。
「まあ、何でもいいがよ。
明るく死のうが生きようが、こっちの知ったこっちゃねぇ。
俺はただお前に選択を突きつけるだけだ」
「選択、ですか?」
「そうだぜキラキラガール。
選択とは即ちこれ勝負。
しかもただの勝負じゃねぇ。
人生大逆転も有り得ちゃうっていう、生死を賭けた大勝負さ」
手に取りだしましたるは二枚のカード。
彼女が目にしている方向の裏面は真っ黒け、こっちにゃ絵柄が見えている。
「陳腐な勝負さ、どっちか選べ。
当たればよいよい命を拾う、拾った命はどうとでも。
けれども反対ババを引きゃー、そんときゃとんとん死出の旅。この先に進ませてやるってわけよ。
どうだ? これ以上ないくらい簡単だろ?」
いきなり提示された条件に困惑してるのかい? キンキラお目々を細めちゃって、それでもお前が望みを叶えるためには――死んでしまうためには避けられない事なのだ。
「……引けばいいんですね?」
「ああ、お前はただそれだけすればいい。二分の一だ丁半だ、右か左の五分五分でどっちがどっちをしようじゃねぇか。
運否天賦はお嫌いかい?
ちなみにやらなきゃどっちにしろここを通さねぇ。
――ここはそういうルールなのさ」
さあ。
さあさあ。
さあさあさあ―――!!!
「どっちを取るよお嬢ちゃん! お前さんの終わりは今、俺のこの手の中にある!
掴み取らなきゃだぜー、望み叶えるなら今だぜ!」
無理繰りテンション爆上げ演出。
できるできる俺ならできる、できなきゃ仕事が頓挫する。
乗せてやらにゃあお客は萎える、萎えちゃ勝負は盛り上がらねぇ。
「選べば、いいんですね?」
「ああ、選べ。
さあ右か?」
「選ぶん、ですよね?」
「ああ、そうだ。
さあ左か?」
やけに慎重、それもよし。
勝負の前のこのやりとりも、まあまず無駄とは言えねぇな。
ネタバレしちまえばこの勝負自体、相手に『死』を直視させるための演出だ。
突きつけるカードはそのまま相手の心の迷い、揺れる天秤の映し鏡。
ここで諦めりゃそれでよし。
自然と傾く、命の方へ。
だが、どうだろう。
この娘は一体どうしたことだろうだろう。
目の前にこうして明確に、ぼんやりとしていた選択を突きつけてやれば誰しもブレるはずなのに。
どうしてこの娘は――
「――ア・ガ・る・なーーー!!!」
――こんなにも前向きなんだろうか。
「私、嬉しいです! 最後の最後にこんなイベントがあるなんて思ってもいませんでした!」
こりゃ駄目だ。
威圧される、この笑顔に。
死ぬことを心の底から望んでいて、それに関することならどんなことでも楽しんでしまえるって感じだぜ。
こいつは……やっぱ不味いな。
「選びます!」
「ちょっと待て」
「待ちません! こっちです!!」
「ああっ!?」
及び腰を越して逃げ腰までギアを入れてた俺の一瞬の隙を突き、サッと軽やかな動きで左のカードを奪い去った少女。
そこに書かれていた絵は……。
「……ぁったーーー!!! 当たりましたーーー!!!」
何ともはやの『大外れ』――死神マークが大爆笑。
さもありなん、当然ちゃ当然の結果かもしれんと飛んで跳ねてと喜ぶ姿をジト目で睨みつける。
それだけこの小娘が死を思う気持ちが強かったということだろう。
ゲームは俺の完敗だ。
「あーあ、取られちまったなぁ……」
「はい! 私、これで死んでもいいんですよね?」
「ああいいぜ、二言はねぇさ」
「やったーーー!!!」
そういって、喜びの死の舞いを踊る少女へと道を開く。
期待感ムンムンといった様子でずんずんと一本道を進んでいく彼女。
ただ――あくまで彼女はゲームを終えただけというのを知らないだろう。
