923.2-21「マリアの家」
「――エルトリア家の御息女どちらかお一人、キラ様と共にいらしてください」
二人の間では、どう動くかある程度決まっていたらしい。リリィが緊張したように名を上げる。
「よろしい。ではセレナさんは、皆さんとともに撤収作業を行ってください。アベジャネーダの復興は、これより〝アルマダ騎士団〟が中心となり、被災者の方々とともに行なってまいりますので。どうぞ、心残りなきように」
あれだけ揉めていたというのに、エステルの淡々とした声が全てを決定していく。
バリオスは何かいいたげではあったが、蛇に睨まれたかのようにぴくりとも動けない。
そんなバリオスの様子には目もくれず、エステルがセラフィムにいう。
「のちに〝マリアの家〟から誰かが出向くでしょうから……それまでの間、あなたが〝アルマダ騎士団〟の復興部隊を指揮しなさい。都への帰還は徒歩に限定します。それが今回の一件に関する罰です……よくよく反省なさい」
「御意……。〝カール哨戒基地〟の処遇は、いかがいたしましょう」
「追って伝えます」
跪くセラフィムに対して、エステルは唾でも吐くかのような雑な口調だった。
どうやらエステルの方が〝スローンズ騎士団〟よりも立場が上なようだが、それにしてもヒヤヒヤする接し方である。
何か間違いでも起こるのではないかと警戒してしまうが、セラフィムは変わらずに深く首を垂れていた。
「さて、最後に……。〝カール哨戒基地〟の……何某」
「バ、バリオスにございます。エステル様」
「もうすでにわかっているとは思いますが、査問会議にはあなたにも出席してもらいます。よろしいですね」
「しかし……」
「あれほどつらつらと言葉が出ていましたもの。よもや、誰か同席者がいなければ話ができぬわけがないでしょう。ただ……私は父上より会議を任された身。その要望を聞かないわけにはいきません」
丁寧な口調なだけに、有無を言わせない圧力がある。もはや清々しいまでのパワーハラスメントである。
バリオスは不自然なくらいに大粒の汗を流したのち、言葉もなく頷くほかになかった。
「よろしい。では、参りましょう」
「〝マリアの家〟、来たことある? っていうか、知ってる?」
「話には聞いたことはありますが……。行ったことなんてありませんわよ。というより、エグバート王国で訪れたことのある人間はいないと思います。〝教皇庁〟と関わり合いになることなどありませんもの」
「おぉ……。じゃあ、僕とリリィが初だ。あとはブラックも」
「ですわね。……このような形で訪れたくはありませんでしたが」
「あ〜……。僕も、昨日同じこと思った。とりあえず……標高、かなり高いから気をつけて。三千メートルはあるってさ」
「キラは平気なのですか?」
「ああ、僕は……。まあ、もう順応できてるというか、なんというか。また話すよ――っていうか、そういうことに関してはいっぱい話したいことあるんだよ。全部びっくりするからね。たまげるよ」
「ふふ。では、期待して待っていましょう」
ブラックが〝闇の神力〟で繋いだのは、〝マリアの家〟の正面玄関。
さながら神殿のような壮麗さにリリィは圧倒されていたが、そのポニーテールをさらう強い風にも驚いていた。
というのも、振り向けばそこは崖。〝山の都〟を一番に堪能できる場所でもあるが、同時にその標高を味わう場所でもある。
さすがのリリィも若干の恐怖を感じたのか、ピトっとひっついてきた。
「〝マリアの家〟は、高位の神官たちが寝泊まりする場所と聞きましたが……。一体、どうやって生活を……? そこはただの崖ですわよね」
「〝家〟の中に麓までつながる階段があるんだってさ」
「では、この正面玄関の意味は……?」
「あ〜……なんだっけな。昔は階段があったけど、たびたび侵入されて……腹立って取っ払ったんだってさ」
「お、思い切りがありますわね……」
エステルの案内に従い、〝マリアの家〟に入る。
やはりというか、荘厳な外観に対しての質素な内装に、リリィは静かに驚いていた。
「随分と落ち着きがありますのね……。どこも丁寧に手入れされていますし」
「〝マリアの家〟って、修道院っぽいところがあるみたいでさ。使用人はもちろん、料理人もいないんだって」
「ということは……? 神官たちが自ら炊事洗濯を?」
「うん。今朝はエステル様の手料理食べた」
「……。それに対して、どのような言葉が適切なのか……もはや見当もつきません」
「ちなみにさ。買い出しも自分たちで行ってるんだって」
「はあ……」
査問会議は〝マリアの家〟の二階にある会議室で行うのだという。
昨日通された部屋とはまた違った意味で変わっており、真四角な部屋の中央に円卓がドンと配置されている。
会議室の隅の方には、すでに一人の騎士が控えていた。
名をケルヴィム……むろん〝スローンズ騎士団〟である。
その甲冑姿はセラフィムと同じで、ぱっと見の身長も同等。
ただ、いつどんな時も存在感のあるセラフィムとは違い、ケルヴィムはどこまでも空気に溶け込んでいた。
身じろぎしていなければ、そういう置物なのかと勘違いしてしまいそうなほど。
「さて……。査問会議を始めましょう」




