922.2-20「姿勢」
「〝悪食〟……!」
セラフィムの顔面を引っ掴み、地面に叩きつける。
普通であれば、首がもげて、頭が潰れてもおかしくはない。地面にめり込ませたのだから、致命傷は避けられないはず。
だが、どこまでも、セラフィムの鎧が邪魔をする。
〝悪食〟が、通らなかった。
見極めが甘かったとはいえ、〝キューブ〟にも通じた〝覇術〟で食い破ることができなかったのだ。
メコ、と少しばかり指の形に凹むだけ。
「ち……っ」
「これしきで……。勝ったつもりか……ッ!」
セラフィムが唸り声を上げると同時に、その全身から嫌な〝気配〟が吹き出した。
キラはたまらず飛びすさり、その直後、炎が吹き荒れる。
「フゥ……フゥ……」
立ち上る炎は、〝聖母教〟を体現したかのようだった。
まさに、聖なる炎。
のそりと立ち上がったセラフィムは、〝金色の炎〟を纏っていた。
「ダメージ通んないし……本気出すし……。厭になる」
昨日と今日で、何度思ったことか。
しかもセラフィムは、〝界域之神〟や〝番人〟とは別ベクトルの化け物。
あの特殊な鎧に頼りきりなわけがない。剣士としては随分と単調な戦い方だったが……おそらくは、〝金色の炎〟こそがセラフィムの本領。
その迫力に押されて、味方であるはずの〝カール哨戒基地〟の面々は、ほぼ気絶していた。ただ一人、バリオスが腰を抜かして呆然とするだけ。
一方で竜ノ騎士団メンバーは、一人として欠けていない。
リリィとセレナは今に加勢しそうなほどに警戒心を高めており、その姿だけでも勇気づけられる。
流石にセドリックたちは一歩引いていたが……それでも、目の前の強大な〝力〟から眼を背けるようなことはしない。
「はあ……。まあ……。じゃ――」
〈第二ラウンドってことで〉
どうやらセラフィムの本気に触発されたエルトが、表面化を果たす。ずず、と目が赤く染まっていき、キラの意識は中へ引っ込んだ。
「いいね、〝金色の炎〟。綺麗だ」
リリィの前ということもあって、エルトが声真似して言う。いつの間に練習していたのか、その口調も声の調子もなかなか似ている。
「ボクも、負けてられない」
エルトは天才である。
キラが見よう見まねでしか成せないところを、彼女は一足飛びにオリジナルを生む。
ぽたり、ぽたり、と。
右の手のひらから汗が垂れるかのように、〝白い炎〟が噴き出し始めた。
「さあ……行くよ」
「いざ……。尋常に」
エルトもセラフィムも前のめりになり、そして――というところで。
「そこまでです」
凛とした声が、限界にまで張り詰めた空気を鎮めた。
戦場のど真ん中に〝闇〟のゲートが開かれ、エステルが現れたのだ。まるで修道女のような質素な修道服の中心で、〝聖母のタリスマン〟がいやにきらりと輝く。
そんな彼女の姿に、セラフィムは〝金色の炎〟を収めた。
それを見たエルトも、毒気が抜かれたように体の主導権を渡してくる。
「まるで殺し合いの様相。一体何事ですか」
あたりにエステルの声が響く中、ブラックも姿を現す。
辺りを見て察するものがあったのか、セラフィムをひと睨みしてからそそくさと駆け寄ってくる。
「あいつ、殺してこようか」
「いきなり物騒」
キラは荒れる呼吸と心臓とを必死で収めつつ、成り行きを見守る。
「ああ、エステル様……! まさかこのような場所にお越しくださるとは……!」
エステルに真っ先に声をかけたのは、先ほどまで腰を抜かしていたバリオス。
蛇のような男は、地面を四つん這いになって這いながらも、エステルに敬意を示した。
「セラフィム卿が正義を示してくれたのです……! あの不届きものに対し、裁きを与えてくださったのです!」
「正義……。裁き……」
エステルがわけがわからないというように呟き、そこへバリオスが畳み掛けるように続ける。
「ええ、そうです。あろうことかあの〝元帥〟は、我々〝教国〟に宣戦布告を言い渡したのです。無辜の民を救えなかった役立たずのくせして、その責務は自分にはないと……! あやつめに正義を示さねばならぬと私が奮い立ったところ、セラフィム卿がいらして……」
そこでバリオスは何か違和感を覚えたのか、ふと押し黙った。
対してエステルは、しきりに〝タリスマン〟を撫でて深くため息をつき……どこか覚悟を決めるかのようにして言った。
「キラ様。申し訳ありませんが、至急〝教皇庁〟へお越しくださいますか。ブラック様のお力も貸して抱けると、大変ありがたく思います」
「え……。ああ、そりゃ、まあ……。査問会議を〝マリアの家〟で開く……ってこと?」
「はい。それから、竜ノ騎士団の指揮権を限定的に私に譲ってくださると、とても助かるのですが」
「んー……」
キラはチラリとリリィとセレナの方を伺った。姉妹は顔を見合わせ、少ししてから頷いたのを見てから応える。
「大丈夫、です」
「ありがとうございます。では……。ブラック様には〝マリアの家〟へ直接ゲートを繋げていただきますが、この場で待機を。エルトリア家の御息女どちらかお一人、キラ様と共にいらしてください」