「あの、どうして着いてくるんですか?」
「どうしてって、お前が死んだらそれを俺が知らせるためにだよ」
彼女は勝った。
ゲームに勝利し、死ぬ権利を手に入れた。
ゲームに負けた俺がそれを阻むようなことはない。
俺の言ったことを、そんなものなのかと深く考えることなく受け入れて、彼女はまたあの歌を歌い出す。
春のと、うららと。
鼻唄まじりの歌に乗せ、それだけを繰り返し何度も。
「歩きがてら聞かせてくれや、どうして嬢ちゃんはそんなに死にてぇんだ?」
薄くなりつつある霧のカーテンを押し退け進み、岬の先へと歩みを続ける。
「私、友達がいたんです」
「友達か」
「はい! 一番の友達でした!」
でも私――彼女を裏切ってしまったんです。
「だから私、死ぬことにしました!」
叫びはまるで贖罪のようで、その実やけくそそのものの自傷行為。
自分を許せないからと、苦しむことすら烏滸がましいと考えて。
考えて。
考えて。
そうして選んだ――自殺の道を。
「へぇ、そいつは何ともご愁傷さまだこと。
いいねぇ青春だ、俺にゃあそんなもんなかったから羨ましいを通り越して頭に来るぜ」
だがそんなこたぁ俺には関係ねぇ。
いくら心の傷を持っていようがそれは俺の仕事の範疇にはねぇ。保険適用外ってやつだバカらしい。
「他人を理由に死ぬもんじゃねぇぜ。カッコ悪いからよ」
少なくとも、俺が見送ってきた奴はそうだった。
――あいつが悪い。
――こいつのせいだ。
――野郎が原因で。
そんなことを臆面もなく吐き捨てその結果として死を選ぶのはどうしようもなく醜悪で薄汚い。
「違いますよ」
だがそれを少女は否定する。
「違います、そういうんじゃありません」
頑迷に、頑なに、固くなり。
「私が許せないのは自分です。
徹頭徹尾、頭の先から爪先まで自分が許せないだけなんです。
だってそうでしょ?
あの子がもし私を許しても、それでも自分を許そうなんて微塵も思えないんですから」
――だからこれが、正しいんです。正しいことなんです。
少女はそういって決めつけた。
あるのだろう、決意は。
そう言い張るだけの覚悟を決めてきたのだから。
だが。
だがしかしだ。
――果たしてそれは、本当に正しいと言えるかは、まだ決まっちゃいないんだぜ?
「なん、で……」
霧の一本道を抜け。
彼女が目指した岬の崖の。
地面が溶ける空の手前で。
境界線へとひそりと立って。
一人たなびく髪をそのまま。
「はーちゃん……」
「やっほー、なっきー」
――学生服の姿そのまま、少女が一人待っていた。
「何で、はーちゃん……どうしてここに……?」
「どうしてもないよ、私たち、友達じゃん」
あの日見捨てた友がいる。
涙を溢して目を背けた最愛の友人が。
今確かに、目の前にいる。
「嘘じゃないよね……?」
ゆっくりと、彼女は友人の方へと近づいていく。
これが現実なのだと確かめるようにゆっくりと、地面を踏みしめて。
「夢でもないよ、透けてもないから幽霊でもない」
「じゃあ……じゃあ!」
後ろにいる俺にはその顔は見えない。
だがその涙声を聞けば容易く想像できようものだが、それを覗き込むような野暮なことはしない。そのくらいの空気を読むくたいのことはこんな俺でも出来るとも。
「ごめん……ごめんねはーちゃん」
「私があの時、助けられなくてごめん。はーちゃんがとっとも苦しい時に助けられなくてごめんなさい」
「もっと早く言わなきゃいけなかった。
でもごめん、私怖かった。
私もはーちゃんみたいにいじめられるようになるんじゃないかって怖かった!」
「逃げたの!
思い出をそのままにしたくて!
死んで逃げようとした!
今もそれは変わらない!
――だからごめん」
そして少女は走った。
振り切るために、終わりにするために。
一直線に岬の崖の、切り立ったその先目指して駆け出した。
「大好きだから――お別れしなくちゃ」
そういって、大好きな友人の横をすり抜けようとして。
「――うん、だから一緒に逝こう」
だから、その友人の行動を、共に飛び降りるのを、止めようもなかった。それは彼女にとって思いもよらなかったこと。
「――だめーーー!!!」
少女は叫んだ。
宙に舞う体を遮二無二動かし友の方へと手を伸ばす。海面へと墜落する、そのほんの僅かな時間の中で出来ることなどそのくらいしかなかった。
それでも伸ばした。
感情が突き動かすままに。
下から突きつける風、迫る海面などいざ知らず。
「――お願い、届いて!!」
渾身、最後の悪足掻き。
そして思いは――天に通じた。
伸ばし続け、制服の先へと僅かに掛かった指先。
微かなその取っ掛かりを逃さぬよう、手繰り寄せしかりと掴み取る。腕が相手を包み込む、その行動は意識してのことでなく彼女の本能が選んだ選択。
だが悲しいかな。
それで助かるわけもなし。
目を瞑り。
落ち、落ち、落ち――
「――そっか、じゃあ死ねないね」
――落ち、ない。
何故か、まだ、落ちていない。
来るはずの衝撃がなく、だけど感じたのは途端の浮遊感。
あるはずもないそれに驚き目を開ければ――
「お、おじさん……?」
そこにいたのは――まあ俺よ。
ただその呼称はいただけねぇ。
「だーれがおじさんだこら、お髭がダンディなお兄さんと呼べ」
「はいはい、ありがとねお兄さん。それじゃあお願い、上まで運んでくれる?」
「え? え? 何で?
どうなってるの?」
やけに冷静な方もよりもこっちの混乱している方がまともな反応だろう。
まあ別に気にしなくていい。
これも俺の仕事だ。
疑問符を浮かべ続ける少女とそれに抱きつき幸せそうな顔をしているもう一人を浮かせながら、ふわふわと崖の上へと運んでいく。
そうして無事上まで辿りつき、丁寧に地面に下ろしてやった。
「あ、えっ! 何で! 何が何ですかこれ!?」
「何って、助かったんだよ見れば分かるだろ」
「体験したから言ってるんです! どうして助かったんですかというかさっきの何!?」
「元気がいいね、何かいいことあったの?」
「何か聞いたことあるやつー!!」
「はいはい、落ち着いてなっきー」
ぎゃあぎゃあと騒がしい方、なっきー。
それを落ち着かせる静かな方、はーちゃん。
二人が軋轢などないようにあーだこーだとやっているが、俺は生憎それが終わるのを待つつもりはない。
「はい、そこまでにしてねー。面倒だから」
「はっ! そうですよ説明してください! 何なんですかさっきの!?」
「んなもん見りゃわかんだろ」
「――人間じゃねぇから、俺」
そういって見せた背中には、人間にはあるはずのないものが生えていた。というか突き破っていた。つーか翼を出すのは久々だったから加減間違えたわ、これスーツ買わなきゃならないじゃんヤバ。
「つ、翼だ……」
「そだよー、お兄さんは天使なの」
「まあ、天使は天使でも死天使だけどな」
ぶっちゃけ死神だしな、ほぼ。
「え、じゃあ、え? 本物?」
「だからそう言ってんだろ」
「でも、じゃあどうして助けてくれたんですか? だって私、大外れを引いたんじゃ……」
「ああ引いたな、でもお前捨てたじゃんさっき」
「え?」
驚き手を見る、圧倒的ハンズフリー。
「あっ、ない! 変な顔のカードがない!」
「お前そんなこと思ってたの?」
失礼な奴だ。
「そんな、え? そんなことで?」
「おいおいそんなことなんていうなよ、お前分かってないかもしれないけど結構凄いことしたんだぜ」
そう、こいつがやったことは実は凄いことなのだ。
まあでも、理解できてないだろうから一から説明してやろう。
「いいか、お前はゲームで確かにお前は死神のカードを手に入れた」
「はい、そうです。だから私死亡確定だったんですよね?」
「え、違うけど?」
「え?」
「いや、違うよ」
ここで明かされる衝撃の事実に思考が追い付かないのかぱっちりお目々が点になる、開いた口もそりゃ塞がらないだろうさ、うん。
「俺言ったじゃん、外れのカードを引いたらこの先に進ませてやるって。でもそれって別に死亡確定ってわけじゃねぇから、あくまでここに来させれてやるってだけよ」
まあそこから先は知ったこっちゃないが。
実際そのまま死んだ奴いるし。
あいつら元気してるかな、他の連中にいじめられてなければいいけど。あの同僚怖いんだよなー、真面目っていうか仕事第一主義っていうか。
「え、えぇ……」
それを聞かされた少女Nはもはや戸惑いの声しか出せない。
死神カードは言わばここの使用許可書の代わりみたいなもんだ、何かしらの強制力のあるもんじゃねぇ。
それを手放したんだ、当然権利は失効される。
まあ後、更に言えば、だ
「それにお前、大当たりを掴んだろ」
「大、当たり……?」
「そいつに決まっとろうがこのバカちんがー」
ビッと指を突きつけ先にはそう、はーちゃんこと少女Hがいる。友達が訳の分からないこの状況であってもベッタリと抱きついている彼女のその泰然自若とした態度には流石の天使も驚きだぜ。
だが今はそっちじゃない
俺の言葉をだんだんと理解してきたのだろう。
瞳にじわり、浮かぶ涙。
そんなNに向かって俺は言う。
「大当たりってのはな、絶対に死ねない理由のことよ。
そいつが抱える何が何でも死ねないっていう強い感情と、それが向かう先の存在がいて初めて掴み取れるもんだ。
だから、喜べ少女よ。
死にたかったお前はさっきので見事におっ死んだ。
そして再び生を掴み取ったんだ――友達を守りたいって思いによってよ」
――そんな人間、死なせるわけにゃあいかねぇな。
そういって、俺は二人に背を向けた。
こっから先を見るのはそれこそ野暮ってもんだ。
「……はーちゃん、私……」
「うん」
改めて話し合う二人。
「何も、何もできなくて……」
「うん、うん」
漏れる嗚咽も、流れる涙も。
この時ばかりは美しい。
「ごめんねぇ……ごめんねぇ……!」
「大丈夫、なーんも言わなくていいよ。私もさ、なっきーのこと巻き込みたくなくて自分一人で何とかしようとしてた。でもそれが良くなかったね」
失ってしまった時間を埋め合うように、二人は言葉を交わしていく。決して多くはなかったが、その分心で通じ合っていたはずだ。
滂沱の涙で謝罪する少女へ熱く抱擁で返す友人。
壊れてしまった、そう思っていた友情は。
「ごめん、ごめんねぇ……」
「もう一度さ、頑張ろうよ……二人でさ」
「うん……うん……」
今この瞬間、再び固く、結び直された――
――春のうららと声がする。
それはもう、一人だけの歌声ではない。
調子はずれの鼻唄に、綺麗に沿うのは友の声。
聞く人々の心に不思議と残るその歌は、まるで空へと響かんばかりだったという。
何、そんなこと誰が言ったかって?
「俺だよ、俺」
天から聞こえた電波に答え、俺は今日もまたここにいる。
ここは『呼び声岬』――弱い自分を殺したい奴が来るところ。
そしてまた一人、死にたい奴がやってくる。
「――よう、お前は春好きか?」
さあ、仕事の時間だ
読了ありがとうございました!
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